第21話:ぎこちない手当て
宿の部屋に戻るなり、俺はベッドにどさりと腰を下ろした。左腕の傷が、ズキズキと熱を持って痛みを主張している。ゴブリンの棍棒を受けた腕は、内出血で紫色に腫れ上がり、一部は皮が裂けて血が滲んでいた。
「……っ」
利き腕ではない右手で、なんとか服の袖をまくり上げる。水差しから布に水を浸し、傷口の汚れを拭おうとするが、思うように力が入らない。痛みで顔をしかめながら、悪態が口をついて出た。
「クソ……面倒な」
リーダーの討伐もできず、挙句にこのザマだ。金貨五十枚はパー。それどころか、腕の治療費でなけなしの金まで飛んでいく。全ては、俺が咄嗟にルナを庇ったせいだ。そして、そのルナが余計なことをしたせいでもある。
俺が一人、苛立ちと後悔に沈んでいると、部屋の隅で息を潜めていたルナが、おずおずと立ち上がった。
そして、綺麗な水で満たされた桶と、清潔な布を手に、俺の方へと近づいてくる。
「……何だ」
俺は、反射的に低い声で威嚇した。
「いらない。自分でできる」
突き放すような、冷たい言葉。いつも通りの、俺と「道具」との間の正しい距離。
ルナの足が、ぴたりと止まる。彼女は俯き、その表情は長い前髪に隠れて見えない。そのまま引き返すかと思った。
だが、彼女は動かなかった。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。そして、その瞳が、まっすぐに俺を捉えた。
俺は、息を呑んだ。
その瞳は、もう虚ろではなかった。
ガラス玉のような無機質な光ではなく、そこには確かに、感情の揺らめきがあった。
俺の傷ついた腕と、俺の顔を交互に見つめるその瞳に宿っているのは、怯えと、そして――明らかな「心配」の色だった。
言葉を、失った。
「あっちへ行け」と、続けようとした声が、喉の奥で消える。
彼女の瞳が、俺の心を縛り付けたように、動けなくさせた。
俺が何も言わないのを肯定と受け取ったのか、ルナは再び、おそるおそる一歩を踏み出した。そして、俺の隣にそっと膝をつくと、震える手で、俺の傷ついた左腕にそっと触れた。
その手つきは、ひどくぎこちなかった。
綺麗な布で傷口の血を拭う指先は、小刻みに震えている。まるで、壊れ物を扱うかのように、恐る恐る。
だが、その動きは信じられないほど丁寧で、俺の痛みを気遣っているのが嫌というほど伝わってきた。
やがて、彼女は新しい布で傷口をそっと押さえる。
布越しに、彼女の指先の温もりが、じわりと肌に伝わってきた。
その瞬間、俺の心臓が、またドクリと大きく跳ねた。
それは、ゴブリンの巣窟で感じた動揺とはまた違う、もっと穏やかで、そしてどうしようもなく心をかき乱す感覚だった。
なんだ、これは。
温かい。
人の肌の温もりなど、もう何年も感じていなかった。忘れていたはずの感覚。
この温もりは、俺が最も恐れ、拒絶してきたはずのものだ。
逃げ出したいのに、体が動かない。
突き放したいのに、言葉が出ない。
俺は、ただ黙って、ルナのぎこちない手当てを受け入れるしかなかった。
肌に伝わる彼女の温もりと、すぐそばで聞こえるか細い息遣いに、これまで感じたことのない種類の戸惑いを覚えながら。
俺と彼女を隔てていたはずの壁が、また一枚、音を立てて崩れていくのを感じていた。




