第17話:金貨50枚の依頼
ルナの首輪を外す。
その目的が、俺の中で確かな重みを持ってから数日が過ぎた。だが、現実は厳しい。魔道具師に支払う最低金額、金貨三十枚。それは、今の俺にとってあまりに巨大な壁だった。
俺は冒険者ギルドの依頼ボードの前に立ち、ずらりと並んだ羊皮紙を睨みつけていた。
これまで俺が受けてきたのは、街の近郊での薬草採取や、商人からの簡単な護衛といった、安全で目立たない依頼ばかりだ。報酬は銀貨数枚から、良くても十数枚。これでは、金貨三十枚など夢のまた夢だ。
「……ちまちま稼いでいては、埒が明かない」
無意識に、焦りの混じった声が漏れる。
俺は、これまで意図的に避けてきたボードの右半分へと視線を移した。そこは、高ランク冒険者向けの、危険な依頼が並ぶ区画だ。
『ワイバーンの目撃情報調査:推奨ランク銀以上、報酬金貨二十枚』
『リザードマンの斥候部隊討伐:推奨ランク銀、報酬金貨十五枚』
どれも、今の俺が持つ銅ランクのプレートでは、そもそも受注資格すらない。それに、正面からの戦闘能力が低い俺には、荷が重すぎる。
(何か、俺のスキルを活かせる依頼は……)
そう思いながらボードの隅々まで目を通していた俺の視線が、一枚の古びた羊皮紙の上で止まった。それは、誰にも剥がされることなく、長い間そこに貼られているようだった。
> **【依頼:ゴブリンの巣窟の偵察およびリーダーの討伐】**
> **場所:ザラーム南西の『嘆きの森』**
> **内容:森に住み着いたゴブリンの巣窟を特定し、その規模を報告。可能であれば、群れを率いるリーダー個体を討伐せよ。**
> **報酬:金貨五十枚**
> **推奨ランク:銅以上(ただし、パーティでの挑戦を強く推奨)**
報酬、金貨五十枚。
その数字が、俺の目を釘付けにした。これさえ達成すれば、ルナの首輪を外す費用を賄って、なお釣りが来る。
だが、その依頼内容の危険性は、報酬額が物語っていた。
近くで依頼書を見ていた他の冒険者たちが、ひそひそと噂話をしているのが聞こえてくる。
「おい、まだあの依頼残ってるぜ。ゴブリン討伐で金貨五十枚は破格だが、場所が悪い」
「ああ、『嘆きの森』だろ? 迷い込んだら二度と帰れないって曰く付きの森だ。おまけに、最近のゴブリンは知能が高くて、集団で罠を仕掛けてくるらしい。銅ランクのパーティがいくつか挑んで、返り討ちに遭ったって話だぜ」
「リーダー討伐まで含めたら、銀ランクでも割に合わん。死にに行くようなもんだ」
……なるほど。
危険な森、罠を仕掛ける知能の高いゴブリン。だからこそ、誰も手を出さないのか。
普通の冒険者なら、そうだろう。
だが、俺にとっては?
隠密行動は、俺が最も得意とするところだ。『【無名:足音消失】』を使えば、森の中での移動は容易い。罠の察知も、【概念の翻訳者】で「殺意」や「危険」といった概念を読み取れば、ある程度は回避できるかもしれない。
問題は、リーダーの討伐。正面からの戦闘は避けたい。だが、やりようはあるはずだ。
俺は、思考を巡らせた。
リスクは高い。失敗すれば、死ぬ。
だが、成功すれば、目的を一気に達成できる。
俺の脳裏に、宿で静かに俺の帰りを待つルナの姿が浮かんだ。
あの、全てを諦めたような瞳。そして、彼女の細い首に食い込む、錆びついた鉄の首輪。
――やるしかない。
俺は、決意を固めた。
これまでのように、安全な場所から世界を眺めているだけでは、何も変わらない。何かを得るためには、相応のリスクを冒す必要がある。
俺は、周囲の冒険者たちが驚くのも構わず、依頼ボードに手を伸ばした。そして、長い間誰も触れようとしなかった「ゴブリン討伐」の依頼書を、ためらうことなく引き剥がした。




