表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出来損ない勇者のスキルメーカー ~追放された俺は、地味スキルで世界を裏から支配する~  作者: 悠々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/63

第16話:道具と人間

ゲオルグの店をどうやって出たのか、よく覚えていない。

老商人は涙ながらに、ルナ様の力になりたい、何かできることはないかと申し出てきたが、俺は「今はそっとしおいてくれ」とだけ告げて、その場を後にした。


ザラームの喧騒が、やけに遠くに聞こえる。

俺は無言で宿への道を歩き、ルナはいつも通り、俺の数歩後ろを黙ってついてくる。何も変わらない、いつもの光景。


だが、俺の中では、何かが決定的に変わってしまっていた。


(ただのデータだ)


俺は、必死に自分に言い聞かせた。

【概念の翻訳者】が示した「国政の裏切り者の娘」という情報が、ゲオルグの口から語られただけだ。事実関係が補強されたに過ぎない。ルナが俺の「道具」であるという事実は、何一つ変わらない。


そう、変わるはずがない。

人間を信じれば、裏切られる。期待すれば、絶望させられる。

この少女を「人間」だと認めてしまえば、俺はまた、あの地獄を繰り返すことになる。それは絶対に避けなければならない。


宿の部屋に戻り、俺はランプに火を灯した。

夕食の準備をしなければならない。いつも通り、固いパンと干し肉を荷物から取り出す。そして、いつも通り、その半分をルナに……。


俺の手が、止まった。

いつもなら、床に無造作に放り投げるはずのパンを、俺は握りしめたまま動けなくなっていた。

床に転がったパンを、彼女が小さな手で拾い上げる姿が脳裏をよぎる。あの時は、何も感じなかったはずなのに。


結局、俺は無言でルナに近づき、パンと干し肉を直接手渡していた。

ルナは、驚いたようにわずかに目を見開いたが、やがておずおずとそれを受け取った。


俺は、そんな自分に苛立ちながら、壁際に腰を下ろす。

ルナから目を逸らし、自分の分の食事を無理やり口に詰め込んだ。味がしない。


ちらりと、視線を向ける。

部屋の隅で、ルナが小さな口でパンをかじっている。その姿は、もう俺には「餌付けされる小動物」には見えなかった。

痩せた肩。虚ろな瞳。その奥に隠された、想像を絶する絶望。

彼女は「壊れた道具」などではない。


――俺と、同じじゃないか。


信じていた世界に裏切られ、全てを奪われ、心を殺して生きている。

ただ、俺が憎悪と拒絶を選んだのに対し、彼女は沈黙と無を選んだ。その違いでしかない。


彼女は、人間だ。


その事実を認めてしまった瞬間、俺の胸の奥で、頑なに閉ざしていた扉が軋むような音を立てた。恐怖が、冷たい霧のように這い上がってくる。

また、傷つくのが怖いのか? 俺は。


俺は、ルナの首筋に目をやった。

フード付きのローブを着ていても、その細い首には、錆びついた鉄の首輪が食い込んでいるのが分かる。


以前は、ただの「行動の障害」であり、取り除くべき「コスト」でしかなかった、あの首輪。

だが、今の俺には、それが全く別のものに見えていた。


あれは、彼女に不当に被せられた「冤罪の証」だ。

彼女の尊厳を奪い、過去の絶望に縛り付ける、呪いの鎖だ。


(……あれを、外す)


以前も、そう考えた。

だが、その意味は、今や全く違うものになっていた。


それはもう、単なる「道具の修理」や「リスクの排除」ではない。

この少女を、彼女を縛り付ける不理な過去から、解放する。


その行為が、俺にとって何を意味するのか。

彼女を人間として認めた先に、何が待っているのか。

まだ、分からない。考えたくもない。


だが、俺は確かに、そう決意していた。

打算や合理性だけでは説明のつかない、初めての明確な「目的」として。

俺は、静かに食事を続けるルナの姿から、目を逸らすことができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ