第14話:銀の髪に宿る記憶
ルナの首輪を外すには、莫大な金がかかる。
金貨三十枚、あるいは百枚。今の俺には到底払えない額だ。かといって、あの首輪を放置しておくわけにもいかない。
(……何か、抜け道はないか)
俺は、首輪を外すための金策と並行して、もっと安く済ませるための情報収集を始めていた。腕は確かだが無名な魔道具師、あるいは裏市場で安く「解放の鍵」を流してくれる売人。そんな都合のいい情報が転がっていないか、俺はルナを連れてザラームの市場を歩き回っていた。
市場は今日も人でごった返している。様々な種族の売り子が威勢のいい声を張り上げ、客たちは品物を値切り、あるいは珍しい掘り出し物に目を輝かせている。俺はそんな喧騒の中を、周囲の会話に意識を張り巡らせながら進んでいた。
ルナは、いつも通りだった。
俺の数歩後ろを、感情のない足取りでついてくる。市場の活気も、珍しい品物も、彼女の目には映っていない。ただ、俺という主人の後を歩くだけの、忠実な道具。
その、はずだった。
ふと、俺は自分のローブの裾が軽く引かれるのを感じて、足を止めた。
振り返ると、ルナが立ち止まっていた。彼女の手が、無意識にか俺のローブの端を掴んでいる。
「どうした」
俺が訝しんで声をかけるが、彼女は答えない。ただ、その虚ろなはずの瞳が、市場の一角をじっと見つめていた。その視線の先にあるのは、比較的規模の大きな、織物や装飾品を扱う商会の露店だった。
何を見ているんだ?
俺が彼女の視線を追うと、露店の軒先に掲げられた一枚のタペストリーが目に入った。そこに描かれているのは、三日月をモチーフにした、気品のある紋章。
その紋章を見た瞬間から、ルナはまるで金縛りにあったかのように動かなくなっていた。いつもは何も映さないガラス玉のような瞳が、かすかに揺れている。そこに宿っているのは、驚きか、懐かしさか、あるいは――。
(……道具の不具合か?)
俺がそう判断し、「おい」と再び声をかけようとした、その時だった。
露店の奥から、人の良さそうな初老の男が出てきた。彼は、自分の店の前で立ち尽くす俺たちを認めると、にこやかに会釈する。
「お客さん、何かお探しかな? うちの織物は、西方の……」
商売文句を口にしかけた老人は、しかし、言葉の途中で息を呑んだ。彼の視線は、俺ではなく、俺の後ろに立つルナに釘付けになっていた。フードの隙間から覗く、艶を失った銀色の髪。そして、痩せこけてはいるが、どこか気品を漂わせるその顔立ちに。
老人の顔から、血の気が引いていくのが分かった。彼は信じられないものを見るように、わなわなと唇を震わせている。
「まさか……そんな……。そのお髪の色と、そのお顔立ちは……」
老人は、おぼつかない足取りでゆっくりと俺たちに近づいてきた。そして、震える声で、俺に問いかける。その声には、畏怖と、そして確信に近い何かが含まれていた。
「もしや……その方は、アルテミス辺境伯家のルナ様ではございませんか……?」
アルテミス? 辺境伯?
聞き覚えのない単語の羅列に、俺の思考が停止する。
なぜ、この男がルナの名前を知っている?
なぜ、この男は、ただの奴隷であるはずのルナに「様」を付けた?
俺の腕の中で、ルナの体が小さく、そして確かに震えていた。




