第13話:首輪の鍵
ザラームでの生活は、驚くほど順調だった。
俺はグレイから得た金で、最低限の装備を新調した。俺自身は動きやすい革鎧と、護身用の短剣。そしてルナには、顔を深く隠せるフード付きの丈夫な旅人のローブ。みすぼらしい格好は、無用な侮りやトラブルを招く。道具の外見は、所有者の評価に繋がる。これは、前の世界で嫌というほど学んだことだ。
ギルドでは、銅ランクでも受けられる薬草採取や簡単な調査依頼を選んでこなした。危険は少なく、報酬は安いが、着実に金は貯まっていく。俺は目立つことを避け、ただ淡々と依頼をこなし、金を稼ぐだけの地味な冒険者としての日々を送っていた。
その日も、俺は依頼で採取した薬草を換金するため、ルナを連れて市場を歩いていた。
その時だった。
「おい、そこのお前、止まれ」
不意に、鋭い声と共に屈強な衛兵が二名、俺たちの前に立ちはだかった。周囲の人々が、面倒事に関わりたくないというように、さっと俺たちから距離を取る。
「……何か用か」
俺は内心で舌打ちしつつも、平静を装って応じた。衛兵の一人が、俺の背後に立つルナを顎でしゃくる。
「その女が着けているもんは、奴隷の首輪だな。身分を証明しろ。最近、主人の元から逃げ出した奴隷が問題になっていてな」
やはり、これか。
ルナが着ているローブのフードの隙間から、錆びついた鉄の首輪が覗いていた。新しい服を着せても、これがある限り、彼女は「奴隷」であり、俺は「奴隷の主人」として見られる。それは、この自由都市において、時に厄介な立場だった。
俺は懐から、グレイに用意させた偽の身分証と、ギルドの銅プレートを取り出して見せた。
「こいつは俺の所有物だ。何か問題でも?」
衛兵は書類とプレートを一瞥すると、つまらなそうな顔でそれを突き返してきた。
「……チッ、ギルドの者か。まあいい、行け。だが、その首輪は街中ではあまり見せびらかすなよ。面倒の元だ」
衛兵たちが去っていく。俺は無言で身分証をしまい、再び歩き出した。
だが、俺の思考は別の方向へ向いていた。
(……行動の障害、か)
衛兵の言う通り、この首輪は面倒の元だ。職務質問されるのは時間の無駄だし、悪目立ちすれば、俺が王城から逃げてきた「ユウキ」だと気づく者が現れないとも限らない。
道具の見た目が悪いのは、効率の低下に繋がる。無用なリスクは、徹底的に排除するべきだ。
――あの首輪は、外す必要がある。
それは、憐れみや同情からではない。あくまで、俺自身の利益のための、打算的な判断だった。
宿に戻った俺は、早速その方法を調べるために情報屋グレイの元を訪れた。
俺から事情を聞いたグレイは、面白そうに口の端を吊り上げる。
「奴隷の首輪ねえ。そいつは厄介だぜ、旦那。ただの鉄の輪じゃねえ。持ち主の許可なく外そうとしたり、一定距離以上離れたりすると、対象に激痛を与える魔法がかけられてる代物だ」
「外し方は?」
「方法は二つ。一つは、専門の魔道具師に依頼して、魔法を解除してもらう。腕のいい奴じゃないと無理だし、もちろん安くはねえ。相場は金貨三十枚から、ってとこだな」
金貨三十枚。馬鹿げた金額だ。
「もう一つは?」
「『解放の鍵』って呼ばれる魔道具を使うことさ。どんな奴隷の首輪も一発で外せるって代物だが、こいつはもっと高い。裏市場でも、金貨百百枚は下らねえだろうな。そもそも、滅多に出回るもんじゃねえ」
グレイの説明に、俺は眉をひそめた。どちらにせよ、莫大な金がかかる。廃鉱の調査で得た報酬の、三分の一から、あるいは全てが吹き飛ぶ計算だ。
「……そうか」
俺は短く返事をすると、席を立った。
新たな「コスト」の発生。忌々しいが、必要な投資だ。あの首輪を放置しておくことのリスクを考えれば、いずれ支払わなければならない。
俺は、首輪を外すための金策を冷静に考え始めていた。
あくまで、道具のメンテナンス費用として。
そのための、効率的な金の稼ぎ方を。




