第11話:道具のメンテナンス
廃鉱の調査は順調に進み、俺たちは瘴気の発生源と思われる最深部へと近づいていた。ここまで来ると、瘴気の濃度は入り口付近の比ではない。壁や地面からは、目に見えるほどの紫色の靄が立ち上り、空気がねっとりと肌に纏わりつくようだ。
俺自身は『【無名:毒素分解】』のスキルのおかげで何ともないが、問題はルナだった。
俺の後ろをついてくる彼女の足取りは、先ほどから目に見えておぼつかなくなっている。顔色は紙のように白く、浅い呼吸を繰り返していた。
(……そろそろ限界か)
俺のスキルはあくまでLv.1。この濃度の瘴気を完全に無効化できるわけではないのだろう。特に、元々衰弱しているルナの体には、相当な負荷がかかっているはずだ。
もう少し調査を続けたかったが、ここで荷物持ちが動けなくなっては元も子もない。仕方なく、俺は引き返すことを決めた。
「おい、戻るぞ」
俺が振り返って声をかけた、その時だった。
ルナの体が、糸が切れた人形のようにぐらりと傾ぎ、力なく地面に崩れ落ちた。
「……っ」
チッ、と舌打ちが漏れる。面倒なことになった。
俺は倒れたルナのそばに屈み、その様子を観察する。意識はなく、ぜいぜいと苦しそうな呼吸を繰り返している。瘴気に当てられすぎた結果だ。
(やはり壊れたか。まだ使えると思っていたが、耐久性が低すぎる)
俺の心に浮かんだのは、心配や焦りではない。不良品を掴まされた時のような、冷たい失望感だけだ。
ここで見捨てるか? いや、駄目だ。荷物を全て俺が持つことになるのは非効率だし、死体を放置すれば、後々面倒なことになるかもしれない。
――修理するしかない。
これは、あくまで道具のメンテナンスだ。壊れた道具を、再び使えるようにするための、合理的な処置。
俺は【無名のスキルメーカー】を起動した。
『【無名:毒素分解】』は、継続的なダメージを軽減するスキル。即効性はない。今必要なのは、体内に蓄積された毒を強制的に排出する、より強力なスキルだ。
(「概念:毒」と「概念:浄化」を組み合わせる)
> **【合成中…】**
> **【生成完了:『【無名:簡易解毒 Lv.1】』】**
> 説明:対象の体内に蓄積された軽度の毒素を、強制的に中和・排出する。
これだ。
俺は生成したばかりのスキルを、ルナに向かって発動させた。彼女の体が淡い緑色の光に包まれる。数秒後、光が消えると、ルナの苦しげだった呼吸が、少しずつ穏やかなものに変わっていった。
やがて、彼女の瞼がかすかに震え、ゆっくりと開かれた。
虚ろだった瞳が、ぼんやりと俺の姿を映す。
「……ぁ……」
何かを言おうとしているのか、乾いた唇がわずかに動いた。
「……ありが……とう……」
か細い、ほとんど吐息のような声。
だが、それは確かに、感謝の言葉だった。
その瞬間、俺の心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。
思考が、一瞬だけ停止する。なんだ、今のは。道具が、礼を言った?
すぐに、俺は頭を振ってその感覚を打ち消した。
聞き間違いだ。瘴気で朦朧としているせいで、意味のない声を発しただけだ。そうだ、そうに違いない。道具が感情を持つはずがない。感謝など、するはずがない。
「……勘違いするな。お前が壊れると、俺が困るだけだ」
俺は、自分に言い聞かせるように、冷たく言い放った。
「さっさと立て。足手まといになるなよ」
ルナは、まだぼんやりとした表情のまま、俺の言葉に小さく頷くと、おぼつかない手つきでゆっくりと体を起こした。
俺はそんな彼女に背を向け、来た道を引き返し始める。
胸の中に生まれた、正体不明のざわめきから逃げるように。
あくまで、道具の修理が終わっただけだ。俺は、何度も、何度も、そう自分に言い聞かせ続けた。




