第111話:最終作戦『オペレーション・ロンギヌス』
「……分かった。その取引、受けよう」
俺、マサルの言葉に、ユウキは表情一つ変えなかった。
彼が俺の差し出した手を取ることはなかったが、その代わりに、俺たちの間に横たわっていた絶対的な拒絶の壁が、ほんの少しだけ低くなったような気がした。
「話が早くて助かる」
ユウキは、まるで長年連れ添ったビジネスパートナーにでも語りかけるかのように、淡々と続けた。
「時間は、ない。奴らは追い詰められている。追い詰められた鼠は、何をするか分からないからな」
彼は、廃教会の床に積もった埃を足で払い、短剣の切っ先で、そこに簡易的な王都の地図を描き始めた。その記憶の正確さと、淀みない動きに、俺は息を呑む。こいつは、俺が戦場で剣を振るっている間、ずっと盤上を支配する軍師のように、この戦いの全てを見ていたのだ。
「まず、現状の確認だ。あんたたち反乱軍は、民衆の支持を得て勢いを増している。だが、王城の防衛ラインは固い。特に、アイカが指揮する魔道具部隊は厄介だ。正面からぶつかれば、あんたたちの犠牲が増えるだけだ」
「……その通りだ」
俺は、悔しさを滲ませながら頷いた。
「だから、役割を分担する」
ユウキは、地図上の王城を、短剣の切っ先で強く指し示した。
「第一段階。あんたたち反乱軍は、これまでの戦力を全て結集し、王城の正門へ総攻撃をかけろ。陽動だ。できるだけ派手に、大々的にな。敵の注意を、全て地上に、あんたたちに引きつける」
「陽動、だと? それでは、味方の犠牲が……!」
俺が思わず反論すると、ユウキは冷たい目で俺を一瞥した。
「犠牲をゼロにできる戦いなんてない。だが、その犠牲を最小限に抑え、そして無駄死にさせないための作戦だ。……俺を信じろ、とは言わん。だが、俺の計算を信じろ」
その言葉には、揺るぎない自信が満ちていた。
俺は、唇を噛みしめ、彼の言葉の続きを待った。
「第二段階。あんたたちが陽動で敵の目を引きつけている、その混乱に乗じて、俺たちが動く」
ユウキは、自分と、彼の背後に立つ二人の少女を指差した。
「俺と、ルナ、リリス。この三人で、王城の地下へ潜入する。グレイが、すでに『王家の始祖の墓所』へと続く、秘密の地下通路を確保済みだ」
「地下から、だと……!?」
「ああ。敵の心臓部は、地下にある」
ユウキは、地図の、王城の真下に、バツ印をつけた。
「第三段階。そして、これがこの作戦の核心だ。俺たちは『始祖の墓所』で、アイカが禁忌の魔道具『天を穿つもの』を起動させる、その瞬間を待つ。そして――」
ユウキは、彼のパートナーである銀髪の少女、ルナの肩にそっと手を置いた。
「――この『アンチ・ロンギヌス』を、叩き込む」
「『天を穿つもの』が起動した、その瞬間に……」
「そうだ。奴らの最強の切り札が、最大の弱点に変わる、唯一の瞬間だ。俺が『アンチ・ロンギヌス』で奴らの魔道具を無力化、あるいは暴走させ、自壊させる。そうなれば、アイカの指揮系統は完全に麻痺する」
「そして、第四段階」
ユウキの視線が、再び俺を捉えた。
「俺が内側から敵の指揮系統を破壊したのを合図に、あんたたちが、外から王城を制圧する。内と外からの、同時攻撃だ。これなら、犠牲も最小限で、確実に城を落とせる」
完璧な作戦だった。
陽動、潜入、内部からの破壊、そして制圧。
まるで、精密な機械の歯車のように、全ての要素が噛み合っている。
俺のような、ただ力で押すことしか考えていなかった人間には、到底思いつきもしない、冷徹で、しかしあまりに合理的な戦術。
「……分かった。その作戦、乗ろう」
俺は、彼の知略に、完全に脱帽していた。
「俺たちは、お前のための陽動に徹する。必ず、お前たちが潜入する時間を稼いでみせる」
「それでいい」
ユウキは、満足げに頷いた。
そして、皮肉な笑みを浮かべて、こう言った。
「作戦名は、『オペレーション・ロンギヌス』だ。奴らの希望の名を冠した、俺たちの復讐の作戦名だ」
『オペレーション・ロンギヌス』。
俺は、その名を胸に刻み込んだ。
こうして、俺とユウキ、二人の勇者の共同作戦が決定した。
俺は、偽りの正義を正すため、外から。
彼は、復讐を果たすため、内から。
目指す場所は違えど、倒すべき敵は同じ。
俺は、廃教会を後にするユウキの背中を、ただ黙って見送った。
その背中は、かつて俺が知っていた友人のものより、ずっと小さく、そしてどこか寂しげに見えた。
だが、その背負うものの重さは、計り知れないほどに、大きくなっていた。




