第109話:思い出の場所で
月が、戦火の煙に霞む王都の空に、冷たく浮かんでいた。
俺、マサルは、一人で丘を駆けていた。目指すは、王都を見下ろす丘の上にひっそりと佇む、廃教会。
謎の協力者から指定された、合流地点。
(ユウキ……。本当に、お前なのか……?)
心臓が、うるさいくらいに脈打っている。
喜びと、期待。そして、ほんの少しの不安。
もし、本当に彼が生きていたとして、どんな顔をして会えばいい?
俺は、彼を信じることができなかった。彼が「出来損ない」の烙印を押され、王城から姿を消した時、俺は彼の無実を証明するために動くことさえしなかった。ただ、王子の言葉を信じ、彼を哀れむことしかできなかった、愚か者だ。
そんな俺に、彼は会ってくれるというのか。
いや、そもそも、このメッセージの送り主が、本当にユウキだという保証はどこにもない。巧妙に仕組まれた、王子派閥の罠かもしれない。
だが、俺の足は止まらなかった。
あの場所は、他の誰も知らない。俺と、ユウキだけが知る、秘密の場所だったからだ。
息を切らし、廃教会の前にたどり着く。
かつては美しいステンドグラスがはめ込まれていたであろう窓枠は、今はただ空虚な穴となり、そこから差し込む月明かりが、床に積もった埃を幽霊のように照らし出していた。
祭壇の前で、俺は立ち止まる。
ここから、王都の夜景がよく見えた。俺たちは、ここでそれぞれの夢を語り合った。俺は最強の聖騎士になると誓い、彼は、少し照れくさそうに、でも確かな声で「俺は、俺のやり方で、誰かを守れるようになりたい」と、そう言っていた。
その思い出が、ナイフのように胸に突き刺さる。
俺は、彼の夢を守ってやれなかった。
俺が、過去の感傷に浸っていた、その時だった。
物音一つ立てず、まるで闇そのものから滲み出るように、一人の人影が、教会の入り口に立っていた。
フードを目深にかぶり、その顔は窺えない。だが、その小柄な体躯と、どこか見覚えのある佇まいに、俺は息を呑んだ。
「……来たか、マサル」
その声。
忘れるはずがない。
俺が、ずっと聞きたかった声。そして、もう二度と聞けないと諦めていた、親友の声。
「……ユウキ……!」
俺の口から、喜びと安堵に満ちた声が漏れた。
生きていた。本当に、生きていてくれた。
俺は、駆け寄ってその肩を掴み、無事を喜び合いたかった。だが、彼の纏う空気が、それを許さなかった。
あまりにも冷たく、人を寄せ付けない、絶対的な拒絶のオーラ。
ユウキは、ゆっくりとフードを上げた。
月明かりに照らし出されたその顔は、確かに俺の知る、友の顔だった。
だが、その瞳は。
俺は、絶句した。
そこに宿っていたのは、かつての友人が持っていた、少し皮肉っぽいが、どこか優しさのあった光ではなかった。
それは、全てを諦め、全てを憎み、誰も信じないと決めた者の、底なしの闇を湛えた、氷のように冷たい光だった。
「……久しぶりだな」
彼の唇から紡がれた言葉は、再会を喜ぶものではなく、ただの事実確認のように、乾いて響いた。
感動の抱擁も、涙もない。
そこにあったのは、あまりに重く、冷たい沈黙と、決して交わることのない二つの正義が対峙する、張り詰めた緊張感だけだった。
俺たちの再会は、感動の物語などでは決してなかった。
それは、すれ違ってしまった運命を、残酷なまでに突きつける、新たな戦いの始まりに過ぎなかった。




