第105話:反撃の狼煙
王都、西地区。
入り組んだ裏路地の闇に、俺、マサルは屈強な騎士たちと共に息を潜めていた。
手には、謎の協力者から送られてきた羊皮紙が、まだ汗で湿っている。そこに記されていたのは、敵の別動隊が、俺たちの補給路を断つために、今まさにこの路地を通過するという、にわかには信じがたい情報だった。
「マサル様、本当に奴らはここを……?」
隣で盾を構えるゲルハルト副団長が、不安げに声を潜める。彼の疑念は、ここにいる騎士たち全員の思いを代弁していた。
「……来ます」
俺は、力強く断言した。
「この情報が、俺たちにとって唯一の希望だからです」
俺は、あの市場で出会った青年のことを思い出していた。
冷たい瞳の奥に、深い絶望と、そして確かな怒りの炎を宿していた、かつての友。
この情報は、きっと彼が、ユウキが、俺たちに送ってくれたものだ。何の確証もない。だが、俺の魂がそう叫んでいた。
俺たちが息を殺して待つこと、数十分。
ついに、その時は来た。
路地の向こうから、統率の取れた、しかし隠密行動のためか、どこか静かな足音が聞こえてくる。その数、およそ二十。先頭を歩くのは、あの銀髪の優雅な男――『影の猟犬』リーダー、ゼノン。
(……本当に、来た)
騎士たちの間に、緊張が走る。
ゼノンたちが、俺たちが仕掛けたキルゾーンに完全に足を踏み入れた、その瞬間だった。
――ドォォォン!!
王都の、全く別の方向から、夜空を焦がすほどの巨大な火柱と、地響きを伴う爆発音が轟いた。
「なっ!?」
ゼノンを含め、敵の部隊が一瞬、完全にそちらへ意識を奪われる。
陽動。謎の協力者による、完璧なまでの援護射撃。
――今だ!
「――全軍、突撃ッ! 正義の鉄槌を、逆賊に下せ!」
俺の号令と共に、路地の両脇に潜んでいた反乱軍の騎士たちが、雄叫びを上げて一斉に飛び出した。
完全に意表を突かれたゼノンの部隊は、陣形を組む間もなく、俺たちの猛攻に飲み込まれていく。
「聖技!『ホーリー・ブレイド』!」
俺は聖剣に聖なる力を集束させ、光の刃となって敵陣へと斬り込んだ。
ゼノンの部下たちは、確かに精鋭だ。だが、奇襲を受け、指揮官の意識が逸れた彼らは、もはやただの烏合の衆だった。
「くっ……! 罠か! こちらの動きが、完全に読まれていたというのか!?」
ゼノンが、初めて焦燥と驚愕に満ちた声を上げる。彼は、陽動の爆発と、俺たちの完璧な待ち伏せという二つの事態を前に、何が起きているのかを理解できずにいた。
「お前の相手は、俺だ!」
俺は、指揮を執ろうとするゼノンに狙いを定め、一直線に突撃する。
「小賢しい……!」
ゼノンは、舌打ちしながらも細剣を抜き、俺の聖剣を受け止める。
だが、彼の心は、目の前の俺ではなく、この戦況を裏で操る「誰か」に向いていた。
(陽動と、奇襲。この完璧すぎる連携……。反乱軍に、マサル以外に、これほどの戦術を組み立てられる指揮官がいるというのか……!?)
その一瞬の思考の隙が、勝敗を決した。
俺の聖剣が、ゼノンの細剣を弾き飛ばす。
「ぐっ……!」
体勢を崩したゼノンを、ゲルハルト副団長の屈強な騎士たちが取り囲む。
「……これまで、だな」
ゼノンは、悔しさに顔を歪ませながらも、潔く敗北を認めた。
「撤退する! 全員、散開しろ!」
彼は、懐から転移の魔道具を取り出すと、残った数人の部下と共に、光の中へと姿を消した。
「おお……! おおおおおっ!」
敵が完全に撤退したのを確認すると、反乱軍の騎士たちから、勝利の雄叫びが上がった。
内乱が始まって以来、初めて掴んだ、明確な勝利。それは、打ちひしがれていた彼らの士気を、爆発的に高揚させた。
俺は、荒い息をつきながら、ゼノンが消えた空間を睨みつけた。
そして、この勝利をもたらしてくれた、まだ見ぬ協力者に、心の中で感謝した。
(……ありがとう、ユウキ)
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その頃、王都の時計塔の最上階。
俺は、眼下の戦場で上がった勝利の雄叫びを、冷めた目で見下ろしていた。
「……まあ、及第点、といったところか」
マサルは、俺が渡した情報を、期待以上にうまく使ってくれたようだ。
これで、アイカの完璧な盤上は、大きく乱れたはずだ。
俺は、地図の上に、新たな駒を置く。
次の一手は、決まっている。
二人の勇者の、見えざる共闘は、まだ始まったばかりだった。




