第102話:内乱の攻防と聖騎士の焦り
王都は、燃えていた。
かつて、平和と繁栄の象徴だった白亜の街並みは、今や黒煙を上げ、市民の悲鳴と怒号、そして剣戟の音が鳴り響く、地獄の戦場と化していた。
「――聖技!『グランドクロス』!」
俺、マサルは、白銀の鎧に刻まれた紋章を輝かせ、聖なる力を解放した。愛用の聖剣が眩い光を放ち、地面に巨大な十字の亀裂を走らせる。その光の奔流に飲み込まれ、俺たち反乱軍の行く手を阻んでいた鋼鉄のゴーレムが、甲高い断末魔を上げて爆散した。
「怯むな! 道は開いた! 王城へ向かい、逆賊王子を討つぞ!」
俺の叫びに、周囲の騎士たちが「応!」と雄叫びを上げて続く。
牢から解放されて数日。俺とゲルハルト副団長が率いる反乱軍は、王子の非道を訴え、王城の奪還を目指していた。
当初、俺たちの正義は、多くの騎士たちの心を動かし、戦況は有利に進むかに見えた。
だが、その希望は、すぐに打ち砕かれた。
「――新たな敵性体、出現! 第二防衛ラインより、新型ゴーレム部隊です!」
「くそっ、またか! あれは、対魔法障壁を装備しているぞ!」
王城へと続く大通りに、次から次へと、無機質な殺意を放つ魔道具の兵団が出現する。
蜘蛛のような多脚戦車、鳥のように空を舞う自律攻撃機、そして、俺が今しがた破壊した鋼鉄ゴーレムの改良型。
その統率の取れた動きと、冷徹で無駄のない戦術は、明らかに一人の天才的な指揮官の存在を示唆していた。
――【大賢者】アイカ。
彼女が、王子派閥の軍師として、この防衛戦を指揮しているのだ。
俺の聖剣技は、一体一体の敵を破壊するには絶大な威力を発揮する。だが、アイカは俺の力を分析し、一体を倒せば、その弱点を補った新たな三体を投入してくる。まるで、底なしの兵棋を相手にしているようだった。
「マサル様、無茶はなりません! このままでは、我々の消耗が先に限界を迎えますぞ!」
ゲルハルト副団長が、盾で敵の攻撃を防ぎながら、俺に叫んだ。
彼の言う通りだった。戦況は、完全に膠着している。いや、じりじりと、しかし確実に、俺たちは押されていた。
俺の周りで、仲間であるはずの騎士たちが、血を流し、倒れていく。
「ぐあっ……!」
「すまない、マサル様……。俺は、ここまで……」
昨日まで、同じ釜の飯を食い、この国の未来を語り合った仲間が、目の前で命を落としていく。
その光景が、俺の心をナイフのように抉った。
(俺は、本当に正しかったのか……?)
王子を討ち、この国の正義を取り戻す。そのために、俺は反乱の首謀者となることを受け入れた。
だが、その結果が、この地獄だ。
俺の正義は、多くの血を流し、多くの命を奪っている。
(ユウキ……。お前なら、こんな時、どうする……?)
脳裏に、あの市場で再会した、友の姿が蘇る。
冷たい瞳で、俺の正義を問いかけた、彼の言葉。
『あんたの言う正義とやらが、誰かを不幸にしていないと、どうして言い切れる?』
今なら、その言葉の本当の意味が、痛いほど分かる。
力押しでは、勝てない。
アイカの知略と、王子が持つ無尽蔵の戦力の前に、俺たちはすり潰されていくくだけだ。
この状況を打開するには、戦力そのものを増やすしかない。
王子の非道を、生体実験の真実を、王都の民衆に知らしめることができれば。
彼らが俺たちの「正義」を信じ、味方についてくれれば、戦況は覆るかもしれない。
だが、どうやって?
この戦場の喧騒の中で、どうやって真実を伝えろというのだ。
王子派閥は、すでに情報統制を敷き、俺たちを「魔王軍に内通した、極悪非道の反逆者」として喧伝している。民衆は、恐怖と混乱の中で、どちらを信じていいか分からずにいる。
「……くそっ!」
俺は、自分の無力さに、唇を噛みしめた。
聖騎士としての力はあっても、戦況全体を覆す知略がない。
仲間を救うための、具体的な術がない。
焦りだけが、空回りしていく。
その間にも、アイカの冷徹な魔道具たちは、感情なく、仲間たちの命を刈り取っていく。
俺は、ただ、目の前の敵を斬り伏せることしかできずに、燃える王都の空を、絶望的な思いで見上げるのだった。




