第99話:王都からの凶報
『アンチ・ロンギヌス』の詠唱場所が、王都の地下深くにある「王家の始祖の墓所」であると判明した。
全てのピースが、忌々しいことに、敵の本拠地である王都へと繋がっていく。
古文書の解読を終えた俺は、魔力と精神力を使い果たし、深い疲労感と共に椅子に身を沈めていた。
隣の部屋では、ルナがまだ昏睡状態のまま眠り続けている。オルデンたちの献身的な治療のおかげで、命に別状はないとのことだったが、彼女がいつ目覚めるのかは誰にも分からなかった。
(……焦るな)
俺は自分に言い聞かせる。
最終決戦の場所は分かった。だが、敵の計画がいつ実行されるのか、そして今の王都がどうなっているのか、情報があまりにも少なすぎる。無策で乗り込んでも、返り討ちに遭うだけだ。
「……オルデン殿」
俺は、部屋の外で見張りをしていたオルデンに声をかけた。
「ザラームにいる、俺の協力者と連絡を取りたい。何か手はないか」
俺の言葉に、オルデンは静かに頷いた。
「承知した。我らの一の若者に、お主の書状を託そう。街の者とは、独自の連絡経路がある」
俺は、グレイにだけ分かる合言葉と、新たな情報の提供を匂わせる短い文章を記した羊皮紙を、オルデンの孫であるリリスに託した。彼女は、ルナを心配しながらも、俺たちのために危険な役目を買って出てくれた。
そして、数日後。
リリスが持ち帰ってきたのは、グレイからの返信が記された、黒い封蝋で固く封じられた一通の手紙だった。
俺は、震える指で封を解き、その中身に目を通し――そして、その内容に絶句した。
そこに記されていたのは、俺の想像を遥かに超えた、衝撃的な情報だった。
『旦那、とんでもないことになってるぜ。王都は、今、内乱状態だ』
内乱。
その一言で、俺の思考は一瞬停止した。
『聖騎士団が、王子派と反王子派の真っ二つに割れて、王都のど真ん中で市街戦を繰り広げてる。きっかけは、副団長のゲルハルトって爺さんが、王子の不正の証拠を突きつけて、公然と反旗を翻したことらしい』
ゲルハルト副団長。マサルが所属する、聖騎士団の。
なぜ、彼が。
そして、報告書の最後の一文が、俺に追い打ちをかけた。
『で、ここからが一番のスクープだ。反乱軍の首謀者として、王子派が血眼になって探してるのが誰だと思う?――数週間前に反逆罪で投獄されたはずの、勇者【聖騎士】マサル。あんたのかつての仲間さん、らしいぜ』
「……マサルが、首謀者……?」
思わず、声が漏れた。
馬鹿な。あいつが? あの、どこまでもお人好しで、王子への忠誠を誓っていた、正義感の塊のような男が?
俺の脳裏に、王都の市場で再会した時の、彼の姿が蘇る。
王子を信じ、俺を憐れみ、正しい道へと導こうとしていた、あの真っ直ぐな瞳。
だが、同時に、彼の思考を読み取った時の、あのデータも思い出していた。
> **【概念:王子への忠誠心と、民の間に流れる不穏な噂への疑念の衝突】**
> **【概念:聖騎士としての正義感に基づく、事実確認の必要性の認識】**
――揺れていた。
あいつは、あの時から、確かに揺れていたのだ。
俺が植え付けた、小さな疑念の種。それが、あいつの中で育ち、やがて、王子への忠誠心という分厚い壁を、内側から突き破ったというのか。
「……馬鹿な奴だ」
俺は、自嘲気味に呟いた。
結局、あいつのその愚直なまでの正義感が、彼自身を、俺と同じ反逆者の道へと引きずり込んだ。
だが、その呟きには、もう以前のような完全な侮蔑の色はなかった。
複雑な感情が、俺の心の中で渦巻いていた。
かつての仲間が、自分と同じように、この国の不条理と戦っている。
その事実に、奇妙な連帯感のようなものを感じている自分がいた。
「……俺たちの敵は、同じ、か。マサル」
俺は、グレイからの報告書を強く握りしめた。
王都は、内乱。
それは、俺たちにとって、千載一遇の好機だった。
混乱に乗じて潜入し、敵の心臓部を叩く。
俺は、隣の部屋で眠り続けるパートナーの顔を思い浮かべた。
待っていろ、ルナ。
決戦の舞台は、整った。




