第9話:情報屋グレイ
ギルドの裏手は、表通りの喧騒が嘘のような薄暗い路地だった。湿った石畳の道を進むと、古びた木製の看板に猫の絵が描かれた酒場が見えてくる。ここが『黒猫の尻尾』か。
扉を押すと、カラン、と乾いたベルの音が鳴った。店内は薄暗く、客の姿はまばらだ。ギルド本館のような熱気はなく、誰もが声を潜めて話し、互いに探り合うような視線を交わしている。裏社会の人間が集う場所とは、こういうものなのだろう。
俺はまっすぐカウンターへ向かい、黙々とグラスを磨くバーテンダーに声をかけた。
「……乾いた喉に、苦いエールを」
ギルドの受付嬢に教えられた合言葉。バーテンダーはグラスを磨く手を止め、無言で俺の顔をじろりと見た。やがて、顎で店の奥を示す。
「一番奥の個室だ。ノックはするな」
言われた通りに奥へ進むと、一つだけある個室の扉があった。ノックをせず、静かに扉を開ける。
部屋の中では、一人の痩せた男がテーブルに足を投げ出して座っていた。年の頃は三十代半ばだろうか。爬虫類を思わせるような細い目に、探るような光を宿している。こいつが、情報屋グレイか。
「あんたが、猫ちゃんに紹介された新人かい。ずいぶん若いな。で、何の用だ?」
グレイは値踏みするような視線を俺に向けた。俺は動じず、向かいの椅子に腰を下ろす。
「偽の身分証と、冒険者ギルドへの登録。それが欲しい」
「ふぅん。そりゃまた、随分と足元を見られる頼み事だ。金は持ってるのかい?」
グレイがニヤリと笑う。その瞬間、俺のスキルが彼の本音を暴き出した。
> **【概念:情報屋グレイの要求:高額な情報料】**
> **【概念:情報屋グレイの興味:目の前の男の能力と度胸への探り】**
> **【概念:提案:厄介事を押し付け、力量を試す計画】**
やはり、ただでは済まないらしい。金と、俺自身への値踏みか。面白い。
「金ならある。だが、あんたの言い値で払う気はない。妥当な対価を提示しろ」
「ハッ、威勢のいいこった。じゃあ、こうしよう。身分証と登録の手配で、金貨五十枚。払えないなら、仕事で返してもらう」
金貨五十枚。今の俺の全財産を投げ打っても足りない額だ。完全に吹っかけてきている。
「どんな仕事だ?」
「ザラームの西にある廃鉱の調査さ。昔は良質な鉄鉱石が採れたんだが、十年前に『呪い』で閉鎖された。以来、調査に入った奴は誰一人として帰ってこない。あんたがその『呪い』の正体を突き止め、生きて帰ってこれたら、身分証と登録はタダでいい。どうだい?」
誰もやりたがらない、死地に赴かせる依頼。俺が断るか、あるいは恐怖に顔を歪めるのを期待しているのだろう。
だが、俺の思考は別の方向へ向いていた。
呪われた廃鉱。正体不明の危険。それは、俺の【無名のスキルメーカー】を試すのに、またとない機会ではないか?
「いいだろう。その依頼、受けた」
俺が間髪入れずにそう答えると、グレイは初めて驚いたように目を見開いた。余裕の笑みは消え、代わりに不気味なものを見るような視線が俺に注がれる。
「……正気か? 死ぬかもしれねえんだぞ?」
「死ぬかどうかは、俺が決めることだ。前金として、調査に必要な最低限の装備代と、この廃鉱の地図を貰う」
俺の冷静な態度に、グレイはしばらく黙り込んでいたが、やがて諦めたように、あるいは面白がるように、喉の奥でクツクツと笑った。
「……ハッ、ハハハ! 面白い! あんた、面白いぜ! いいだろう、取引成立だ!」
グレイは懐から金貨数枚と、古びた羊皮紙の地図をテーブルに放り投げた。
「せいぜい、化け物の餌にならずに帰ってくるんだな。期待しないで待ってるぜ」
俺は金と地図を懐にしまうと、一言も返さずに立ち上がった。
呪われた廃鉱。上等だ。
この世界で生き抜くための力を、存分に試させてもらう。俺は冷たい決意を胸に、酒場を後にした。




