レベル40 ダンジョンでの死闘
「よし、いけー! アルプスー!」
モニター越しからミユキの声が響く。
俺はミユキの上達したコントローラーさばきによって、次々にモンスターを倒していった。
ミユキの操作はめきめきと上達し、戦闘スタイルモードは【オート】から【アシスト】へと切り替わっていた。【アシスト】は中級者向けモードで、防御のみをオートAIが担当し、プレイヤー〔ミユキ〕は攻撃に専念できる設定だ。
今の戦闘はまるで――
俺とミユキが一体となって戦っているかのようだった。
敵の攻撃を俺の意思〔AI〕で避け、プレイヤー〔ミユキ〕がタイミングを合わせてボタンを押す。
その呼吸は、すでに完全に噛み合っていた。
モンスターを倒し終えると、カイザーが俺に向かって叫んだ。
『アルプス、いい感じだな! よし、これなら“アイツ”を倒せるかもしれん!
今日は一度、村へ戻ろう!』
モニターに表示されたメッセージを、ミユキも口に出して読む。
――俺たちは、“アイツ”を倒すためにレベルを上げていた。
村の周辺でモンスターを狩り続け、少しずつ力を蓄えていたのだ。
しかし、村へ戻ると――異変が起きていた。
息を切らせながら、村長が駆け寄ってくる。
『旅の勇者様、大変です! 息子が……息子がひとりで北の洞窟へ行ってしまったのです!』
……おいおい、なぜひとりで行く? しかも危険な洞窟に?
――いや、まあ“ストーリーあるある”ではあるけどさ。
とはいえ、今はそんなツッコミをしている場合じゃない。
その瞬間、フィールドBGMが急にテンポアップし、緊迫した旋律へと切り替わった。
『アルプス! 今すぐ北の洞窟に向かうぞ!』
カイザーの声とともに、モニターにメッセージが浮かぶ。
【これよりモンスター討伐に向かいます。セーブおよび装備を十分に整えて臨んでください】
――なんて親切なんだ、このゲーム……!
俺たちは宿屋で体力を全開さえ、ゲームデータをセーブした。
出発前、俺はカイザーに尋ねた。
『カイザー? そういえば、北の洞窟に潜んでいる“アイツ”って、どんな姿なんだ?』
『そうだな……正直、私も全体を見たことはない。
おそらくブラックドラゴンだ。口からは火を吹き、あの巨体からは想像できないほど動きが素早い。
特に気をつけるのは尻尾だ。見えづらいうえに、ほんの一瞬でも動きを見逃せば一瞬で吹っ飛ばされるぞ。』
その言葉に、俺の背筋が凍った。
そんなヤツを相手に、俺たちで倒せるのだろうか……
そして――俺たちは北の洞窟へ向かった。
モニター越しのミユキの表情は、緊張と興奮が入り混じっていた。
完全にゲームの世界に入り込んでいる。
――それが、何より嬉しかった。
洞窟の入口に辿り着くと、そこには村長の息子が倒れていた。
『おい!、大丈夫か?』
『どうだ、生きているか!?』
『……大丈夫だ。まだ息がある。』
気を失っているだけのようだ。
だが、今ここで村へ戻れば“アイツ”を取り逃がす。
俺たちは息子を安全な場所まで運び、そっと寝かせた。
やがて、息子の意識が戻る。
『おい、大丈夫か?』
『……ごめんなさい……アイツの姿を一度でも見たくて……でも、咆哮を聞いた瞬間、立っていられず……』
――そうか。
ドラゴンの咆哮を間近で聞けば、普通の人間なら立っていられないだろう。
『運が良かったな。生きて帰れただけでも奇跡だ』
そして俺たちは再び洞窟の入口へ戻り、慎重に中へと進んだ。
入り口から少し入ったところまでは多少なりにモンスターがいたが、
俺たちは難なく倒すことができた。
そして、さらに進むと洞窟の奥は、息をするたびに硫黄と血の匂いが混じり合う。
天井に染みついた黒煙が、まるで意志を持つかのように揺らめいていた。
そして――最奥に辿り着いたとき、俺は息を呑んだ。
無数のモンスターの骨。折れた牙。焦げた肉片。
血の匂いが、まだ生々しく漂っていた。
ここで、アイツは他のモンスターを捕食しているようだった。
『ここが……ヤツの巣か。』
俺は剣を握りしめ、一歩を踏み出した。
だが――何も、いない。
『⁉︎……どこにも……いない……』
辺りを見渡しても、気配すら感じない。
嫌な沈黙が、洞窟全体を包み込んでいた。
『……一旦、引き返すか。』
俺がそう呟いたその瞬間――
『ゴオオォォォッ!!』
……⁉︎ なんだぁ⁉︎……
背後で空気が震えた。
振り向いた俺の視界いっぱいに、不気味な黒い影が広がった。
そいつは、ゆっくりとこちらを見下ろす。
一歩踏み出すたびに、地面が震えた。
『……デカすぎて、全体が見えねぇ……』
そこには、全身を漆黒の鱗で覆った巨竜――ブラックドラゴンが姿を現した。
赤い瞳が暗闇を貫き、熱を孕んだ息が地を這う。
『なっ――! 退路を断たれた⁉︎ くそっ、どこに隠れてやがったんだ!
気配すら感じなかったぞぉ!』
ヤツが息を吸い込む。……嫌な予感がする⁉︎
次の瞬間――炎の奔流が洞窟を焼き尽くした。
『避けろ、アルプスーッ!!』
カイザーが叫びながら左へ跳んだ。
俺は右へ飛び退く。
炎の波が通り過ぎ、岩壁が赤く溶けた。
『しまった……分断された!』
知能が高い――コイツ、俺たちの動きを見切っている!
ヤツが再び吠えた。轟音が鼓膜を貫き、岩が砕ける。
『くっ……!』
咆哮だけで岩が崩れ、小さな破片がこちらにも飛んできた。
顔に当たった破片が頬を裂き、血が滲む。
その瞬間、前足が振り下ろされた。
俺は寸前で剣を構え、受け流す。
腕に伝わる衝撃は、大岩に叩きつけられたかのようだった。
――このままじゃやられる! ミユキ、今は攻撃のタイミングじゃない!
だが、ミユキの操作した剣撃は空を切る。
ヤツの攻撃は止まらない。
それは単なるパターンではなく、まるで俺たちの動きを“学習”しているようだった。
『アルプス! この距離じゃ連携技が出せない、もっと近づけ!』
『わかった――でも、近づくほど危険だ!』
攻撃の主導権はミユキにある。
俺は避け、彼女が攻撃を放つ。
それが、今の俺たちの形だ。
『アルプス、一瞬でいい……ヤツの気を引けるか?』
『……やってみる!』
モニターにメッセージが浮かぶ。
【カイザーに秘策があるようだ。一定時間、ヤツの注意を引きつけろ】
すると、カウントダウンが始まった。
ミユキが操作し、俺はアイツの攻撃を避ける。
剣を振るうが、傷ひとつつかない。
ほとんどダメージを与えられない。
――くそ、どうすれば……!
その瞬間、背後に風が走った。
振り向く間もなく、尻尾の一撃が襲う。
辛うじて避けたが、目で追えないほど速い。
それでもミユキは攻撃を続け、時間を稼ぐ。
だが避けきれなかった攻撃を受け、徐々にHPが減っていく。
ようやくカウントダウンが終了した。
カイザーが詠唱を終え、賢具を振りかざした。
氷のような冷たい光がドラゴンの足元へ走り、足を凍らせる。
それはアイツを足止めしたのだった。
『今だ、アルプス! 連携攻撃を叩き込め!』
カイザーが再び詠唱し、炎魔法を放つ。
俺は剣を構えた。
ミユキがベストなタイミングで攻撃を繰り出す。
何度も練習した技――そのタイミングは完璧だった。
『くたばりやがれぇーー!!』
俺とカイザー、そしてミユキが一体となる。
だがその瞬間——
ドラゴンが凄まじい咆哮を放った。
それは頭の奥まで響くような声だった。
轟音とともに、俺たちは洞窟の奥へ吹き飛ばされる。
岩ごと、何十メートルも。
『くそっ……こっちの攻撃を読んでやがる!』
俺とカイザーは岩に叩きつけられ、HPは残りわずかになってしまった。
尻尾の追撃が迫る。避ける体力も残っていない。
カイザーが最後の魔力で俺を回復してくれた。
ヤツが再び口を開く。喉の奥で赤い光が脈動する。
――もう、避けられない。
「終わりだ……!」
全滅を覚悟したその時――光が降りた。
白銀の魔法陣が足元に広がり、俺たちを包むように輝く。
炎が障壁に弾かれ、洞窟の壁を焼き尽くした。
俺はカイザーがこの障壁を張ったのかと思い、彼を見る。
だがカイザーは地面に膝をついていた。
『……うっ、この魔法障壁の厚さは……!』
『……中にいると、HPが少しずつ回復していく……!?』
カイザーが驚愕の声を上げる。
目を凝らしてみると、洞窟の奥に、白い装束の女性が立っていた。
月光のように輝く長い銀髪が揺れている。
『……これで、なんとか防げるわ。さあ、今のうちよ!』
女性が叫んだ。
敵か味方か分からない。
――だが、今はこの女性を信じるしかない。
『アルプス! もう一度、ヤツの注意を引け!』
モニターに再び指示が出る。
【カイザーに秘策があるようだ。もう一度、一定時間ヤツの気を惹きつけろ】
再びカウントダウンが始まる。
俺は頷き、ミユキの操作で突撃した。
ヤツの攻撃をかわし、剣撃を連続で繰り出す。
時間を稼ぐことだけに集中する。
ほとんど、HPは残っていない。
一撃でもまともに喰らえば終わりだ。
カイザーの詠唱が終わり、氷の魔法が再び足を凍らせた。
しかしドラゴンの咆哮が障壁を揺らし、少しずつひびが入る。
『今だ! これが最後の連携技になる――絶対に成功させろ!』
今度こそ、チャンスは一度きり。
カイザーが最後の魔力を振り絞り、今までで最も強大な炎魔法を放つ。
しかも、炎だけではなく、光の属性でもある、雷属性の魔法も込められていた。
その光は紫に光を放ち、アイツの口目掛けて放たれた。
その光で俺の剣が輝く。
ミユキがコントローラーを握りしめ、タイミングを見極めていた。
『行けぇぇぇっ!!』
『いっけーーっ!!』
俺とミユキの声が重なった瞬間、炎と光が衝突する。
アイツの咆哮と、俺たちの攻撃が激しくぶつかった。
――そして。
轟音と閃光が洞窟を包み込み、世界が白く染まった。




