中二病同好会 2
午後3時過ぎ、俺の部屋には光、玲子と俺の3人が、小さなちゃぶ台を囲んで胡坐をかいている。
3人とも何も話さない。微妙な空気がこの場に漂っているだけだ。
口火を切ったのは玲子だ。
「急な招集にも拘わらず、集まってくれたことに礼を言う。君たち家臣の忠誠心は確かに受け取った」
俺はすぐに反論する。
「玲子、俺は一欠けらも忠誠心を渡したつもりはない。それに集まったのではない。お前らが押しかけて来たのだろう」
「ちっ、ノリの悪い奴だ」
玲子の呟きが聞こえた。
俺の怒りは第二ロケットに点火した。
「それにだ。お前たちのその恰好は何だ。そんな恰好で家の玄関から入ってくるとは、誰にも見られていないだろうな。今がハロウィンならお菓子をやって帰ってもらってすんだが、今は真夏ご近所さんにどんな言い訳をすればいい」
「ワッサン頭が固いぞ」
丸い眼鏡と銀色の尻尾を着けた光が玲子の援護に入る。
デミウルゴスだな。俺は知っている。このなりはナザリック地下大墳墓第7階層守護者デミウルゴスだ。いやその出来損ない。酷すぎる。
そして玲子が扮するのは守護者統括アルベドだ。これはまあ、様になっている。ギリギリ及第点だ。
しかし、腹が立つ。
「やかましい。俺はコスプレには興味がない。お前たちとは価値観が違うようだ。俺の趣味を理解しないのであれば、中二病同好会から抜けさせてもらう」
発足して半日で解散の危機だ。
この手の同好会は、ディープな人種が集まるため、主義主張が折り合わない事が多い。客観的に見れば、一括りに気持ち悪く痛い集団だが、こだわりがあるため、当人たちにとっては、全く別の集団となる。
例えば今回の様に、光や玲子のコスプレ見てほしい集団と、俺やエミの様に隠れ中二病集団の違いだ。追い求める喜びが違うため折り合う事はない。
「ではワッサンの崇高なる価値観とやらを拝聴しようではないか、玲子もいいな」
「ふっん」
玲子は鼻で返事したが、反対はしないようだ。
しかたがない。俺はその場に立ち上がり、言い放つ。
「ならば言っておく。光、お前のコスプレは酷すぎる。全国のデミウルゴス、ファンに謝れ。見るに堪えない。そして玲子、お前は合格だ。だが、まだ早い。幼すぎる。お前が5歳、いや10歳年を取ればいい感じになったかもしれない」
俺の発言に二人は、しばし固まった。
そして最初に発言したのは光だった。
「俺のデミウルゴスの何が悪い」
「光、ごめん。その件に対してはワッサンと同意見だ。どうしても言い出せなかった。光を傷つけたくなかった」
「・・・玲子」
立ち上がりかけた光は勢いを無くして座り込んだ。
光の代わりに玲子が立ち上がった。
「ワッサンが気に入らないのは、コスプレの出来では無いでしょ。中二病に向かい合う心構えとかじゃないの?」
「そうだった。あまりにも光のコスプレが酷いので話が、最初から脱線してしまった。わるい」
光に目をやるとまだ項垂れている。
まさか、このレベルで自信があったのか?何でも熟せる彼だが、コスプレのセンスは全く無い様だ。
そっとして置いて上げよう。
「なあ玲子、お前が考える中二病同好会の活動とは、具体的には何をするものだ?ちなみに俺の考えている中二病同好会は秘密結社だ。世間の目を憚りながら室内でひっそりと仲間内だけで楽しむものだ」
「なるほど、人目に触れてはいけないのだな。それはそれで、趣がある楽しみ方だ。私と光は、まだ中二病初心者だから、大した信念を持っているわけではない。なので先達者であるワッサンの指導で行こう」
「まて、それでは俺が中二病の重症患者のようではないか。自他ともに認める重症者に心当たりがある。その者に運営を任せるべきだ」
「それは誰だ。まさかエミではないだろうな。エミに任せると私たちは下僕、いや奴隷として扱われるぞ」
この女、先ほど自分が俺たちを家臣にしていて、それを言うか。まあエミについては同意見ではある。
「エミではない。ミツルだ」
「ミツルか、ミツルなら害はないな。だが、噂によるとミツルはワッサンにゾンビにされて操られているそうだな」
耳が早いな。
「その噂は誤りだ。ミツルをゾンビにしたのはエミだ」
「ではワッサンが操っているのは本当なんだな。傀儡のリーダーを立てて私たちを奴隷の様にこき使うつもりか」
「なかなか、良いノリだ玲子。この会話こそが、隠れ中二病の楽しみ方だ」
「なるほど、少しずつ解ってきた。機微な楽しみ方だ。光はどうだ、楽しめそうか?」
光はいつ間にか立ち直っていた。
「僕も大体理解した。普通の会話にファンタジーな要素を取り入れて、話を進めるのだな。和歌の様に上の句に下の句をつけて遊ぶのと同じだな」
和歌?そうなのか。
玲子が考えなら光に答える。
「うーん。違うと思う」
やっぱり違うんだ。
でも少しぐらい違ってもいいと思う。自分の言葉で表現し、それを自分自身で楽しむのが大事だ。プラス同じ中二病患者の共感が持てればなお楽しい。
中二病同好会ではなく、中二病研究会になってきた。
「俺は和歌の楽しみ方は解らないが、光はそれで良いじゃない」
「コスプレのクオリティには厳しいのに、中二病については寛容なのだな」
玲子の言葉に、俺自身の我が儘に気が付く。
コスプレは、俺はやらない。所詮他人事だ。いくらでも非難できる。
中二病については我が身に関わる事だ。寛容にもなるさ。
自分に優しく他人に厳しい。極自然の事だ。
「そうだな。俺は基本優しい人間だからな」
優しいのは俺自身に対してだけと言う条件付きだけど。
「そうなのか?僕には、ただの身勝手な人間に見えるけど」
流石、光だ。優等生は違う。まあ直接攻撃を受け、ダメージを負った者は騙されないか。
「話を戻すが、ミツルをこの同好会に誘ってもいいな。ついでにエミにも声を掛けるつもりでいる」
玲子は慌てる。
「ミツルは良いとしても、なぜエミに声を掛ける?・・私は少し不安だ」
「これは玲子のためだ。自分で言うのもなんだが、エミは俺に惚れている。そこに玲子が頻繁に俺の家に出入りすると、あらぬ疑いをもたれる。後は想像できるな」
「・・・」
玲子の顔色が悪い。
「私はこの会を抜ける」
本日2回目の同好会解散の危機だ。
「まて、玲子。ワッサンはエミちゃんに声を掛けるだけだ。エミちゃんが入会するとは思えない。中二病は、世間的は忌避される存在だ。そんな会に井筒家のお嬢様が入るわけがない。そうだろうワッサン」
光が慌てて玲子を引き留めている。
なるほど、解った。光は玲子に惚れているのだな。それで中二病同好会と俺をだしに玲子と会える口実を作りたいのだ。
俺は光に対する援護も込めて答える。
「その通りだ。エミは十中八九入会しないだろう。万が一入会しても、多少はマウントを取ってくるかもしれないが、そこは俺が抑える」
「分った。エミにも声を掛けてくれ。万が一入会しても歓迎しよう。エミが入会してあらかさまに私が退会すれば、変に思われるからな」
光を見るとほっと胸をなでおろしている。
これは確定だな。光は玲子にベタ惚れだ。ひっひっひ下卑た笑いが俺の脳内を静かに響いている。
光は粘っこい俺の視線に気が付いたらしい。はっとすると、すぐに視線を外す。俺はとても悪い顔をしていたのだろう。
「貸し1つだ」俺は心の中で光に伝える。多分伝わっているだろう。
その後、この場は和気あいあいとした空気につつまれ、玲子と光は会話を楽しんでいた。主にコスプレについての話なので、俺は邪魔せずに横で聞き役に専念する。




