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親友の屍を乗り越えて

8月8日(金)

 8月に入った。小遣いも入った。俺の懐は結構温かい。

 実は、自由研究を終わらせた翌日、ゾンビと化したミツルが、ふらふらと我が家に遊びに来た。

仕方がないので、ミツルを連れて海に魚を捕りに行った。

 一週間連続で通った。ミツルは鵜飼の鵜の様に良く働いた。

 その御蔭で俺の懐は温かいのだ。これでエミとデートができる。

 ゾンビとなった友人を使役して貯め込んだ小遣いを使い、その友人の想い人とデートする。人の道に外れている。

 しかし、これはやむを得ない事なのだ。債務の履行なのだ。借金の返済なのだ。許してくれ友よ。


「我が名はネクロマンサー和三郎、死人を操る者なり」

 このような言葉が自然と脳内を駆け巡る。病気が悪化している。表に出ないよう細心の注意が必要になってきた。


 俺はエミにラインを使って連絡をとる。

「約束のデート、明日はどうだ」

 直ぐに返事がきた。

「いいよ。どこ行くの」

「徳島のイオンで映画観ないか」

「どうやって行くの。田中さんにお願いしようか」

「それはだめだ。JR引田駅9時19分徳島行き、引田駅集合でどうだ」

「お隣なんだから私の家の前9時で良いじゃない」

「じゃあそれで」


 井筒家の門前、俺はめかし込んでエミを待つ。9時ジャストに門が開いた。そして黒のクラウンが出てくる。運転しているのは田中さんだ。後部座席の窓が下がり、エミが手を振る。

「ワーちゃん乗って、送ってくれるって」

 ああ、また田中さんこき使われている。

 俺は乗車しながら田中さんに挨拶する。

「田中さん、おはようございます。またお世話になります」

「おはようございます。こちらこそお世話になります」

 今日一日エミお嬢様に振り回されるだろう俺を、田中さんは気遣ってくれている。


 俺とエミを乗せたクラウンは何の振動も立てずに走り出す。高級車は違うなと、しみじみと思う。ふと車窓から外を見ると海が見える。いつの間にか引田駅は通り過ぎ、鳴門の海岸沿いを車は走っている。

「エミ、徳島のイオンモールまで送ってもらうつもりなの?」

「車の方が早くて楽だから、・・だめだった?」

「田中さんに気の毒だし、俺、JR乗るの初めてだったから少し楽しみだった。エミはJRの列車乗った事あるのかい」

「ないよ。そうねワーちゃんと二人きり、うらぶれた列車に乗るのも愛の逃避行のようで良かったかも」

 冗談だと分かっていても、無理やり付き合わされそうで怖い。


 俺とエミを乗せた車は、快適に走り抜けイオンモールに着いた。

「ワーちゃんはここに来たことがあるの?」

「一度だけ家族で買い物に来たことがある。シネマは5階だよ。でも上映までだいぶ時間があるよ」

「ふーん、それで、何の映画を観るのよ」

「エミが好きそうなのは、秒速4.5センチメートルかな、あとドラマの国宝、アニメだとチエンソーマンに鬼滅があるよ」

「ワーちゃんが好きそうな鬼滅でいいよ」

「いや、エミの好きなものでいいよ」

「いいえ、ワーちゃんの好きな、鬼滅の刃、無限城編がいい」

 なんだエミは鬼滅の刃が好きなのか。もちろん俺も好きだ。

「わかった鬼滅にしよう。エミは鬼滅の誰が好きなの?」

「好きなわけでは・・。強いて言えば、煉獄杏寿郎さん、もう死んでしまったけど」

「煉獄さんは女の子に人気だね。生きているキャラクターなら誰?」

「もちろん、無惨様よ」

 おっ、悪役ボス登場。解るわーこの感じ。

「ワーちゃんは誰が好きなのよ。どうせ、禰豆子か胡蝶しのぶでしょう」

「俺も無惨」

「えー無惨様は男でしょ。いや女の姿もあったか」

 エミはだいぶ鬼滅を読み込んでいるな。中二病患者を嫌っているようで、自分も、ファンタジー系アニメに嵌っているじゃないか。

 まさか、これはあれか、自分の中二病を隠すために、わざと中二病を嫌悪するふりをしているのか。

「エミ、無惨のセリフで好きなのはある?」

「あるわ、喋ってはいけない。私のことを誰にも喋ってはいけない。喋ったらすぐにわかる。私はいつも君を見ている。とか、私の顔色は悪く見えるか。私の顔は青白いか? 病弱に見え・・・」

 のりのりで感情をこめて話し出すエミ。

 これは決まりだ。真正だ。100人の医者がいたら、100人とも中二病だと診断するだろう。

「エミ、もしかして、君は」

 はっと我に返ったエミは

「違うわ、私は中二病ではないわ、そう、あれよ、中二病のキャリアーよ。中二病菌の抗体を持っているのよ」

「いやいや今、発病していただろう」

「ぐっ、認める。楽しいのだから仕方がないでしょ。でもワーちゃんも間違いなく同じよね」

「認めよう。我が名は和三郎、不治の病を隠せし者にして、債務から追われる者」

「アハハ、何それ面白い」

「エミもやって見ろよ」

「我が名はエミ、不治の病を隠せし者にして、・・・・なんだろう」

「何でもいいだろ。例えば、田中さんをこき使う者とか」

「酷い。あっ、でも思いついた。我が名はエミ、不治の病を隠せし者にして、将来和三郎を使役する者」

「げぇ、やめてくれよ。死んでもこき使われそうだ」

「そう言うワーちゃんだって、ゾンビのミツル君を使役しているじゃない」

「良く知っているな。でも、そもそもミツルをゾンビにしたのはエミじゃないか」

「そうだったかしら、そんな昔の事、覚えていないわ」

 一週間前だったと思うけど。そうだった1週間で貯めた小遣いでエミに口紅を買ってやるのだった。

「思い出した。まだ上映までに時間があるから、先週三越で約束した口紅を買いに行こう」

「このタイミングで思い出すのは、ミツル君を使役して貯めたお金で買ってくれるのね。お金自体には罪はないとはいえ、少し複雑な気持ち」

 何を言っているこの女。ミツルに対する良心など欠片もないくせに。まあ俺も無いけど。この金はミツルと俺で稼いだ金だ。その金でエミにプレゼントするのだから半分はミツルがエミにプレゼントしている事になる。ミツルだって草葉の陰から喜んでいるさ。

 まあ、俺とミツルの事はどうでもいいが、エミにはミツルをゾンビにした罪の意識を持ってもらいたい。

「この金が(よご)れているのなら、エミがミツルをゾンビにしたのだから、半分はエミが汚したことになる」

「そうだったわ。そのお金はワーちゃんと私が初めての共同作業で得た、素敵なお金。大切に使いましょう」

 見た目だけ聖女様は、少しの(けが)れもありませんでした。


 俺たちはイオン1階の化粧品店に来ている。

 店内には中学生らしき女の子たちが、お喋りしながら商品を選んでいる。近頃の女の子ときたらオマセな子ばかりだ。などと精神年齢爺、見てくれは小学生の俺は一人思い佇む。

 エミはというと、先ほどから熱心に口紅コーナーで物色中である。

「ねえワーちゃん、どれが良いと思う」

 エミに似合うのは、どす黒い紫が内面を良く表現していて、とてもお似合いだと思うが、化粧はそもそも事実を覆い隠し、錯覚を起こさせるものだ。

 ならばエミに似合うのは、淡いピンク色だろう。

「これなんか、似合うと思うよ」

 エミは、俺が示した口紅に視線を落とした後、上目遣いに俺の目を見つめる。

「うん、これにする」

 えっ、何?凄く可愛いのだけど。

 俺は内心、狼狽した。

 しかし、心の中から「これがダメージを負う感覚・・・痛みか。なるほどな。byオーバーロード」と声がする。こんな時にも中二病菌は良い仕事をする。お陰で冷静さを取り戻した。

 俺はエミに軽く笑みを送った後、店員に「これを下さいと」伝えた。

「承知しました。4.820円です」

 俺は、再度ダメージを負った。全財産の半分が消えた瞬間だった。


 エミと一緒に映画を観た後ランチを取り、ぶらぶら歩きまわった。エミは始終上機嫌だったと思う。俺はあまり記憶がない。

 そして今、田中さんが運転する車内で俺は意識を取り戻した。隣ではエミが寝息を立てている。

 ああ一日終わったのだなとしみじみ思う。これで債務の履行は完了だ。

 財布の中を覘き見ると、紙幣はなし。コインが数枚、肩を寄せ合いながらこちらを見つめているようだ。

 寂しいのだろうな。こんなに痩せ細って。元々太ってなどいなかった財布は更に軽くなった。苦労を掛けた。

 でもこれで自由だ。俺は自由だ。エミの呪縛から解き放たれたのだ。

 再度、隣の座席で静かな寝息と立てているエミを見る。

 可愛い。


・・・呪縛も悪くない・・・



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