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きっと僕は君を好きになる

8月29日(金)

 夏休み残り3日となって、我が家にWi-Fiが設置された。

 西暦645年大化の改新、1868年文明開化、そして2025年我が家に光回線が届いた。

 先日令兄さんと話していた件が実現したのだ。家にWi-Fiがない事を親父は全く知らなかった様だ。

 そして今、俺は居間でネット配信されているアニメを見ている。

 凄い、こんな世界があるなんて、自宅で好きなアニメが見放題だ。俺は誰かに自慢したくなった。だが、俺の友人知り合いは、全てこのネット配信を当たり前のように随分前から使用している。今更誰に自慢できるというのだ。

 一緒にこの状況を喜んでくれるのは一人しか思いつかない。

 エミに電話する。

「俺の家にもやっと光回線が来たんだ。一緒に映画でも見ないか」

「いいよ、すぐ行くね」

 5分後に玄関のチャイムが鳴る。エミが訪れた。早いな。

「お邪魔しまーす」

「おう上がってくれ」

「あれ、誰もいないの?」

「ああ今は誰もいないな」

「ワーちゃん変な事考えないでね」

「お前が期待している事は、何も考えていない。それから直ぐに母さんが買い物から帰ってくると思うから、エミこそ変な事するなよ」

「ちっ」

「あっ、今ちって言っただろ」

「言っていないよ。ワーちゃんこそ、誰もいない家へうら若き乙女を連れ込むなんて非常識よ」

「自分でうら若き乙女と言うな」

「どこか間違っているかしら、うら若き乙女とは、若くて純粋で清らかな女性の事をいいます」

「純粋で清らかな点については、客観的には判断できない。しかし純粋で清らかな女性が自分の事をそう言うか?」

「言わないのかしら?それこそ客観的に判断できないでしょ。ワーちゃんはどう思っているの、私はうら若き乙女かしら、そうでないのでしょうか」

「う、俺の負けだ。エミは純粋で清らかで素敵な女の子だ」

 エミは顔を赤く染めて口を尖らす。

「えー、ワーちゃんは卑怯よ。そんな事を言われたら、私、言い返せない。・・・・私もワーちゃんの事、カッコいいと思っている」


「ゴホン」

 気が付くと玄関先に買い物かごを抱えた母さんが立っていた。

「熱々のところ悪いのだけど、通してくれるかしら。ふふ」

「あっ、おば様、こんにちはお邪魔しています」

 エミは挨拶もそこそこに俺の背中に隠れる。

「こんにちはエミちゃん、ゆっくりしていってね」

 母さんはニヤリと俺を見て、トコトコ廊下を渡ると、キッチンに行ってしまった。

 俺は何も言葉にできず、エミの手を握って居間に案内した。

 居間に入ってテレビ前のソファーにエミを座らせ、俺もその隣に腰かける。

「さっきはごめん。気が付かなかった」

「うん、びっくりした。でも良かった。これで公認ね」

「・・・そうだね」


 俺は今11歳、これからの人生、あらゆる可能性があると信じていた。

 しかし、夏休みが始まり、日を追う度に少しずつ自由が無くなりつつある。研究ばかりしていた前世に後悔はないが、今回の人生は多くの色々な未来が待っている。そう信じていた。だが、これまでの様だ。俺は捕獲された。

 

 少し俯いて考え事をしていた俺を、エミが下から覗き見ている。

 可愛い。

 先ほどまで、自分の未来を憂いていたのに、そんな気持ちは最初からなっか様に霧散している。

 そうか、そういう事か。蜘蛛が獲物を捕獲した時に、その牙から麻酔薬のような毒を獲物に注入する。そして幾日も欠けてその体液を(すす)ると言う。その間獲物は何の痛みも苦しみも感じなのだ。

 俺の人生・・・良い人生だった。

来世でもきっと僕は君を好きになる

「ピーー」

 心電図の波形が真っ直ぐな線に変わった。


「ワーちゃん?何ブツブツ言っているの。早く映画観ようよ。私は恋愛ものが観たい」

「いいよ。でも俺、恋愛もの詳しくないんだ。エミが選んでよ」

 我に返った俺は慌ててリモコンをエミに渡す。エミは手慣れた様子で映画を選んでいる。

「これにしようかな」

 エミが選んだ映画は、見たことも聞いたこともない物だ。あまり興味のない分野だから、俺が知らないだけかもしれない。最初の説明書きを読むと、ロミオとジュリエットの男女逆バージョンのようだ。

 映画が始まり・・・。

「・・・きっと僕は君を好きになる」

ああ、どっかで聞いたセリフだ。そして目が覚めた。

いつの間にか寝てしまった。やばいと思い隣をみると、エミも寝ている。映画はまだ続いている。

 取り敢えずリモコンを使って映画を止める。

「ふぁー」

 エミが目を覚ました。

「あれ、寝ちゃったみたい。どんな映画だったかな?」

「俺も寝てしまったので、分からない」

 エミは少し考え込んでいたが、直ぐに思い出したようだ。

「少し思い出したよ。幼馴染の若い男女が恋に落ちるのだけど、女の子が吸血鬼になって、男の喉をガブリとやって、ちゅうちゅう血を啜るの。でも男は恍惚とした表情で来世でもきっと僕は君を好きになると言って息絶えるのよ。素敵だわ」

 全然素敵ではない。むしろ恐ろしい。それにこの映画は、純粋な恋愛物だったはずだ。決してホラー映画ではない。

「それはエミが見た夢の話だろ」

「そうかな?でもいい夢だったからいいや」

 どこがいい夢なのだ。エミの夢に出てきた男とは十中八九俺の事だろう。そして吸血鬼の女は間違いなくエミだ。

少しはにかむように笑うエミの口元から白い小さな犬歯が見えた。

 俺は思わず手で自分の首筋を触った。

 何も異状なかった。でもドキドキは止まらない。

「ふー。少し外の空気を吸いに行こう」

 俺たちは外に出た。

時刻は5時を過ぎた頃だが、日差しはとても強く感じた。エミも目を細めている。

 小さめの麦わら帽子の陰から流れ落ちる髪がキラキラ光る。俺はまた違う意味で胸のドキドキを感じた。

 二人で海岸近くまで歩いてくると、エミが数歩前に出て笑顔を向ける。

「私、今日は帰るね。今日は何度もドキドキした。またね」

「そうか、じゃあ、またな」

 エミもドキドキしていたのか。俺だけでなかった。そんな事を思っているとまたドキドキしてきた。


 これは不整脈かもしれない。


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