井筒家でランチ
8月24日(日)
俺は佐助の入ったキャリーを持って、井筒家の玄関前に立っている。いつもより少しだけお洒落な服を着て来た。佐助も念入りにブラッシングしている。
「いらっしゃい。ワーちゃん、さあ上がって。」
「お邪魔します」
出迎えてくれたのはエミでも田中さんでもなく、エミのお母さんだった。
「エミはまだ田中と料理中よ。取敢えずエミの部屋で待っててね。ネコちゃん、佐助君だったかしら、家の中自由に歩いてもいいのよ」
「ありがとうございます」
俺は、エミの部屋に入ると、キャリーから佐助を出してやった。
エミの部屋は相変わらず、女の子女の子していた。部屋の中を見渡すと、机の上には作りかけの鬘が置いてあった。
前回来たときは、初めて経験する女の子の部屋だったので、緊張して何も見ずに俯いていたが、今回はキョロキョロと首を回して観察する。エミも俺の部屋に何度も来ているので、お互い様だ。触らずに見るだけならいいだろう。
佐助は部屋中を歩き回り、匂いを嗅いでいる。
そこにバッタンと勢いよくドアが開く。
「ワーちゃん、変な物見たり触ったり、していないでしょうね!」
「するか!変な物なんか、俺は見てもないし、触ってもいない。佐助は匂いを嗅いでいたが」
「まー、変態のご主人様の命令で、仕方なく匂いを嗅いでいたのね。可哀そうに。でもそんな事をしてはいけませんよ。変態が移ってしまうから」
エミは佐助を抱き上げ頬ずりしている。人を変態呼ばわりしやがって、俺は何もしていない、見ていただけだ。中二病ではあるが変態ではない。腹が立つ。
しかし、俺は精神年齢的には72歳の大人のはず。最近は少し自信がないが。と言う事で、エミの挑発には乗らない。無理やり心を落ち着かせ、冷静に対応する。
「・・・何か見られて良くないものがあるのか?そこの作りかけの鬘は良くできていると思うが」
「でしょー、自分でも上手く作れていると思うのよ。でも生え際をもう少しだけリアルにしたいのよね」
佐助を抱いたまま、嬉しそうに話し出す。まだまだ、ねんねの小娘だな。扱い安い。まあ11歳だから当然か。
「そこは、素人では無理だ。化粧で誤魔化そう」
俺はネットで調べた素人ができる限界を話そうとしたが、エミが何かを思い出したようだ。
「あっ、いけない料理が出来上がったので呼びに来たのだった。まずは、佐助との約束を果たすのが先ね。ワーちゃんに佐助、案内するわ、ついて来て」
俺たちはエミの案内で、キッチンに隣接した大きなテーブルのある部屋へ案内された。ダイニングルームと言う部屋だ。俺に家にはない。
テーブルの端にエミのお母さんが既に座っている。エミは母親の隣に行き腰を下ろす。俺はどこに座ればいいのかと、一瞬不安になったが、メイドのような人、間違いなくメイドさんだ。この人も俺の家には存在しない。その人が椅子を引いてくれた。立っているのは佐助と俺だけだから、俺用の椅子なのだと理解し、そこに座る。
佐助はどうなのかと、様子を伺うと、佐助には佐助用のお膳が用意されていた。なぜか慣れた様子で、お膳の前で礼儀よく座っている。
「みんな揃ったようですね。それでは召し上がれ」
「「いただきます」」「にゃー」
エミのお母さんの号令?により、一斉に食べだす。
美味い。
これはエミの手料理?前に食べた物より、更に美味しい。見た目もいい。これは田中さんが作った物だな。しかし、エミの可能性もある。
「とても美味しいです。もしかしてエミが作ったのか?そうであれば凄い、前回よりも見た目は無論、味も格段に美味しい」
「私が料理した物よ。当然よ。これでワーさんは私からは逃げられないね。奴隷として一生私に仕えなさい」
エミは発育途上の胸をこれでもかと張り、俺を見下ろす。
「エミ、はしたないですよ。座りなさい。ワーちゃん御免なさいね。エミはワーちゃんが好き過ぎるみたい」
エミの母親は俺に微笑みながら、エミを窘める。
「何を言っているのお母さん、私はそこまでワーちゃんの事、思っていない」
エミが焦る様子を見て、俺は追い打ちをかける。
「エミありがとう。俺は益々エミの事が好きになった」
エミは首から頭まで真っ赤になって、下に俯いた。
「ワーちゃんたら、少し見ないうちに、お上手になったのね」
「ニャーニャー」
「佐助君もエミの事が好きなのね。最近はワーちゃんのお陰でエミに沢山友達ができたようね」
「光たちの事ですね。彼らとはこの夏休みに仲良くなったのです。それから、阿波踊りで知り合った、エミの従妹お銀さんたちと合同で、今度徳島市でコスプレイベントに参加する予定です」
「従妹のお銀さん?ああ佐々木志乃ちゃんね。佐々木さん所から先日電話があったわ、相変わらず時代劇が好きな様子。なるほど、それでエミが鬘作っているのね。エミは誰の役をするの」
「私は、格さんよ」
「へー、それなら黄門様はワーちゃんかしら」
おお、鋭い。流石エミの母親だ。
「ご明察です」
「楽しそうね、私も参加しようかしら」
「「えー」」
「冗談です。そんなに驚かなくても」
エミの母親はとても茶目っ気のある人だ。
食事を終え、再びエミの部屋に戻る。もちろん佐助も一緒だ。
「ニャーニャー」
「解っているよ。お土産も用意しているよ。心配しないで」
佐助はエミの足にすりすりと頭を摺り寄せて甘えている。
相変わらずのネコとのコミニケション能力だ。まてよ、エミのお母さんも佐助の鳴き声を理解していたようだった。玲子もそうだった。もしかして、女性はネコと会話ができる?・・・
「ワーちゃん何をジーと見ているの。まさかクローゼットの中を想像しているの?エッチ」
エッチ?エミの声で我に返った。俺の目の前にはクローゼットがある。
俺はエミの下着を入れてあるクローゼットを見ながら考え込んでいたようだ。
「違う!前にも言ったがエミは佐助と話ができるようなので、その事を考えていただけだ」
「ふーん。まあいいわ、そう言う事にしておいて上げる。男の子だもの仕方がないよね」
「いや本当だってば」
「ニャー」
「ほら、佐助もエッチだと言っているじゃない」
「えっ、本当に佐助がエッチだと言っているのか」
「何言っているの、冗談よ。私に佐助の言葉が解る訳ないじゃない」
「でも以前は目を見たら解ると・・」
「ニャーニャー」
また佐助が何か言っている。
「もう帰りたいの?」
「ニャゴ、ニャゴ」
「そう、そうなの、解ったわ」
やはり会話しているじゃないか。
「何が解ったのだ」
「何も解らないよ。合わせているだけよ。ネコの言葉が解る訳ないと何度言えば解ってもらえるのかしら。ねー佐助ちゃん」
「ニャン」
あっ、返事した。佐助が人間の言葉を少しだけ理解できるのは知っている。
しかし、俺は佐助の言葉が全く解らない。いや、少しだけ解る。
「シャー」これは「ぶち殺されたいか!」、「ゴロゴロ」これは「気持ちいい」と言っている。
佐助は俺の言葉を少しだが理解できる。俺は佐助の言葉を2つしか理解できない。この事実は、佐助は俺より優秀だと言う事だ。
「ワーちゃんまたクローゼットを睨んでいる。エッチねー」
「いやクローゼットを見ていたのではない。少し考え事をしていただけだ」
俺はまたクローゼットを見ながら考えていたようだ。
「うーー」
突然、佐助が窓の外を見ながら唸りだした。尻尾も太くしている。何か外に居るようだ。
カーテン越しに外の様子を覗き見ると、黒猫が一匹こちらを見ている。
「黒猫が居るよ。エミの知っているネコ?」
「あ、本当だ。私は知らない。野良猫だと思う。首輪もついていないよ」
もしかしたら、あの黒猫は、親父の盆栽を棚から落とした犯人かもしれない。
「おんどりゃ、うーうー」
佐助がヤクザのようなことを言い出した。いや鳴いている。
「窓を開けて佐助を外に出してもいいか、こいつ怒っている」
「いいよ、でも大丈夫?あのネコ中にはいってこない?」
「大丈夫だ。佐助が直ぐに飛び出すよ」
「いいよ」
窓を開けると、思った通り、佐助は飛び出した。
「シャー」
黒猫は全身の毛を逆立たせ威嚇した。
佐助はかまわず、突進し、ネコパンチを一発。
黒猫の顔面に炸裂し、黒猫は転がるように逃げて行った。
一瞬の出来事だった。
凄いワンパンマンだ。いやネコだから、ワンパンニャンだ。
佐助は追撃を行わずに、パンチに使った右前足を舐めている。
「またつまらぬ物を切ってしまった」そう言っているような雰囲気だ。
佐助は悠々と窓から部屋に戻ってきた。
「佐助ちゃん、強―い。カッコイイ」
エミは佐助を抱き上げ、頬ずりしている。
佐助は嫌がらずに、されるままにしている。ついさっき戦闘を終えた者とは思えない落ち着きである。
佐助のモフモフを十分に堪能したエミは佐助を床に下ろす。
「ニャーニャー」
また佐助はエミに何かを言っている。
「野良猫を撃退した報酬ね、ご馳走するよ。ワーちゃんに連絡するから、一緒においで」
「ニャー」
やはり、会話している。でももう何も聞かない、何も確かめない。目の前の事実を事実として認めるだけだ。
「ワーちゃん聞こえた。またラインで連絡するから、佐助をつれて来てね」
「分った。エミの料理美味いからな。楽しみにしている」
「まー、ワーちゃんたら、私の料理を一生食べたいなんて、困っちゃう」
「一生なんて言っていない」
エミのボケに付き合うのも慣れてきた。
佐助は目をキラキラさせて俺とエミを見ている。何を期待しているのだ。
この後、お土産の用意ができたとの知らせがあったので、お暇することにした。来た時よりも重くなったキャリーと同じくらいのお土産を持って井筒家を後にした。
家に帰ると、裏には佐助の子分たちが行儀よく待っていた。
俺は、お土産のイワシ料理を小皿に取り分け、ネコたちに与えてやった。
ネコたちが美味しそうに食べている後方に、黒猫が一匹こちらを伺っている。
「ニャー」
佐助がそのネコに声をかけた。
黒猫は恐る恐る近寄ってくる。俺は黒猫用にイワシ料理を小皿に乗せてやった。
「ニャー」
黒猫は俺と佐助にひと鳴きすると、イワシ料理を美味しそうに食べだした。
今の「ニャー」は俺にも分かった。
「佐助親分すまない。恩に着る」そう言っている。
なんだネコ語わりと簡単だ。




