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困った場合はクールに

7月25日(金)

 昼過ぎ、またミツルが遊びに来た。

「ワッサン居るかー」

 声がしたので窓を開けると下に自転車に跨ったミツルが見えた。

「おー上がるか」

「もちろんだ。おばさん、お邪魔しまーす」

 ミツルは玄関からすぐの階段を上がり俺の部屋に入る。

「昨日は楽しかったな。今日も行くか」

「いや行かない。毎日魚ばかり食べれるか。俺は肉が好きだ」

「俺は毎日、魚でも良い。実際俺の家は漁師だから毎日魚だ。俺の近所みんな漁師だから多分、みんな毎日魚を食べていると思う」

「・・・ごめん。言い方が悪かった」

「そうだ。全国の魚さんに謝れ」

 そっち?漁師さんたちではなく、魚さんなの?

 話が少しややこしくなったところに、開けたままの窓からピアノの音が流れてきた。

「あっ、このピアノの音エミちゃんだろ。ワッサンはいいな、毎日エミちゃんが弾くピアノを聞けるなんて、極上の幸せだ」

 エミは俺ん()のお隣さんで、世間一般で言うところのお嬢様だ。もちろん見た目もとても可愛い同級生である。ミツルはエミに夢中だ。将来結婚したいと言っている。

 だが、俺は今年のバレンタインでエミちゃんから手作りのチョコレートを貰っている。この事は親友であるミツルに話せていない。俺がエミの事を好きだったら、話していただろう。「エミは俺の女だ、お前にはやらない」とか少年マンガ風に。それでミツルとの仲が悪くなるとは思わない。

 エミはとても可愛い、その上俺のことが好きらしい。悪い気はしない。でも俺にそんな気は起こらない。

 前世の記憶を持つ俺の場合、初恋は60年も前に終わっている。そう俺は累計年齢72歳、枯れ果てているとは思わないが11才の少女に恋をする精神年齢ではない。

 親友の初恋を応援してやりたいが、エミちゃんが俺に惚れていると知っているのに応援するのは、何故か親友を裏切っているような気がする。なのでこの件については知らん顔することにした。

 そして、ミツルはウットリとした顔で流れてくるピアノの音を聞いている。その横で俺は鼻糞をほじりながらマンガを読んでいる。

 暫くして気が付くとピアノの音は止んでいた。ミツルは俺の隣でマンガを読んでいる。

 いいのかな。第二の人生こんな毎日で、前世の記憶を思い出してから既に8年が経過している。のんべんだらりと普通の小学生として生きているだけだ。

 今読んでいたマンガの主人公のセリフ「見た目は子供、頭脳は大人、その名も名探偵コナン」彼は大人の頭脳を活かして数々の事件を解決していく。

 ある意味俺の立場とよく似ている。違いと言えば、彼は高校生探偵と呼ばれていた時から子供の体に変身したため、小学生でありながら17年の人生経験を持っている。俺は72年間の人生経験を持っている。違いは明白である。

 人生経験の長い俺の方が優秀だと考えがちだが、それは違う。人間の脳は高校生の時が一番成長している時期だ。そして二十歳の時をピークに緩やかに衰え始め、35歳からは、その衰えは加速する。72歳の脳は小学生に劣るかもしれない。

 そう言う訳だから、俺は活躍しなくてもいいのだ。このまま普通の小学生として夏休みを楽しもう。

結論が出たところで気が楽になった。

 隣を見るとミツルはマンガを読みながらゲラゲラと笑っている。

 目じりから涙を滲ませて笑う間抜け面を見ていると、俺の子孫であるミツルの将来が不安になってくる。俺は良いとしても、こいつは何とかしないといけない気がする。ほんの少しだけだが。

「なあミツル、今から図書館に行かないか」

「行かない。昨日も言っただろ、あそこは息ができない。それより山へカブトムシを捕まえに行こうぜ」

「カブトムシもいいが、お前エミちゃんが好きだろ。エミちゃんはピアノの練習が終わると決まって図書館に行ってるみたいだぞ」

「直ぐに図書館に行こう」

 こいつはチョロすぎる。こんな奴の心配するのが馬鹿らしい。嫌味の一つも言ってやりたくなる。

「息は大丈夫なのか」

「何を言っている。俺は潜水が得意なんだ。お前も知っているだろう」

 あー言えばこう言う。今時の小学生は、などと年寄りめいたことを思う。少し説教をしてやりたくなったが、今そんな暇はない。

「ならば急ごう。彼女は車で送り迎えだ。俺たちは自転車、すれ違いになるかもしれない」

 俺たちは階段を下りながら、居間に居るだろう母親に声を掛ける・

「母さん今からミツルと一緒に市の図書館に行ってくる」

「おばさーん、お邪魔しました」

「気を付けてね」

 母親の声を聞き流し自転車をこぎ始める。

 俺の家から図書館まで7km程、自転車で30分の距離だ。真夏の昼間だと結構な距離と言える。後ろからついてくるミツルは嬉しくて仕方がないような顔をしている。散歩に連れ出した犬のようだ。尻尾があれば全力で振っているだろう。

 図書館に着くと、駐車場に見覚えのある黒のクラウンが駐車していた。彼女が来ているのは確実だな。

 俺たちは駐輪場に自転車をとめると、息を整え館内に入る。閲覧場所の奥に淡い水色のワンピースをまとったエミちゃんの姿が見える。凄く可愛いな。

 俺は真っ直ぐ彼女の所に行く。

「エミちゃん、何を読んでいるの」

「わっ、ワーちゃん驚かさないでよ。あれ、そこにいるのはミツル君?」

 俺が振り返って見るとミツルは真っ赤な顔で俯いている。こいつ本当に図書館では息ができないのか。やれやれ仕方がないな、ミツルの代わりに俺が答えてやる。

「そうだミツルだ。こいつ図書館では息ができないらしい」

「できるわ、あほう!」

 突然のミツルの大声に周りの人たちが驚いてこちらを見ている。この状況にミツルの顔は青くなる。

 ため息を一つつくとエミちゃんは、机の本をそのままにして俺達を廊下に連れ出した。

「今のはワーちゃんが悪い。ごめんねミツル君、彼の嫌味なところは生まれつきなの、悪気は多分ないと思う。ねえ、ないよね」

「もちろんない。ミツルごめん悪ふざけが過ぎた」

 しかし、この女何言ってんの、そらエミと俺は幼馴染だよ。だからってお姉さんぶるなよな。まさかチョコレート受け取ったから俺の彼女のつもり?こいつあかんやろ。夫を尻に引く女や。可愛いから特にやばい。

「・・我、汝らを・・・」

 あかん。ミツル酸欠や中二病悪化しとる。

「ミツル君どうしたの?大丈夫」

「心配ない。これ最近俺達男子で流行っている病気・・・いや、その映画の物まね遊びだ」

「うそ、これ中二病だよね。ミツル君ハマっちゃったのね。ラノベ系のアニメ最近配信多いから、でもワーちゃんは大丈夫だよね。あなたの家にはWi-Fiないから」

 これは、どう(とら)えていいのか。俺もしかして(けな)されている?普通なら貶されていると思うけど、エミは俺に惚れている、はず。

 本当にそうなのかな?惚れられている根拠は・・・2月にチョコ貰った、それも手作りチョコ。これは世間一般的には本命チョコ、だよね。

 もしかして本命の誰かのための練習台に作ったのを捨てるのがもったいないから隣人の俺にくれただけ?

 いやいや、これは世に言うツンデレなのでは、俺に構ってほしくてわざと嫌味を言っている。これだ、 これに違いない。これで合って欲しい・・・。

 今はそんな事考えている場合ではない。クールに行こう。

「そうだな、俺は大丈夫だ。エミちゃんはどうなんだ。ミツルを一目で中二病と見抜くからには、相当その手の配信アニメに(はま)っているだろ。少し心配だな」

「心配しれくれてありがとう。そこまでは嵌っていないから。それに念のため感染者には近寄らないようにするから」

 俺の後方からばたりと音がした。振り返ると、そこにはミツルがうつ伏せに倒れていた。やっぱりこうなるよな。俺は起こしてやろうと膝をつくとミツルの口から声が漏れ聞こえてくる。

 「我、聖女の結界に阻まれ消滅されん」

 大丈夫なようだ。でもこれ以上はもちそうにない。

「ミツルの調子が良く無いようだ。俺たちは帰るよ。邪魔したな」

「それは心配だわ。ミツル君は私の車で送らせましょう」

「でも俺たちは自転車で来ているから、そうなるとミツルの自転車がここに残る」

「大丈夫。私がミツル君の自転車に乗って帰るから、ワーちゃん一緒に帰りましょう」

 エミと二人きりで自転車ドライブデート、この展開は後でミツルに(ねた)まれること確実だ、回避するべきだ。

「いいのか。感染者が君の車に乗るのは」

「大丈夫。後で念入りに消毒してもらうから」

 立ち上がりかけたミツルが再度ばたりと倒れる。

 聖女様は大いなる無慈悲で敵にとどめを刺したのでした。

「ありがたい申し出だが、遠慮させてくれ。ミツルは俺が責任をもって連れて帰る」

 俺はミツルに肩を貸して図書館を後にする。

 当初の目的はエミを餌にミツルを釣って勉強させることだった。最初は上手く行っていたが、餌に近づいたら、その餌にやられてしまった。

 心に瀕死の重傷を負ったミツルはまだうなされている。エミが悪いのではない。中二病患者に対する世間の反応はこんなものだ。彼女の対応は一般的なものだと思う。

 ならば原因は中二病のミツルにある。早く治療できれば良いのだが、この病気に効果がある薬は開発されていない。放って置いても大概の者は高校に進学する頃には治る。ミツルは今11才だから長い闘病生活になりそうだ。

 他人事なので適当に心配している。

 ミツルは子孫であるからもっと心配しても良さそうだと思うかもしれないが、そもそも子孫の繁栄を願う気持ちとはなんだろう。

 子孫の繁栄を望む原因は自分のDNAの継続にあるからだと聞いたことがある。本当かな。

 完全なる自分のDNAを残すにはコピーしかない。別のDNAである配偶者との間に生まれた子供は半分は自分のDNAではない。孫になれば四分の三は別物である。子孫が継続繫栄すればするほど自分のDNAは希薄になる。

 もちろん途絶えれば自分のDNAは消滅するが、10回世代交代しただけで1,424分の1に自分のDNAは薄まってしまう。

 DNAが愛情の元だとすれば、愛情も世代が進むとともに薄まって行くことになる。

 ここに結論が出た。俺がミツルの事を心配しながらも大して心配していない事実について説明ができる。本来あるべき愛情を100%とすると、ひーひーひー孫に当たるミツルに対する愛情は32分の1だから3%となる。

 3%だけ心配する。この数字は俺の中にある気持ちと一致している。この仮説は正しい。

 心配しなければならない事は他にある。俺自身の事だ。この病気は感染力が強く特効薬はない。

しかし、発病しても対処方法はある。発病したことを周りに気付かれなければいいのだ。俺は万が一発病しても隠し通せる自信がある。何の根拠もない自信だ。やはり心配だ。

 エミから別れてて少し経つと、ミツルは瀕死の重体から持ち直した。

「思うのだが、エミちゃんはワッサンのことが好きだろう。そうでなければ俺が嫌われていることになる」

 やっと気づいたか。でも少し気まずいな。何を言えばいいのか解らない。こういう困った場合はクールに行こう。

「彼女はお前を嫌ってはいないだろう。先ほどの様子だと俺に惚れているようだ。悪いな」

「くそー、なぜじゃ。俺とワッサンで何が違う。幼馴染のアドバンテージは仕方がない。その他は、俺が中二病でワッサンが隠れ中二病、これくらいしかない。ワッサンが隠れ中二病だとエミちゃんにチクれば・・・だめだ。エミちゃんが好きなワッサンの悪口を俺が言えば、嫌われてしまう。万が一ワッサンが嫌われたとしても、俺を好きになる可能性が低くなることに変わりない。まずは俺の中二病を何とかしなければ、完治は無理かもしれないから完治したと見なされなければならない。少なくともワッサン同様隠れ中二病になる必要がある。またエミちゃんとの接点はワッサンだけだ。俺の女を横取りしようとしているワッサンと仲良くするのは悔しいが、ここは苦汁をなめてでも耐えるしかない」

 俺のすぐ隣でミツルは普通の声でぶつぶつ喋っている。それに俺の隠れ中二病がばれている。

「おい、心の声がだだ漏れだぞ」

 ミツルは俺の顔を覗き見ると少し間をおいて

「・・・と言う訳でエミちゃんを俺に譲ってくれ」

 少し腹が立ってきた。

「何が、と言うわけだ。エミちゃんは可愛いから、俺もエミちゃんのこと好きになってきた。これからはライバルだな。俺の方が一歩リードしているが、彼女の心を揺るがされないために、勉強も遊びも手を抜かない。少しも負ける気はしないな」

「えっ、ワッサンはエミちゃんのこと興味なかっただろ。・・・んー、よし分かったライバルだ。エミちゃんを必ず振り向かせる。抜け駆けするなよ」

「お前もな」

 さっきまで尻尾を丸めた負け犬のようだったミツルが、今は闘志を燃やしている。どこからその自信は来るのだろう。


 元気とやる気を取り戻したミツルは「今日は帰る」と言って、自転車をこいで行ってしまった。残された俺も自転車にまたがり、ゆっくりとペタルをこいで帰ることにした。

 俺が家に着くと同じくして、隣の井筒家に黒のクラウンが入っていくのが見えた。エミも帰ってきたようだ。

 自転車を裏の倉庫に直していたら、玄関のチャイム音が聞こえて来た。倉庫から玄関の方を覗くと水色のワンピースが見える。エミだな。

 俺は玄関に近づきながら声を掛けた。

「エミちゃんどうしたの」

「ワーちゃん、さっき話が途中で途切れてしまったから、お茶でもと思い誘いに来たの」

 重要な話ではなかったと思うが、何の話だったかな?まあいいや、エミちゃん()のお茶は美味いからな。

 チャイムの音で玄関に出て来たばかりの母に断りを入れる。

「母さん、エミちゃん家に行ってくる」

「余りご迷惑をかけてはだめよ」

「おばさん、ワーちゃんをお借りします」

「どうぞ、よろしくエミちゃん」

 エミはお辞儀することで返事にかえる。笑顔がとても可愛い。本気で好きになりそうだ。

 隣の家だから少し歩けば着くと思いがちだが、エミの家に上がるまでは割と距離がある。その間何も話さずにいるのも気まずい。

「エミちゃん家のお茶も久しぶりだ。前に飲んのはアールグレイと言ったけ、母さんに買ってもらったけど、香りも味も違ってた。どうしてだろう」

「なぜかしら。今日のお茶はまた違うものよ。アールグレイが良かったかしら」

「いや、特に(こだわ)りはないから、むしろ違うものを飲んでみたい」

「それなら良かった。今日のお茶は私のお気に入りよ」

 話をしながらぶらぶら歩いてようやく玄関にたどりついた。中に入るとエミの母親が出迎えてくれた。

「ワーちゃん久しぶりね。お隣なんだからもっと遊びに来ればいいのに、さあ上がって」

「はい、今日はおばさんの入れる美味しいお茶を頂きに来ました。お邪魔します」

 エミの案内で奥の部屋へ通された。

「ここはもしかして、エミちゃんの部屋?女の子の部屋だ」

「当り前じゃない。私は女の子よ」

 部屋の奥には大きなベッド、そのすぐ近くに学習用の机と本棚、ドアの近くには可愛い小さなテーブルと同じデザインの可愛い椅子が二つある。俺の部屋の倍くらい広い。

「ごめん、もちろん知っている。俺は女の子の部屋に入るのは初めてだ。アニメで見るのと同じ感じだ」

 やはり、複数のぬいぐるみは必須のようだ。

「恥ずかしいから、じろじろ見ないで」

「ごめん。・・・」

 ならば、どこに目をやればいいのか解らない。

「私、お茶の用意手伝ってくる。そこに座って待ってて」

 俺は可愛いらしい椅子に腰かけ、目を閉じる。主がいない部屋をきょろきょろ見るのは浅ましい気がする。そして待つこと3分、気持ちも落ち着いた頃にエミが戻ってきた。

 テーブルにティカップを並べて、ポットから紅茶を注いでくれる。

 俺はエミが椅子に座るのを待ってから唐突に話しかけた。

「何の話しだったけ」

 エミもとっさには思い出せないようだ。そもそも話なんかしていたかな。

「そうだミツル君大丈夫だった?」

「何だその事か、ミツルは大丈夫。元気を取り戻して一人で家に帰った」

「そう。・・・」

 話が続かない。話題を変えよう。

「図書館では何の本を読んでいたの」

 夏休みの自由研究、何にしようかなと思って色々見ていただけ。ワーちゃんはどうして図書館に、めずらしいよね」

「ああ、俺も自由研究だ。何にしようかと思って、同じだね」

 するとエミの顔が明るくなる。

「ね、私と共同で研究しない?私のこの部屋Wi-Fiあるからネット検索やり放題だよ」

「それは良いけど、何の研究するの?エミちゃんの興味のある分野と俺の趣味あうかなー」

「ワーちゃんに合わせる。私、度量も心も広いから大丈夫」

「それはどうかな。いやエミちゃんの心の広さを疑っている訳ではないよ。色々話し合って妥協点と言うか、共通した価値観を探すのも面白いと思うよ」

「うん、それで行こう。ワーちゃんはどんな女の子が好きなの?」

「えっ、それ自由研究に関係あるの?」

「大いにあるわ。お互いの趣味が重なる所を探すのでしょ」

「・・・そうだな」

 今日は特に積極的だな。自分のテリトリーに獲物を引き込んだからここで仕留めるつもりかもしれない。この攻撃をかわすのは難しいようだ。やはり困った場合はクールに行こう。

「どんな女の子が好きかと言う質問だったな。俺はエミが好きだ。エミはどうなんだ」

「えー、直球、それも呼び捨て。わっ私は・・私もワーちゃん、和三郎が好き」

「よし。この分野については一致したな。では食べ物の好き嫌いはあるのか?」

「えー、告白タイムは終了したの?・・・まあいいわ、一番欲しい言葉は貰ったから。私は食べ物について好き嫌いはないわ」

「本当か、食べず嫌いと言う言葉があるが、その反対もある。食べず嫌いは食べたこともないのに、嫌いだと決めつけることに対して、反対は、食べたこともないのに好きだと決めつける場合だ」

「ふーん」

 彼女は少し面倒くさいような顔をする。まあ俺は理屈っぽいガキだから自分でも分かっている。ここは抑えぎみにいこう。

「エミはめざしを食べたことがあるか?めざしと言う物は真イワシやかたくちイワシを加工した物だ」

「イワシ料理はもちろん好きよ。イワシのマリネ、エスカベッシュと言ったかしら、それとイワシのコンフィ、どれも大好きよ」

 何それ、俺の方こそ知らない食べ物だ。

 食文化の違いか、それとも貧富の差か。いやいや俺の家、決して貧乏ではないはずだが。

 肉食のライオンが草食のシマウマに食べ物の好き嫌いを聞いているようなものだ。同じ文化圏に住んでいるが、人種が違うのだ。同じ草原に住むライオンとシマウマのようだ。

「そうか。食べ物については二人に大きな隔たりがあるようだ。この分野については自由研究の課題からはずそう」

「そうなの?料理研究良いと思うけど。うちには凄腕のシェフ田中がいるから色々と教えてくれるのに」

「田中さんというと、運転手の田中さんのこと?」

「あれ、ワーちゃん田中さんのこと知っているの?」

「いや、エミが彼のこと田中さんと呼んでいるのを聞いたことがあるだけ」

「そう。でも正確には田中さんは運転手ではないよ。田中さんは自衛隊を定年退職後、父の会社で警備員として雇われたの。そこで車の運転が丁寧なことや、家屋や庭の管理知識があったりしたものだから、会社でなくうちで色々働いてもらっているのよ」

「色々って、警備に車の運転、屋敷と園庭の管理、あと料理も、お前の家ブラックだな」

「違うわよ。彼は執事のようなもので、料理は趣味だと言っていたわ。何でも自衛隊の時は後方支援を担当していたからその手の知識があるみたい。その代わりに戦闘系はだめみたいよ」

「凄く興味が湧いてきた。自由研究は田中さん・・ではなく、料理研究でいこう」

「何それ、研究テーマを決めるのにお互いをもっと知り合うのではなかったの」

「そうだったけ、でもエミも料理研究良いって言ったじゃないか」

「そうだけど、何か納得いかない。でもいいは料理研究でいきましょう。何の料理にする。イワシ?」

 可愛いだけじゃない。エミの切り替えの早いところが好きだ。もしかして俺少しずつ攻略されているかも。

「イワシ?そうだった。研究対象としては安価だからいいな。エミもいいならそれでやろう」

「決まりね。早速研究方針を考えましょう」

 ふと壁に掛けられている時計が目に入る。短針と長針が真っ直ぐ縦に、6時だ。

「待って、もう6時だ。ごめん長居してしまった。帰らなきゃ」

 エミは門の所まで送ってくれた。その道中にラインを交換した。

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