越後屋は霊感商法に乗り出す
8月16日(土)
夕方から夜にかけて火を焚き、ご先祖様の霊をあの世へお見送りする。
今日がその日だ。
簡単な牛の模型を作り、それを仏壇に供える。
ご先祖様の霊をお迎えするときは、できるだけ早く来てもらうため、キュウリで馬の模型を作り仏壇に供えたが、今日はゆっくりお帰りしてもらうため、足の遅い牛に乗って帰ってもらうそうだ。
馬はもちろんだが、牛も走れば人間より早いと思うが、そう言った現実的な解釈は必要ないようだ。牛歩と言う言葉があるように、牛は遅いものの代名詞だ。亀や、ナメクジがいくら主張しても、亀歩、ナメクジ歩と言う言葉がないが如く、それを人間は認めない。
説明が長くなったが、これらは、本日の行事、またこれから起こる事象に関係する必要な知識のような気がするので言っておく。
今、俺の部屋には中二病同好会のメンバーが来ている。
会長のミツルがラインで集合をかけたのだ。
今回も事前に連絡はなかった。玲子もミツルも俺の部屋を中二病同好会の事務局だと思っているらしい。
ミツルが俺たちの前で会長らしく口上を述べる。
「みんなに集まってもらったのは、他でもない。今日はお盆の最終日、ご先祖様をお見送りする日だ。霊の存在を信じ、茄子で作った牛にその霊を乗せ冥界へ転移させる。そうこの行事こそが、中二病患者が行うべきものだ」
「なるほど、世間の目を気にすることなく、中二病活動を行えると言う事だ」
光が納得している。
「それで、具体的には何をする」
ミツルとは毎年の事なので予想はできる。だいたい解っているが一応聞いておく。
「ワッサンが畑で栽培している茄子を使って牛の模型を作る。霊界移転装置の作成だ。そして、それを必要とする霊たちに下賜する。ワッサン今年もお願いする」
「いいぜ、茄子は食べきれないほどある。好きに使ってくれ」
裏の畑に行って、丸々と太った茄子を20個ほど採ってきた。
「エミちゃん魔法詠唱を始めてくれ」
ミツルは当然の様に、訳の解らない事を要求してきた。
「何の事?玲子は解る?」
「・・・」
光も首をかしげている。
当然三人とも解るはずがない。親友である俺にしか解らないだろう。
「ほら、この前の自由研究のイワシ料理」
「ああ、あれね」
エミは思い出した。
「マリネ、エスカベッシュコンフィ、サルディーニャス・アサーダス、ベッカフィーコ・・・」
まだ光と玲子は状況が理解できていない。なぜ、純和風行事に洋風な魔法詠唱が行われているのか。それによく聞くとイワシ料理名に気付くかも。気付けば余計に分からなくなりそうだけど。
「ミツルとエミは雰囲気を出しているのさ。何もせずに牛の模型を作っても、ありがたみや霊感商品としての価値がでないだろ」
「俺たち霊感商品を作るの?これでは中二病同好会ではなく、オカルト同好会ではないか」
「オカルト志向者たちは中二病をこじらせて完治しなかった者たちの集まりなんだ。だから霊感商品を作って売るのも中二病同好会の立派な行いだ」
中二病自体が立派でないから、どんな行いも立派でないことは言わない。
みんなが納得しているかどうかは解らないが、ミツルは改めて霊感商法を始めると宣言した。
「越後屋はここに、霊感商法を行う事を宣言する。屋号に恥じない働きを期待する」
ミツルは徳島で越後屋に目覚めてしまった。また、屋号に恥じない商売とは勿論、悪徳商売である。
霊感商品は、高額であるほど、効果、御利益も高く思えるので、壺が100万で売れる。
しかし、今回我々が売り出そうとしているのは、金運向上、悪霊除け等の生きている者向けの商品ではない。既に死んだ人の霊がこの世とあの世を行き来する交通手段を提供するものだ。
霊界に行くのに標準的な値段がある。
三途の川の渡し賃だ。「六文銭」と定価が定められている。
現在の通貨に換算すると、一文30円から50円であるから、240円前後になる。JR引田駅からすぐ隣の讃岐白鳥駅まで運賃が丁度240円だ。この世からあの世へ行く経費が、JRの一駅の運賃と同額である。
これは、死んで直ぐの初回限定の割引価格だとしても安い。
原材料の茄子がマルナカでは1個70円で売っている。これに爪楊枝で足を作り、目と口をかいて、包装して輸送する。このうえ通販サイトの支払う費用等等、考えると価格設定が難しい。240円では、無理なのは確実だ。
この業界に我々が進出して商売になるのかはなはだ疑問である。
しかし、霊感業界初の試みである。ディスカウント価格での薄利多売商法だ。
それにはまず、多くの客から注文を受けなければならない。
店舗を持たないから必然、通信販売になる。通販では必須の液晶画面に映る商品の見栄えが良くないといけない。
そしてランク別の差別化等、検討すべき事項は山ほどある。
毎年、自分の家で使う牛や馬の模型をミツルと二人で作りながら、これを売って小遣いにできないか、話し合うが今まで成功したことがない。
しかし、今回は違う。越後屋を立ち上げ、従業員も増えた。その上、光と言う優秀な人材がいる。
「光、お前を越後屋の大番頭にする。課題は多いが期待している」
光が大番頭になっても、大番頭の手足になって働く者はいない。そんな事に気付かない光ではない。
「旦那様、恐れ多い事でございます。私の様な小物に大番頭など務まるはずがありません。大番頭はワッサンにお願いできないでしょうか」
あっこいつ、俺に擦り付けようとしている。
でも解っていないな、光君。世の中には序列と言うものがある。折角の旦那様からのプレゼントを蹴るなど、愚かである。
君が、ミツルを旦那様と呼んだ時点で、君はこのブラック企業越後屋から逃れる術はないのだよ。
ミツルは俺を見て頷く。
「分かった。大番頭はワッサンにお願いする」
「お引き受けします。旦那様」
「私は越後屋の一人娘がいい」
玲子が手をあげて宣言する。
「はい、私はお城のお姫様にする。ここにはお忍び」
エミはすまし顔でさらっと言う。
「あっ、ずるい。それなら私もそれがいい」
一瞬で従業員が二人減った。
「では、光、君は丁稚と言う事でいいかな」
ミツルは優しく光に語りかける。
「そんな・・・」
「いいえ、旦那様、光ほどの才気あふれる人物を丁稚などでは勿体ない事でございます。ぜひ光には小番頭を申し付け下さい」
「流石は大番頭、よく気が付いた。では小番頭光よろしく頼む」
これで全員の役どころが決まった。早速仕事に掛かるとする。
「それでは旦那様に小番頭さん、商品開発と、販売戦略について考えましょう」
「ふむ」
「はい、大番頭様、よろしくお願いします」
消え入りそうな声で光は返事をした。
まずは販売戦略からだ。
普通、良い商品を作ってから、それをどうやって売るかを考えがちだが、それは間違いである。
なぜなら、良い商品だから売れるのではなく、売れる商品が良い商品だからだ。誰に、どうやって売るかを予め決めておくと、購入者が何を必要としているか想像しやすく商品開発に役立つ。
あの世に行く手段を必要としている者は、既に死んだ者たちだ。
では、その死んだ者たちのために金を払うのは誰だ。それが我々の顧客である。
「僕の家では仏壇もないから、この行事をやらない。ワッサンの家ではやっているのだろ」
ワッサンではないだろう。大番頭と呼べと叱りつけてやるところだが、面倒なのでスルーする。
「ああ俺ん家では爺さんが死んでから毎年やっている。そう言えば死んだ爺さんもやっていたな」
なるほど、もしかしたらあの世に行くのが近くなった高齢者が、先輩たちに「そちらに行ったらよろしくお願いします」と言う意味で、この行事に積極的なのかもしれない。
なるほど、この行事は、生きている人間の都合で作られたものだ。いわゆる袖の下だな。
しかし、ここで問題が発覚した。我々の店舗なしの通信販売オンリーだ。一番の顧客の高齢者がスマホや、PCで注文するだろうか?
「今までの老人はやってなかったと思います。だからといって、これからの老人がやらないとは限らないとも思います。靴を履く習慣のないアフリカに靴を売りに行ったセールスマンは大成功している例がありますから」
やはり光は役に立つ。
「そうだな、年齢とともに足腰は確実に弱って行くのは今も昔も変わらない。しかし、これからの高齢者は長生きする。そして生きていくには生活必需品は購入しなければならない。彼らは確実に通販を利用しなければならに環境下にある」
「では、第1ターゲットは高齢者で決まりだな。他に買ってくれそうなところはないかな?」
「それでは、介護サービス業の人たちも買ってくれると思います。そこでは老人たちにお絵描きや簡単な工作をして楽しんでいるそうです。牛の完成品ではなく、その材料を提供することができると思います」
「素晴らしいアイデアだ」
越後屋幹部たちによる戦略会議は、茄子に爪楊枝の足を取り付けながら進められていく。
「よし、できたな」
ちゃぶ台の上には、15体の茄子と爪楊枝で作られた牛の群れが立っている。
「では、みなさん、三個ずつ持って帰って下さい。お疲れ様でした」
俺は作業の終了を告げた。
「えっ、もう終わり?越後屋による霊感商法は?」
「何を言っている光。俺たちは小学5年生だぞ、高校生や大学生ならまだしも、商売ができる訳ないだろう」
ミツルが光に真面な事を言っている。
「・・・」
光は玲子の顔を見る。玲子は首を傾げて「何?」と言う様な顔をする。
光はまだまだ中二病たちの嗜み方を勉強する必要があるようだ。
「ワッサン、牛の準備ができたから、花火買いに行こうぜ」
「じゃ行こうか。」
「花火するの?それと牛と関係があるの?」
玲子が訊ねるので説明する。
「花火は、送り火の代わりだよ。先祖の霊がまた来年来てくれるようにと火を焚くのが送り火だから。そでなら綺麗な花火の方が良いよね」
「ふーん。私もやりたい。夜また来てもいい?」
「いいよ。またこのメンバーで集まろう」
中二病同好会の会員たちは茄子の牛を持って、それぞれの家へ帰って行った。




