中二病同好会 3
8月14日(木)
小さなちゃぶ台を、5人の少年少女が囲んでいる。
ミツルとエミに連絡をとり、先ほど集まったばかりだ。
昨日と違うのは、男子も女子もショウトパンツにTシャツである。至ってノーマルな小学生の服装である。
昨日と同じなところは、誰も口を利かない状態である事。少し緊張した空気が漂っている。
光と玲子の気持ちは解る。エミは十中八九誘っても来ないと昨日言っていたのに、エミは普通に参加してきた。招かざる客ではなく、招いてしまった客だ。
それに5人は同じクラスのクラスメイトだが、特に親しい中ではない。
仕方がない。この場は、この部屋の主である俺が仕切る必要があるようだ。
「この集まりは、先に連絡した通り、これから作ろうとしている中二病同好会の準備委員会を開くためだ。では、発案者の光から会の趣旨を説明してもらう」
光は、えっどうして僕が?と言うような顔をしている。
「光、がんばれ、ハリーハリー」
玲子は応援しているようで急かせている。何気にこの女は酷い。
「そ、それでは、簡単に説明します。ここ数年前から流行り出した、アニメやラノベで知られている中二病を楽しむ会を作ろうかと思います。それで、」
ミツルは手を上げて光の説明を遮る。
「あのー。何で俺が誘われたのか解らないのだけど」
何を言っている。ミツルは中二病重症患者であり、この道の先達者だからだ。自覚がないのか。まさか、エミの前だから今更隠れ中二病に転向するつもりか。
俺が戸惑っている間にエミが吠える。
「ミツルは当然でしょ。クラス1の中二病重症患者だからよ。解らないのは、玲子と光よ。なぜここにいるのよ」
いやいや、この会の発案者は光だと言ったのに。
少し戸惑いはしたが、昨日、玲子に約束した事「エミは俺が抑える」を思い出した。
エミを落ち着かせなければ。
「暑いな。冷たい飲み物を用意する。エミ、手伝ってくれ」
強引だが、エミの手を握り、階段を下りる。台所に着いて小声で話をする。
「エミ聞いてくれ。これはコスプレや中二病に興味を持った玲子に光が持ちかけた遊びの企画だ。光たってのお願いでもある。それに俺や、エミ、ミツルが巻き込まれている」
エミは俺の目を暫く見て、何かに思い至ったようだ。
「はっはー、分かった。光は玲子が好きなのね。ワーちゃんはそんな二人をいじって楽しむ心算でしょ。いいえ応援するのね。私も一緒に応援する」
世の中には天使のような悪魔がいます。それとも悪魔のような天使でしょうか。どちらにせよ、邪悪なエミの微笑みは可愛い。
俺とエミは冷えたレモンティーをお盆に乗せて階段を上る。俺の部屋からはミツルたちの笑い声が聞こえる。
俺とエミがドアを開け部屋に入ると、一変に部屋は静まり返る。
エミは構わず、ちゃぶ台にみんなのレモンティーを並べていく。
光と玲子の前に良く冷えたレモンティーが置かれると、玲子は少しだけ引きつった表情をしたが、エミの微笑みを見て更に顔色を悪くする。
助けを求めるように玲子が俺に目線を送ってくるので、俺は、笑顔で頷いてみせる。そしてこの場の雰囲気を変えるために話題を振ることにした。
「みんなの笑い声が、下まで聞こえてきた。何を話していたんだい。まさか俺の悪口じゃないよな」
ミツルが即受ける。
「げっ、何で分る。魔王が、王城に暮らしていた美しい姫を言葉巧みにだまし、連れ去った話をしていたのさ」
「その話のどこが、俺の悪口なんだ」
「自覚がないのか。言葉巧みにエミを騙し、我が物にしようとしているではないか」
直ぐにエミが乗ってきた。
「ワーちゃん酷い。私を騙していたのね。光君助けて」
エミは光を応援するのではなかったのか?これでは光の立ち位置がややこしくなる。
案の定光は焦っている。
「えー、僕が?そこはミツルにしてあげた方が」
「あはは、光がんばれ。魔王を倒せー」
玲子が追い打ちをかける。
光、可哀そう。面白いので俺も参加することにした。
「光、俺の女に手を出すとは許さん。殺して永遠に使役してやろう」
・・・
光はこの状況に戸惑ってはいたが、直ぐに自分をとりもどし、状況分析を終わらした。
「そうだった。こう言う設定だった。昨日の設定では僕はデミウルゴスだ。だけど、この状況では難しいな」
困惑している光に玲子が助け舟を出す。
「光は正義系で良いのじゃない。名前もそっち系だから」
「それでは、アルベドの玲子と僕は敵対してしまう」
光の呟きを聞いていたか、聞いていなかったか、解らないが、ミツルが光を指導する。
「光は中二病に成り切っていない、発病が不十分だ。そもそも中二病とは、特殊能力を持っていると思い込んだり、難しい言葉を使いたがり、自己愛に満ちた痛い奴なんだ」
おっ!先達者からの指導だ。みんながミツルに注目する。
「それは知っている。ネットで調べて理解している」
「ならば、光は、カメハメハ波を打てるか」
「・・・・」
この場にいる者、ミツルを除く全員が言葉を失う。息をするのも忘れた。
カメハメハ波とはアニメマンガにあったドラゴンボールのあれだろう。
「俺は打てる」
「・・・・」
完全な静寂が訪れる。音のない世界だ。
「・・・今は打てないが、練習すれば打てるようになると思っている」
「・・・・」
光が、玲子が、エミが不安そうに俺を見る。
俺は首を左右にふり、光たちを安心させる。彼は特別なのだ。
しかし、まさかこれほどとは。
今まで半信半疑だったが、世の中には本気でカメハメ波を打てると思っている人間が存在した。それも身近に、・・俺の親友が、それだとは。
ミツルは完全に狂ってしまったのか。
いやいや世の中何を信じてもいい。宗教の自由がある。
神やその使徒の御業を信じる人は、この地球上に数多くいる。俺が知らないだけで、国や地域によると多数派かもしれない。
ここ日本は八百万の神が住まう国だ。多少変なのがいても驚いてはならない。
無理やり、なんとか、自分の心を納得させた俺は、平常心を取り戻すことに成功した。
ここはひとまず、ミツルを擁護しなければならない。
「ミツル、強要はいけない。みんなも理解してほしい。中二病とはかくあるべきだ。釈迦もキリストもムハマンドも中二病だったと言う説がある。彼らはその病気をこじらせ、偉業を成し遂げたと言うのだ」
まるっきりの嘘です。今思い付きました。
「なるほど、そう言う説もあるのか。アインシュタインが、アスペルガー症候群だったと言う説もあるからな」
何?アスペ何とか、知らないけど。光は知識が豊富な分、余計に騙されやすいのかもしれない。
「そうなんだ。中二病は偉人達も通った道なんだ。」
玲子がなるほどと、納得している。
光の一言が俺の嘘に説得力を持たせたらしい。
「まあ、そう言う考えもあると言う事だ。間違いかもしれなしな」
俺は嘘がばれてもいいように、やんわりと否定して置く。
「何だつまらない。これからミツルを異端審問会に掛けて楽しもうかと思っていたのに」
エミのアイデアも面白そうだけど、誰が正統で誰が異端なのか解らない。異端が異端を諮問する構図しか思い浮かばない。
「ふははは、我が名はミツル、釈迦、キリスト、ムハマンドに次ぐ、4番目の大宗教開祖となる者、人類を導く者ぞ。ひれ伏すが良い」
今まで大人しく人の話を聞いていたのに、ミツルはやっぱりこうなるよな。
そこに、待っていましたと、エミが立ち上がる。
「やはり、馬脚を現したわね。このエミ正統教会の最高司祭である私が異端者を成敗してくれる」
急な展開に光と玲子はついて行けていない。
俺は二人をこの遊びに誘ってみる。
「なあ、光と玲子はどちらに付く?」
「どちらにも付きたくない。これからどうなるの」
光の判断は正しい。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」と言う言葉が徳島県の阿波踊りにはあるが、踊れない人は見る方が楽しい。
特にディープな中二病の舞台はハードルが高い。
「参加しないのが正解だろう。それよりもどちらが勝つか賭けをしないか」
「それは面白いな。教祖と最高司祭では教祖が勝つだろう。ワッサンはどちらに賭ける」
「俺はエミだ。直ぐに勝敗は決するよ。玲子はどうする」
「私もワッサンと同じ。エミが勝つと思う」
「光はミツルでいいんだな。負けた方がスーパーマルナカでアイスを1本ずつ勝者におごるのでいいか?」
「いいよ」
光は即答し、玲子は頷いた。
賭けが成立して間もなく。
「私はエミ正統教会の敬虔なる信者です。エミ最高司祭様、お慈悲を賜りたく存じ上げます」
ミツルが降参した。
「えっ、何で?」
光は驚いているが、当然の結果である。
「解説が必要か?」
光が頷いたので簡単に説明する。
「ミツルはエミの事が好きなんだ。光ならミツルの気持ちわかるだろ」
「そうだったのか」
敗者が納得したみたいだから、みんなでアイスを食べに行くことにした。
賭けに参加していないミツルとエミは、ミツルがエミにアイスをおごるらしい。
エミ正統教会に対する敬虔な信者からの寄付だそうだ。ミツルが喜んでいるので問題ないだろう。受け取るエミは少し嫌そうな顔をしているが、信者を無下にもできないようだ。
俺たち5人は1km先にあるマルナカ引田店へ仲良く自転車でアイスを買いに行った。
負け組は勝ち組にアイスをおごるのだが、負け組である光とミツルは楽しそうだ。何が人の喜びになるのか解らないものだ。
少し離れた所にある誉田神社がある。地元では八幡さんと呼ばれている社叢だ。アイスを買った俺たちは、そこの木陰でアイスを食べることにした。
この場所は特に蝉が五月蠅い。
・・・はずだった。
俺たちが鳥居を潜り、石段を少し登りかけた時、今まで鳴いていた蝉の声がぴたりと止まる。
本日2度目の静寂の訪れである。
光と玲子はこの異常さにいち早く気が付いたのか、周りの木々を見つめている。
エミとミツルは石段に腰を下ろして、アイスをペロペロ、ガブガブ、何も気にした様子はない。
「少し変ね。静かすぎると思わない」
玲子は不安を感じている。
「そうか?いつもこんな感じだよ」
ミツルは何も感じないようだ。
たしか、ミツルの家はこの近くだ。ここにはよく来るのだろう。
アイスを食べ終えたミツルは背伸びをしながら立ち上がる。
「せっかく八幡さんに来たんだ。みんなで社叢の森を探検しようぜ」
ミツルの大きな声に反応したのか、カラスが大きく「かー」と鳴くと、森の中の全ての鳥たちが一斉に飛び立った。バサバサと羽音が周辺に起こり、しばらくするとまた静かになった。
この森の鳥や虫たちはミツルを警戒して息を潜めていたのだ。そしてミツルが行動に出ようとした瞬間、たまらず逃げ出した。そのように感じた。
ミツルは何者だ。
俺たちが感じないとれないものを、森の動物たちはミツル中に何かを感じ取っているのか。
ミツルが話していた「練習すればカメハメ波は打てるようになる」は、もしかすると本当かもしれない。そう言えばミツルのお爺さんは、カメ仙人に似ていたような気がする。
そのような、中二病患者らしい考えが心を支配する中、エミを見ると、アイスの最後の一欠けらを食べ終えたところだった。
「何を言っているのミツルは、こんな森の中、虫に刺されるだけよ。行きたければ一人で行って、私はワーちゃんと帰る」
「・・・・」
ついさっきまで元気だったミツルは力を落とし佇む。
「そうね。私たちも帰りましょう。じゃまたね」
玲子は光を誘って自転車に乗る。
「じゃまた」
俺とエミも自転車に跨ってこぎ始める。
残されたミツルは手を振って俺たちを見送っていた。
少し冷たい気がするが、ミツルと二人で残るとカメハメ波の練習に付き合わされそうなので、親友一人を残して帰る。せめて心の中だけでもと俺はミツルを応援した。
「お前ならきっと、カメハメ波を打てるようになる」
社叢の奥から寂しげなひぐらしの鳴く声が聞こえてきた。




