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第四話 ── それぞれの余韻

勝敗が告げられても、訓練場のざわめきは収まらなかった。

「今の何だよ……」「あんな爆発、教本にない」「“使えない”って聞いてたぞ」

砂の匂いに熱がまだ残る。騒めきの中心で、レオはゆっくり息を整えた。左手の痺れが遅れて疼く。


エドラスが片手を上げる。

「本日の実技はここまで。――各自、解散――」


言い切る前に、世界が少し傾いた。耳鳴り。視界が遠のく。胃の底から逆流するようなむかつき。

(……目が回る……これは――)

「俺が……魔力酔い、だと……」


言葉がほどけ、足元が崩れる。咄嗟に駆け寄ったエドラスが肩を支えた。

「担架は不要だ。歩けるな? 治癒室へ。――サイラス・バーネットも来い。外傷は腕輪が守っているが、過負荷の確認は必要だ。バーンズ、付き添え」

「はい!」


ざわめきの輪がすっと割れ、進路が空く。

生徒たちが慌ただしく散っていく後ろから、淡い青髪の少女が一歩遅れてついていく。エミリア・アルヴェイン。

振り返りざま、彼女はもう一度だけレオの左手を見た。――さっき、そこに浮かんだ“光の書”の表紙。幼い頃、辺境の祈りの間で見続けた秘された印と、同じ。


(俺が魔力酔い、だなんて)

レオは自分に驚きながら、エドラスとカイルに挟まれて回廊を進んだ。これまで“撃てない側”だった自分が、今は“撃てた反動で酔う側”。皮肉のような現実に、思考が少し遅れる。


◇◇◇


治癒室は白く静かだった。香草の柔らかな匂い、磨かれた床、薄いカーテン。

案内された一室は二人部屋。レオは手前のベッドに横たえられ、薄い毛布を掛けられる。奥のベッドには仕切りの帷子が下りていた。


「外傷はない。〈護身腕輪〉の効果だ」

検査を終えた治癒師が、脈と呼吸を確かめて頷く。

「症状は魔力酔い。自分で回した魔力の流れに、身体がまだ耐え切れなかったのだろう。初日は珍しくない。刺激は避けて、水分を少しずつ。今日は帰宅して休め」


(やっぱり、俺が――魔力酔い…)

胸の奥で乾いた笑いが一瞬だけ生まれて、すぐ消えた。


エドラスが短く言い置く。

「落ち着いたら帰れ。明朝、始業前にここで体調の確認を受けろ。――今日はもう魔法は使うな」

「……分かりました」


扉近くに控えていたエミリアが小さく会釈する。

「搬送の時、そばにいましたので。少しだけ様子を……」

治癒師が時計を見て言う。

「監督者の下で短時間なら構わない。患者を刺激しないようにな」


エドラスとカイルが一旦部屋を出て静けさが戻る。

布擦れの音。ベッド脇に、エミリアがそっと立った。

「……聞こえる?」

「……ああ。大丈夫だ。ただ、少し、頭が重い」


エミリアは指先を胸の前で組む。

「少しだけ、楽にする光を。刺激は弱いから」

細い光が指先に灯る。

「《光癒ライト・ヒール》」


温かな波が額から喉元へ、ゆっくり沈む。吐き気が薄れ、耳鳴りが遠のく。

レオは小さく息を吐いた。

「助かった……ありがとう」

「よかった。――無理は、しないでね」


返事の代わりに、レオは視線を逸らして左手の甲を見た。痺れは薄れつつある。だが、さっき見た“書”の気配だけが、鮮やかに残っている。

(あれは何だ。光だけじゃない、“在る”と分かった。けれど、名前も、掴み方も――)


エミリアは一拍置いて、問いを飲み込む。

(――あの印。ここで口にすることじゃない)

「先生に報告してくる。今日のところは帰ったほうがいい」

会釈し、扉の外へ出る。取っ手が静かに閉まった。


ほどなくしてカイルが顔を覗かせる。

「顔色、戻ってきたな。水、置いとく。少し飲めよ」

「……悪い」

「何言ってんだ。親友だろ」


◇◇◇


しばらく休んでから、レオは治癒室を出た。

夕風が頬を撫でる。影が長い。校庭の端に、空き地のような練習区画がある。ふと足がそちらに向いた。


誰もいないことを確かめ、息を整える。

(――いけるか。《爆炎エクスプロージョン》)


静寂。何も起きない。

胸の奥で掴めたはずの感覚が、指の間から砂のように零れ落ちた。

(分かっている。詠唱の形も、座標固定も。なのに――)


「今、やろうとしたろ?」

背後から小声。振り向くと、カイルが手をポケットに突っ込んだまま立っていた。

「声がちょっと上ずってるし、足取りもふらついてる。魔力酔いのときは制御が効かねぇんだよ。……ほらな、今日は休め」

「……ああ」


カイルは肩をすくめ、半歩だけ前へ出る。

「明日、また見せてくれりゃいい。ルミナスガーデン寄るかと思ったけど――今日はやめとこう。送る」

「助かる」


二人で石畳を歩く。夕日が赤く、影が二本、並んで伸びる。

(出せた。今は出せない。――理由を見つける。名前も、掴み方も)


◇◇◇


掲示板には新しい紙が貼られていた。

『新入生交流戦 開催のお知らせ ――二週間後/大演習場』

「交流戦?」「はや…」「抽選って書いてあるぞ」

廊下の端でサイラス・バーネットが立ち止まる。握り締めた拳が小さく鳴った。

(さっきの“爆発”。偶然じゃないのか――いや、偶然でも、潰す)


◇◇◇


王城の一室で、セレナ・アストレアは窓外に沈む陽を見送っていた。

執務の合間に束の間、思考がほどける。

(交流戦……)胸の鼓動がわずかに速くなる。


「綺麗、の理由なんて分からない。

ただ――わたしの中の何かがうなずいたのだけは確か。

それが王女の勘か、ひとりの少女のわがままかは……今はまだ決めない。」

(もう一度、見たい。あの人の――左手の光)

小さく、誰にも聞こえない声で名を呼ぶ。

「……レオ」

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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