第三話 ── 模擬戦と覚醒
午前の講義室は緊張感に包まれていた。
新入生たちは「魔導基礎」の授業を受けていたが、その内容は地味にして苛烈だった。
「魔力を一点に集束させ、石を浮かせろ。雑念は不要だ」
教官エドラスの声が響く。
机上に並んだ掌大の石を前に、生徒たちは額に汗を浮かべていた。
「……くそ、びくともしねぇ」
「やっぱり平民じゃ無理なんだよ」
平民の多くは顔を歪め、魔力の微弱さに打ちのめされている。
その中で、上位貴族の子息たちは余裕の笑みを浮かべて石を浮かせ、わざと大きな声で魔法を発動させて見せつけた。
「これが“身分の差”だ」
そう言い放ったのはサイラス・バーネットだった。
小さな火花を指先に灯しながら、彼は平民たちを見下すように嘲笑する。
「魔力がなければ何を学んでも無駄だ。無駄イケメン様と同じようにな」
ちらりと視線がレオに向く。
クラス全体が一瞬ざわめいたが、レオは無言で受け流した。
(……挑発には乗らない。俺は俺のすべきことをするだけだ)
しかし、隣のカイルが耐え切れず立ち上がる。
「言葉は刃物だって知らないのか、サイラス! その刃は俺が受け止めてやる!」
教室の空気が一気に熱を帯びる。
エドラスが咳払いをして告げた。
「……午後は外での実習だ。模擬戦で決着をつけろ。護身腕輪を用意する」
◇◇◇
午後、広場に新入生たちが集められた。
エドラスは、全員に向かって手に持った腕輪を掲げる。
「模擬戦では必ずこの《護身腕輪》を着けてもらう。宝石は三つ──攻撃を受けるたびにひとつずつ砕ける。三つすべてが砕ければ敗北だ。殺傷は禁止、腕輪が壊れた時点で試合は終了する。これが命綱だ、忘れるな」
腕輪には三つの宝石が埋め込まれている。
緊張した面持ちで、それぞれの生徒が自らの腕にはめこんだ。
「では──カイル・バーンズ、サイラス・バーネット。前へ」
二人が中央に進み出る。
ざわめきが広がり、自然と人垣ができていく。
◇◇◇
カイル vs サイラス
「開始!」
サイラスが開幕から《火球》を放つ。
轟音を裂いて飛ぶ炎弾。
カイルは即座に《水球》で迎撃。
炎と水がぶつかり合い、白い蒸気がもうもうと立ちこめた。
「──今だ!」
蒸気に紛れ、カイルは《風刃》を正面と背後へ、**多重詠唱**で同時展開した。
不可視の刃が唸りを上げ、サイラスの護身腕輪の宝石が「パリン」と砕ける。
「おおっ!」
見学していた生徒たちから驚きの声が上がる。だが、多くは蒸気に視界を奪われ、何が起きたのか理解できていなかった。
(……今のは正面と背後への多重詠唱《風刃》。魔力出力は低いが、的確なタイミングだった。やはりカイルは多才だな)
レオだけが冷静に戦況を読み取っていた。
だがサイラスは怒声を放つ。
「平民風情が……調子に乗るなッ!」
次の瞬間、彼の周囲に火炎が奔り、立て続けに《爆炎》がカイルを襲う。
カイルは必死に耐えたが、二つ、三つと宝石が「パリン! パリン!」と砕け散り──敗北が告げられた。
「そこまで!」
エドラスの声に、広場の熱が一気に冷める。
魔力を使い果たしたカイルは肩で息をしながら膝をつき、悔しげに拳を握りしめた。
「……くそ、もう一歩だったのに」
◇◇◇
レオ vs サイラス
「次はお前だ、無駄イケメン様!」
サイラスが指を突きつける。
レオは短く息を吐き、前に出た。
「……俺がやる」
「よせ、レオ!」カイルが声をあげるが、レオは静かに首を振った。
「カイルのおかげで、よくわかった。あいつと、正面から向き合うべきだ」
「始め!」
サイラスが《火球》を連射する。
その軌道をレオは正確に読み、最小限の動きで避けていく。
(……やはり大振りだ。だが、威力は桁違いだな)
次の瞬間、サイラスが詠唱を切り替えた。
「爆ぜろ──《爆炎》!」
咄嗟に避けたはずのレオを、爆炎の広がりがかすめる。
灼熱と衝撃。護身腕輪の宝石が「パリン」と砕けた。
その瞬間だった。
左手が熱を帯び、宙に幻書が浮かび上がる。
羽ペンが勝手に走り、炎の紋がページに刻まれていく。
「……なんだ、これは……」
レオの意識が暗転し、前世の記憶がフラッシュバックする。
幾度も繰り返し放った《爆炎》。
その制御、その威力、その恐怖。
(……これは……俺の記憶……?)
やがて幻書は閉じ、羽ペンは消えた。
残ったのは──この魔法を“使える”という、理由も根拠もない確信だけ。
観客席の端で、一人の少女が小さく息を呑む。
「……あれは……」
エミリア・アルヴェイン。
光魔法の素養を持つ彼女にだけ、レオの幻書ははっきりと見えていた。
◇◇◇
決着
「ははっ、宝石を砕かれたな! これで終わりだ、無駄イケメン様!」
サイラスが再び《爆炎》を構える。
しかし、その眼前でレオも口を開いた。
「──《爆炎トリプル》」
同じ魔法陣が、しかも二重、三重と同一点に重なって展開されていく。
「なっ……!」
サイラスが驚愕する。
エドラスの目が見開かれた。
「馬鹿な……同一座標に三重の詠唱を重ねるだと……!? そんな制御、人間にできるはずがない!」
轟音。
レオの《爆炎トリプル》がサイラスの炎を押し潰し、逆流する爆炎が広場を揺るがす。
サイラスの護身腕輪が──
「パリン! パリン! パリン!」
三つの宝石を一気に砕かれ、敗北が宣告された。
「勝者──レオンハルト・グランツ!」
広場に静寂が訪れ、次いで大きなどよめきが広がる。
サイラスは膝をつき、悔しげに吐き捨てた。
「くそ……無駄イケメン様に……!」
レオは荒い息をつきながらも、それ以上何も言わなかった。
ただ胸の奥底に、不思議な確信だけが残っていた。
魔力切れでふらつきながらも近寄ったカイルが拳を差し出す。
「……ありがとな、レオ」
レオは一瞬戸惑い──そして拳を合わせた。
「……ああ、こちらこそ」
新入生たちのざわめきは、これからの学園生活がただ平穏では終わらないことを示していた。
その頃、<幻書>の《爆炎》のページは、インクを使い切ったように淡く抜け落ちていた。――その事実に、レオはまだ気づいていない。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
感想・評価いただけると励みになります
やっとレオに魔法打たせてあげれました(ノД`)
9/23 13:11 upd 最後の一文、記載もれてました。




