第二話 ── 新たな学び舎へ
春。王都の大通りを彩る並木には薄桃の花が咲き、風に揺れては石畳へと舞い落ちていく。
一か月前――筆記と魔力測定試験を経て合格を勝ち取った新入生たちが、今日ついに国立魔導学園へ入学する。胸を張る者、不安げに列へ加わる者。それぞれの期待と緊張を抱え、大講堂の扉をくぐった。
壇上の白髪の学園長が杖を一度、静かに打ち鳴らす。波紋のような魔力が広がり、ざわめきが収まった。
「ようこそ、アストレア王国の学び舎へ。ここは血筋ではなく才を磨く場である。貴族も平民も同じ机を前にし、同じ課題を背負う。――ただし、ここに立つ者は未来を担う者。己の行いが家名を、そして国の名を背負うのだという自覚を忘れるな」
厳しくも誇り高い言葉が広間を満たす。
「それでは、新入生代表の挨拶を。本年度は王家よりご入学の、セレナ・アストレア殿下にお願い致します」
ざわ、と場が揺れた。花びらを髪にまといながら進み出た少女は、王家の紋章を胸に掲げ、穏やかに一礼する。
「……私は、王家の名を背負ってここに立っています。けれど、この場では誰もが同じ学び舎の生徒です。どうか特別視せず、共に学ぶ仲間として迎えていただければ幸いです」
澄んだ声が響く。春の光が差し込み、花弁がひらりと舞った。静寂の後、惜しみない拍手が湧き起こる。
隣に座るカイルが、ひそひそ声で笑った。
「いやぁ、王女殿下が代表か……もし殿下がいなかったら、レオ、お前がやってたんだろ?」
「……そんなわけ、ない」
即座に否定すると、周囲から小さな囁き。
「神童だしな」「筆記満点だって聞いた」
レオは肩をすくめ、視線を落とす。
(……俺は、人前に立つような人間じゃない)
こうして、王女と“神童”が肩を並べる特別な一年が始まった。
◇◇◇
式の後、講堂脇の回廊にクラス分け発表が張り出された。A、B、Cの三クラス。最上位のAクラスの名簿には四十名の名前が並ぶ。
「お、あった……俺、Aだ!」
いち早く見つけたカイル・バーンズが拳を握る。隣の生徒が目を丸くした。
「平民なのにA……? すげえ」
ひそひそ声が数字になって広がる。
Aクラス四十名――王族一、平民十二、残り二十七が貴族。
平民の子らが小さく歓声を上げ、派手な紋章のローブを着た子爵家の次男が唇を噛んで去っていく。
「B、かよ……」
レオは自分の名を確かめる。
――レオンハルト・グランツ。Aクラス。
その直下にはサイラス・ローデンの名。
「ふん」サイラスが鼻で笑う。「数字は正直だ。王族一、貴族二十七、平民十二。血筋が違えば、結果も違う」
取り巻きの男爵子弟が調子を合わせる。
「でも、サイラス様。あっちの準男爵坊ちゃん、バーンズもAですよ」
「準男爵は貴族にあらず。商人上がりの“飾り”だ。――ま、例外はある」
カイルは一瞬むっとしたが、すぐに笑って肩をすくめた。
「数字が何を示すかは、これからの一年で決まる。才能は血筋じゃねぇ。証明してみせるさ」
周囲の数人がくすっと笑い、重い空気が少し緩む。レオは横顔を見て、小さく頷いた。
(……明るさだけじゃない)
◇◇◇
午前はクラス顔合わせとオリエンテーションで終わるらしい。Aクラスの教室に移動すると、中年の魔導師が入ってきた。
「私は担任のエドラスだ。初日は顔を合わせるだけにしておこう。順に自己紹介を」
王家の紋章を付けたセレナが一番手で進み出る。
「アストレア王家の三女、セレナです。学びに励みます」
短い言葉なのに凛とした響きがあり、誰も軽口を挟まない。
続くサイラス。
「ローデン子爵家、サイラス・ローデン。火と土の適性。将来は魔導騎士団へ」
堂々たる声音に、取り巻きが誇らしげに頷く。
列の中ほどで、小さな声。
「……エミリア・アルヴェインです。よろしくお願いします」
栗色の髪の、小柄な少女。誰かが「誰?」と首を傾げ、すぐ視線が流れていった。
レオが目を瞬くと、隣のカイルが小声で囁く。
「おいレオ、知ってるか? アルヴェイン辺境伯家の長女だぜ」
「辺境伯……?」
「ああ。俺、昔親父の商談にくっついて辺境に行ったんだ。王都から馬車で二十日、正直くたびれたけどな。思ったより田舎じゃなくて驚いた。道は整ってるし、人がみんな幸せそうでさ」
カイルは肩をすくめる。
「表立ってはあまり知られてねぇけど、あそこは結構豊かな領地だ。――本人は地味だな」
レオはもう一度だけ、少女の後ろ姿を見た。名と姿が、胸のどこかに小さな引っかかりを残す。
やがて、レオの番が来る。
「……レオンハルト・グランツです。よろしく」
それだけで教室に微かなざわめき。
「神童だって」「でも魔法は――」
囁きは刃ほど鋭くない。ただ、皮膚の上を冷たく撫でていく。
「カイル・バーンズ! 準男爵家の息子。筆記は上から十番以内、魔力は……努力で!」
教室に笑いが生まれ、空気が少し和らいだ。カイルがくるりとレオに親指を立てる。
「同じクラス、よろしくな、レオ!」
「……うん」
「本日の学内案内は各自で。授業は明日からだ」
エドラスが締める。解散の合図と同時に、午前は終わった。
◇◇◇
「腹、減ったな。レオ、どっか行くか?」
カイルに肩を軽く叩かれ、レオは小さく頷いた。
「……学内のカフェ。ルミナスガーデンがいい」
「お、知ってるのか。人気店だろ? 行こうぜ!」
学園庭園に面したガラス張りのカフェは、昼時で賑わっていた。白いテーブルに射す陽光、花壇の香り。席に着くと、制服姿の店員が笑顔で水差しを置いた。
「いらっしゃいませ。本日のランチは花香草のクリームパスタと小菓子のセットになります」
店員の横顔を見て、カイルが目を丸くする。
「……マナ? お前、ここで働いてんのか!」
「カイル!? 久しぶり。って、Aバッジ……ほんとにAクラス入ったんだ」
マナはぱっと笑顔になり、レオへ会釈する。
「はじめまして。Cクラスのマナです。学費の足しに放課後ここで手伝ってます。ご注文、お伺いしますね」
二人はランチを頼んだ。まもなく運ばれてきた皿から、やわらかな湯気が立ち上る。
黄金色のソースが絡む麺に、刻んだ香草の緑が映え、削ったチーズが雪のように散らされていた。
「いただきます!」カイルが勢いよくフォークを回す。
一口。もっちりとした麺に濃厚な風味が広がり、彼の顔がほころぶ。
「うまっ。さすがだな、ここ」
レオも静かに口へ運ぶ。鼻に抜ける香りと、舌の上でとろけるコク。
「……このチーズ、アルヴェイン伯領の産だな。高価なのに、贅沢だ」
ぽつりと呟くと、カイルが目を丸くし、マナが感心したように笑った。
「すご。分かるんですね。うち、仕入れ薄利で頑張ってるんですよ」
「物知りだな、レオ。貴族の舌ってやつか?」
「……たまたま」
席を離れかけたマナが、ふと思い出したように戻ってきた。
「そうだ。Aクラスって、王女殿下もいるんだよね? 今日、代表挨拶すごかった」
「近くで聞いたけど、声が澄んでてさ」カイルが笑う。「殿下がいなかったらレオが挨拶してたかもな」
「やめてくれ」
レオはカップを持ち上げ、マナはくすりと笑って「また来てくださいね」と踵を返した。
食後の小菓子――花の形に焼かれた薄いクッキーが添えられる。噛めばほろりと崩れ、甘さがさっと消える。
しばし無言で味わい、二人は席を立った。
◇◇◇
学園門を出ると、初夏めいた陽の光が石畳に反射して眩しかった。
「ちょっと早いけど、今日はもう帰るか」
「ああ」
門へ向かう道すがら、カイルがふと思い出したように言う。
「そういえばさ、寮って貴族と平民で分かれてるんだってな。学校は“平等”って言うけど、やっぱ線引きはある」
「……そうか」
「俺は王都の実家(バーンズ商会)から通うから関係ないけど。マナは平民寮。部屋は狭いけど、まあ安全だって」
「俺は、王都の家からだ」
「おお、さすが侯爵家。……でも、同じ学園なのにな。食堂も風呂も壁一枚で価値が変わる」
レオは短く息を吐く。
(……前世では、力の有無こそがすべてだった。貴族も平民も関係なく、強い者が前に立ち、弱い者は守られた。
だが、この世界では――生まれが道を決めるのか)
胸の底に、冷たい違和感が沈殿する。
「じゃ、また明日な!」
カイルが大きく手を振り、王都の雑踏へ駆けていく。レオは小さく頷いた。
門の前で、学園御用の馬車が止まっているのが視界に入る。乗り込む前に、レオはふと空を見上げた。
薄桃の花弁が、まだ名残惜しそうに風に舞っている。
――やがて、彼が“本”を開く日が来ることを、まだ誰も知らない。
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