第一話 ── 魔力測定試験
王都中央にそびえる国立魔導学園――マジック・アカデミー。
十二歳になった貴族子弟は入学し、魔導と教養を修めるのが義務とされている。
侯爵家グランツの三子、レオンハルト・グランツ――通称レオ。
三歳で読み書き算術を修め、六歳で王国歴を暗記し、十歳で古語の基礎詠唱を一通り暗唱。
“神童”と呼ばれる一方で、社交界ではこう囁かれていた。
――魔法は使えない“無駄イケメン”だと。
◇◇◇
午前――筆記試験。
内容は歴史、算術、古代語魔法の解釈。
試験開始からわずか十分。
レオは羽ペンを置き、答案を教官に差し出した。
「失礼します。終わりました」
「……もう、か?」
「はい。見直しも済んでいます」
「退出は自由だが、一度出れば戻れんぞ」
「構いません」
淡々と答え、静かな足取りで試験室を後にする。
その背中を、サイラス・ローデンがじっと睨んでいた。
(……あいつだけ、平然と……!)
噛み殺した舌打ちが、紙面に滲んだ。
◇◇◇
鐘が鳴り響き、掲示板に午前の結果が張り出された。
足切りに届かず、教師に促されて退出する生徒たちの肩は重く落ちていた。
「……俺、ダメだった……」
「午後にすら進めないなんて……」
一方で、ひときわ目立つ名がある。
一位――レオンハルト・グランツ。満点。
「やっぱり神童か……」「でも魔法は使えないんだろ?」
憧れと冷笑が交錯し、ざわめきが広がった。
そのとき、明るい声が飛ぶ。
「お前、レオンハルトって言うんだろ? すげぇじゃん! 俺はカイル・バーンズ!」
浅黒い肌に明るい茶髪の少年が、にかっと笑って手を差し出した。
「え、あ……」
レオは視線を逸らし、戸惑う。差し出された手をどう取ればいいか迷ってしまう。
「はは、緊張すんなって! 俺ら同級生だろ? 友達第一号、ってことで!」
「……友達?」
「当たり前だろ!」と笑い、カイルは背中を軽く叩いた。
あまりに自然すぎて、断る隙すらなかった。
そのやり取りを遠巻きに見ていたサイラスが鼻を鳴らす。
「おい、お前ら。あのバーンズとか言う奴……知ってるか?」
「へい、サイラス様。あいつは……商人の家の出でさぁ」
「ほう、平民か。詳しいな」
「いえ、それがですね。親父が“魔導ランプ”を発明したとかで爵位をもらったんでさ。準男爵、しかも一代限り」
「なるほどな。つまり商人上がりのまがい物……やはり、血筋が違う」
嘲りを含んだ声が、昼下がりの中庭に冷たく響いた。
◇◇◇
掲示板の人だかりを抜け、中庭の木陰に腰を下ろすレオ。
本を開き、風に揺れる頁を指で押さえる。
ふいに、視線を感じた。
噴水の向こう、回廊の影。
金糸の髪に碧眼。内気そうに視線を伏せ、すぐに逸らす。
胸元に輝く紋章――王家の印。
セレナ・アストレア。第三王女。
彼女は一瞬だけレオを見つめ、頬を赤らめ、小走りに去っていった。
(……?)
レオは小首を傾げる。今のは気のせいだろうか。
「レオ、午前はどうだった?」
凜とした声に顔を上げる。長女、エリシア・グランツ。才色兼備で社交界の花。
続いて跳ねるような足音。
「午後は魔力測定でしょ? 終わったら《ルミナスガーデン》行こ! あそこ、学園で一番スイーツおいしいんだよ。僕、大好き!」
次女、リリア・グランツが腕に絡んでくる。小柄で明るく、僕っ子気質の甘えん坊。
「……試験が終わったら、でいいなら」
「やった! 約束だからね!」
リリアが小さくガッツポーズを決め、エリシアはほっと微笑を浮かべた。
◇◇◇
午後――魔力測定。
筆記成績が低い者から順に進み、最後に呼ばれたのは一位のレオ。
壇上に据えられた魔力石に、受験者が次々と手を置いていく。
「次、サイラス・ローデン」
「――ああ」
サイラスの魔力が流れ込むと、石は赤く輝き、目盛りが高位まで伸びた。
どよめきが広がる。
「さすが子爵家……」
サイラスは鼻で笑い、斜め後ろのレオに視線を投げた。
そして――レオの番。
掌を置いた瞬間、白光が奔る。
目盛りが矢のように駆け上がり、上限にぶつかって震え、なおも溢れて――
パリン!
破砕音が広がる。魔力石は粉々に砕け散った。
会場が息を呑む。
「……割れた……?」「上限超過……?」
沈黙を裂く声。
「ふん、見かけ倒しだな。魔力があっても魔法を使えなきゃ意味がない」
サイラスの冷笑が広がりかけ――
「実技は試験科目ではありません」
澄んだ声で切ったのはエリシア。
「彼は筆記満点、魔力測定不能――合格。それで十分でしょう」
「そうそう! レオに無茶言わないで!」リリアが頬を膨らませる。
試験官は割れた石と記録紙を見比べ、困ったように咳払いをした。
「本日の評価は――筆記満点、魔力測定不能(上限超過)。以上で合格とする」
ざわめきが広がる中、レオは心の中で小さく息を吐いた。
(やっぱり……魔法は使えない。俺には)
◇◇◇
夕刻。
試験を終えたレオは、門前で待つ姉たちと合流する。
「お疲れさま、レオ」
「ルミナスガーデンだよ! スイーツ食べに行こ!」
リリアが元気よく腕を引いた、そのとき――
「おーい、レオ!」
駆け寄ってきたのはカイル・バーンズ。
「どこ行くんだ?」
「学園の《ルミナスガーデン》! スイーツがめっちゃおいしいんだよ! 行く?」
「えっ……お、俺もいいのか?」
カイルの目がぱっと輝く。
エリシアが小首をかしげる。
「レオ、この方は?」
「……カイル。今日、友達になった」
「えっへん! 友達1号です!」と胸を張るカイル。
「リリアだよ! レオのおねえちゃんです!」
リリアがさらに胸を張ってえっへんポーズ。
エリシアは苦笑して軽く会釈した。
「エリシア・グランツ。彼の姉です。よろしくお願いしますね」
「グ、グランツのお姉様……ほんとに綺麗で……」
「ありがとうございます。バーンズさんも、焼き林檎のタルトがよく似合っていますよ」
「に、似合ってる……?」
褒められ慣れていないらしく、カイルはさらに真っ赤になった。
◇◇◇
学園南庭の一角――古い石館を改装したカフェ《ルミナスガーデン》。
白壁は夕陽を受けて蜂蜜色に染まり、大きな窓からは噴水と花壇が望める。ガラスのショーケースには季節の甘味が整然と並び、ほの甘い香りが鼻をくすぐった。
席に着くなり、リリアが身を乗り出す。
「僕は蜂蜜クレープ! 今日はラズベリーのソースがあるんだって!」
「私は季節限定の栗のパイを」エリシアは上品に微笑む。
レオはショーケースの角で淡く光るゼリーに目を留めた。
「……蒼果のゼリーを」
「じゃ、じゃあ俺は――」カイルが慌ててメニューをめくり、「焼き林檎のタルトで!」と勢いよく指さした。
やがて運ばれてくる皿。
フォークを入れると、栗のパイはさくりと崩れ、ほくほくの甘みが立つ。
クレープは薄い生地に蜂蜜が染み、ラズベリーの酸味が軽やかに跳ねた。
ゼリーは冷たく舌に触れ、青い果実の香りがすっと喉奥へと抜けていく。体の芯で小さく火花が散り、魔力が均されるような感覚。
「……おいしい」
思わず零したレオの一言に、リリアが満面の笑みで頷く。
「でしょ! ルミナスは学園一だもん!」
カイルはタルトを頬張りながら、向かいのエリシアをちらちら見ては赤くなっている。
窓の外で、噴水が細い虹をつくる。
昼の緊張は泡のようにほどけ、甘い時間だけがゆっくりと積もっていく――。
そして、誰も知らない。
このささやかな夕べのあと、学園はやがて熱を帯び、舞台は整っていくことを。
“落ちこぼれ”と蔑まれた少年が、本を開くその日まで。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
レオたちが食べたスイーツをまとめておきます
•リリア → 蜂蜜クレープ(ラズベリーソース付き)
•エリシア → 季節限定の栗のパイ
•レオ → 蒼果のゼリー
•カイル → 焼き林檎のタルト
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