表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/12

第十一話 ── 迷宮実習(3)第三層(前編)

 転送陣の光が消えると、吐く息が白く凍った。

 足もとには霜が広がり、壁面には薄氷が張りついている。


「……さむくないか?」カイルが腕を擦る。

「気温、十度は下がってるね。冷気だけじゃない。……視線を感じる」ユリウスが低く言った。


 通路の奥、壁際に結晶化した獣の死骸があった。

 苦悶の表情のまま、氷に閉じ込められている。

「亡霊の冷気だな。熱を奪われて、凍死したんだ」レオが呟く。

 観察しようと近づいた瞬間、空気が裂けた。


「下がれッ!」ユリウスの叫び。

 三人が反射的に散開する。直後、霜が地を走り、岩床が白く凍りついた。

 そこに――形のない影。

 青白い人影がゆらりと浮かび、虚ろな目をこちらへ向けた。


「レイス……!」カイルが歯を食いしばる。

 詠唱。「《雷球サンダー・ボール》!」

 光が弾け、影を貫いた――が、何も起きない。

 続けざまに「《風刃ウィンド・カッター》!」「《水球ウォーター・ボール》!」

 衝撃は通るが、形を崩すだけですぐに戻った。


「くそ、効かねぇ……やっぱり光魔法しかないのか」カイルが舌打ちする。

「俺は使えないぞ」

 レオも眉を寄せた。「俺も……難しいな」


 次の瞬間、背筋に冷気。

「カイル、後ろ!」

 ユリウスの声と同時に、カイルの背後にレイスが出現。

 その動きに反応するように、ユリウスが腕を前に突き出していた。


「――《聖光ホーリー・ライト》!」


 白い閃光がほとばしる。

 洞窟の霜が一瞬で蒸発し、亡霊の輪郭が悲鳴を上げて崩れる。

 光が収まったとき、そこには淡い蒸気だけが漂っていた。


「……やっと消えたか」ユリウスが息を整える。

 カイルが振り向き、呆然と口を開けた。

「お・ま・え、使えるなら言っとけよ……!」

 ユリウスは小さく笑う。

「言っても信じなかったでしょ?」


 その静かな笑みが浮かぶと同時に――

 ぐぅ、と洞窟に間の抜けた音が響いた。


「……おれじゃないぞ」カイルが慌てて手を挙げる。

「僕でもない」ユリウスが首を横に振る。

 視線が、ゆっくりとレオへ向く。

「……すまん」レオがぼそりと答えた。


 カイルが吹き出す。「よし、めしにしよう。もうそろそろ実習も終わるけど、その前に腹ごしらえだ」


 三人は岩陰に腰を下ろし、携行袋を開いた。

「昨日、購買で買っといたんだ。ちょうど三人分ある」ユリウスが微笑み、包みを広げる。

「ゴールデンコーンのスープと黒パン。これ、温めると甘くておいしいんだ」

 そう言って、沸かした湯を粉末へ注ぐ。

 とろりとした金色の液体が立ちのぼり、ほのかな甘い香りが洞窟を満たした。


 レオが鼻をひくつかせる。「……甘いコーンの匂いが鼻腔をくすぐるな」

 カイルがにやっと笑う。「でましたでました、レオの詩人コメント!」

「別に詩人じゃない」

「いや、もうほぼ詩だって」


 湯気が三人の間にやわらかく漂う。

 冷えた体が、スープの香りと熱でほぐれていく。

「ほら、黒パン割ったから分けよう」ユリウスが切り分けたパンを差し出す。

「ありがとう」レオが受け取り、一口かじる。ほのかな甘みと香ばしさが広がる。

「……うまい」

「おお、珍しく即答」カイルが笑った。


 ユリウスもスープをすすりながら目を細めた。

「戦闘のあとに温かい食事があるだけで、世界が違って見えるね」

「たしかに。これが現地調達だったら地獄だったろ」カイルが肩をすくめる。

「いや、カイルなら魚ぐらい素手で捕りそうだけど」

「言うなよ、それやったことある」

 その瞬間、レオとユリウスの笑い声が重なった。

 迷宮の寒気が、少しだけ遠のいた気がした。


 ――その時だった。


 通路の奥から、甲高い叫び声が響いた。

 女の悲鳴。

 三人の表情が一瞬で引き締まる。


「この声……たぶん、セレナ様の班にいた近衛候補の子だね」ユリウスが顔を上げる。

 レオはすぐに立ち上がり、前へ駆け出した。

「行こう」

 冷たい風が、再び洞窟を吹き抜けた。


――続く。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

感想・評価いただけると励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ