第十一話 ── 迷宮実習(3)第三層(前編)
転送陣の光が消えると、吐く息が白く凍った。
足もとには霜が広がり、壁面には薄氷が張りついている。
「……さむくないか?」カイルが腕を擦る。
「気温、十度は下がってるね。冷気だけじゃない。……視線を感じる」ユリウスが低く言った。
通路の奥、壁際に結晶化した獣の死骸があった。
苦悶の表情のまま、氷に閉じ込められている。
「亡霊の冷気だな。熱を奪われて、凍死したんだ」レオが呟く。
観察しようと近づいた瞬間、空気が裂けた。
「下がれッ!」ユリウスの叫び。
三人が反射的に散開する。直後、霜が地を走り、岩床が白く凍りついた。
そこに――形のない影。
青白い人影がゆらりと浮かび、虚ろな目をこちらへ向けた。
「レイス……!」カイルが歯を食いしばる。
詠唱。「《雷球》!」
光が弾け、影を貫いた――が、何も起きない。
続けざまに「《風刃》!」「《水球》!」
衝撃は通るが、形を崩すだけですぐに戻った。
「くそ、効かねぇ……やっぱり光魔法しかないのか」カイルが舌打ちする。
「俺は使えないぞ」
レオも眉を寄せた。「俺も……難しいな」
次の瞬間、背筋に冷気。
「カイル、後ろ!」
ユリウスの声と同時に、カイルの背後にレイスが出現。
その動きに反応するように、ユリウスが腕を前に突き出していた。
「――《聖光》!」
白い閃光がほとばしる。
洞窟の霜が一瞬で蒸発し、亡霊の輪郭が悲鳴を上げて崩れる。
光が収まったとき、そこには淡い蒸気だけが漂っていた。
「……やっと消えたか」ユリウスが息を整える。
カイルが振り向き、呆然と口を開けた。
「お・ま・え、使えるなら言っとけよ……!」
ユリウスは小さく笑う。
「言っても信じなかったでしょ?」
その静かな笑みが浮かぶと同時に――
ぐぅ、と洞窟に間の抜けた音が響いた。
「……おれじゃないぞ」カイルが慌てて手を挙げる。
「僕でもない」ユリウスが首を横に振る。
視線が、ゆっくりとレオへ向く。
「……すまん」レオがぼそりと答えた。
カイルが吹き出す。「よし、めしにしよう。もうそろそろ実習も終わるけど、その前に腹ごしらえだ」
三人は岩陰に腰を下ろし、携行袋を開いた。
「昨日、購買で買っといたんだ。ちょうど三人分ある」ユリウスが微笑み、包みを広げる。
「ゴールデンコーンのスープと黒パン。これ、温めると甘くておいしいんだ」
そう言って、沸かした湯を粉末へ注ぐ。
とろりとした金色の液体が立ちのぼり、ほのかな甘い香りが洞窟を満たした。
レオが鼻をひくつかせる。「……甘いコーンの匂いが鼻腔をくすぐるな」
カイルがにやっと笑う。「でましたでました、レオの詩人コメント!」
「別に詩人じゃない」
「いや、もうほぼ詩だって」
湯気が三人の間にやわらかく漂う。
冷えた体が、スープの香りと熱でほぐれていく。
「ほら、黒パン割ったから分けよう」ユリウスが切り分けたパンを差し出す。
「ありがとう」レオが受け取り、一口かじる。ほのかな甘みと香ばしさが広がる。
「……うまい」
「おお、珍しく即答」カイルが笑った。
ユリウスもスープをすすりながら目を細めた。
「戦闘のあとに温かい食事があるだけで、世界が違って見えるね」
「たしかに。これが現地調達だったら地獄だったろ」カイルが肩をすくめる。
「いや、カイルなら魚ぐらい素手で捕りそうだけど」
「言うなよ、それやったことある」
その瞬間、レオとユリウスの笑い声が重なった。
迷宮の寒気が、少しだけ遠のいた気がした。
――その時だった。
通路の奥から、甲高い叫び声が響いた。
女の悲鳴。
三人の表情が一瞬で引き締まる。
「この声……たぶん、セレナ様の班にいた近衛候補の子だね」ユリウスが顔を上げる。
レオはすぐに立ち上がり、前へ駆け出した。
「行こう」
冷たい風が、再び洞窟を吹き抜けた。
――続く。
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