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第十話 ── 迷宮実習(3)第二層

 一層から二層への転送陣に足を踏み入れた瞬間、白光が反転し、視界が湿り気を帯びる。苔むした石壁、重い冷気、ぽたりと落ちる水音。

「……空気、変わったな」カイルが肩を竦めた。

 レオは一瞬だけ左手を見る。魔法を“受けた”直後に似た、名づけがたい違和感が胸奥に残ったが、今は飲み込んだ。


「前方、骨の足音。三体、うち一は弓」ユリウスが囁く。

「正面は俺が取る」レオは一歩出て敵の狙いを自分に引きつけた。

 骸骨兵が剣を振り上げる。レオは剣圧を外へ流し、間髪入れず《火球ファイア・ボール》を撃ち込む。胸骨が焼け、カイルの《風刃ウィンド・カッター》が関節を断つ。

 鋭い矢が闇を裂いたが、ユリウスの矢が迎撃して砕け散った。

「よし、クリア。まだ先が長い、行こう」ユリウスが淡く微笑む。


 曲がり角を抜けた先、岩壁に溶ける灰色の影がぬるりと動いた。

「……見えた?」カイルが低く問う。

 岩肌と同じ鱗に覆われた蜥蜴が、壁から剥がれるように這い出す。ロックリザード。舌が閃き、甲高い鳴き声で威嚇した。


「ターゲットは俺が取る」レオが距離を詰め、注意を集める。

 開幕、《火球ファイア・ボール》。熱は鱗の表面で散り、焦げ跡だけが残る。

「通りが浅い!」

「じゃあ、風で装甲の継ぎ目を」カイルが《風刃ウィンド・カッター》を扇状に散らす。鱗が数枚はがれたが、致命には遠い。

「頭部は硬い。側面の下あご周り、もしくは頸の継ぎを狙おう」ユリウスが位置取りを指示し、牽制の矢で顔を上げさせた。

 レオは水の頁をイメージする。まずは定石、《水球ウォーター・ボール》。

 重い水塊が鱗に当たり、流れ落ちるだけ――鈍い。

「鈍化はするけど、決め手に欠けるな」カイルが舌打ちする。

「……なら、形を変える」レオは左掌の像を細かく解いた。頁の“水”を微細な粒にほぐし、速く、細く、震わせ、とがらせる。息を潜め、頸の継ぎ目へ――。

 無詠唱の伸びる線が、しずかに岩鱗を裂いた。

 ざくり、と鈍い手応え。硬い皮膜の下、柔い芯へ届く感覚。ロックリザードが痙攣し、崩れ落ちた。


「今の……何をした?」カイルが目を丸くする。

「《水球ウォーター・ボール》を細い刃に形状変化させただけだ。水を微粒にして、高速で震わせ、一本の線に束ねた」

「応用でそこまで……」ユリウスが素直に感嘆した。

「ただ、学内戦で守護腕輪なしに使うのはまずいだろう。危険が大きすぎる」レオは小さく息を吐く。

「禁止かどうかは分からないけど、少なくとも推奨はされないはずだな」カイルは驚きを隠せずにいる。

 ロックリザードを倒し、魔石を拾うと通路を奥へ進む。

「回収は後だ。先を急ごう」レオが短く告げた。


 しばらく進むと、床石の継ぎ目に不自然な溝があり、ユリウスがしゃがみ込んで縁の小石を摘み、落とした。

 カツン、と乾いた音が底に吸い込まれる。

「……中は空洞だ。踏み板が仕込まれてる。踏むと奥の壁から矢が出るはず。毒の可能性もある。印を付けるから、そこだけ踏んで」

 ユリウスは石灰粉で“踏める石”だけを白く撒いた。

「ここ。白い箇所だけ踏んで、中央は避けて。間隔は半歩ずつ……レオ、前を頼む」

「了解」

 三人は半歩幅で印だけを踏み継ぎ、溝を越えた。矢は飛ばず、息が抜ける。


 ほどなくして、一行は天井の高い大広間へ出た。

 空気は静かで、灯を翳すと壁面に無数の文様が浮かび上がる。中央には淡く光を脈打つ転送陣。両脇には翼を畳んだ石像が二体、まるで眠る守護者のように立っている。

 その手前に、古びた碑文があった。


 ユリウスが灯を寄せ、かすれた文字を読み取る。


『五ノ英雄 光ヲ掲ゲ 闇ヲ討チ

 王ヲ護リ 国ヲ拓ク

 其ノ身 朽チテモ 光ハ地ニ残ル

 五ツノ光 正シキ秩ニ戻ス者

 道 再ビ 開カレン』


 どこかの石がひび割れたように、文字の一部が欠けている。


「……五人の英雄?」カイルが眉をひそめた。

「授業じゃ“四人”だったよな」

「うん。だけど碑文の系統が違う。古王朝期の文体だね」ユリウスが指先で末尾をなぞる。

「“五つの光を正しき秩に戻せ”……つまり、英雄を象徴する“光”を正しい順に並べろって意味じゃないかな」


 レオは壁に目を向けた。

 広間の両壁には、五つの紋章が並んでいた。

 剣、盾、杖、冠、そして……翼。

 それぞれの紋章の下には、くぼみのような穴がある。


「たぶん、そこに“光”を戻せってことだろ」カイルが呟く。

 手元の魔灯を近づけると、紋章がわずかに淡く反応した。


「順番を間違えると――」ユリウスが口を引き結ぶ。

「何かが起きる、ってことだな」


 しばし三人は碑文を見つめた。

 レオは低く息を吐く。

「“剣、盾、杖、冠、翼”……守る者がいて、導く者がいて、最後に飛ぶ……多分この順だ」

「お、王家の系譜と同じ並びだな」カイルが頷く。

「なら行こう」


 レオが“剣”の紋章に触れる。石が微かに鳴き、青い光が灯る。

 続けて“盾”、“杖”、“冠”へと順に触れていく。

 最後の“翼”に指先が触れた、瞬間。

 広間の空気が低く唸り、両脇の石像の目が赤く灯った。


「……外した、か」ユリウスが息を呑む。

 床の文様が走り、空気が振動する。

 両脇の石像が軋む音とともに、翼を広げた。


「ガーゴイル――!」カイルが叫ぶ。

 石の翼が粉を撒き散らしながら広がり、赤い眼光が三人を捉える。

「やっぱり仕掛け付きか!」


 一体が拳を振り上げ、岩弾を撃ち出す。轟音が広間を揺らした。

「――あれは、《岩石弾ロック・ブラスト》だ!」ユリウスが即座に見抜く。

 レオは一歩踏み込み、飛来する岩弾を真正面から受け止めた。

 衝撃が腕を抜け、胸奥に“刻まれる”ような熱が走る。――記録した。


「……今の、もらった」


 爆煙を裂いて、カイルが前に出る。

「《火球ファイア・ボール》!」

 炎弾が炸裂し、黒煙が立ち込めた――が、石の肌は焦げ跡ひとつ残らない。


「くそ、効かねえな! ――なら《雷球サンダー・ボール》!」

 雷撃が石の関節を貫く。しかしガーゴイルは平然と拳を振り上げ、床を砕いた。


「硬すぎる……どうする!?」カイルが叫ぶ。

「ロックリザードの時みたいにさ、“あの”ウォーター・カッターってのやってみてくれ!」


「わかった」

 レオは左手を掲げ、掌に水の魔力を集束させる。

 渦が細く延び、刃のような線を描く――《水刃ウォーター・カッター》。


 光を帯びた水刃が石翼をかすめ、細かな傷を刻むが、それだけだった。

「だめみたいだ」


 ユリウスが観察しながら口を開く。

「……表面に薄い魔力膜が張ってある。粒が弾かれて、切断面に届く前に散ってる。――刃より“衝撃”だね」


 その言葉に、レオの意識が閃く。

(――衝撃、か。だったら……)


 彼は構えを変え、低く呟いた。

「《岩石弾ロック・ブラスト》!」


 轟音。圧縮された岩塊が弾丸のように撃ち出され、ガーゴイルの胸殻に直撃する。

 砕けた石の破片が飛び散り、奥の核が露わになる。


「核、見えた!」ユリウスの矢が正確に突き刺さる。

 石の巨体が軋みを上げ、崩れ落ちた。


 残る一体が吠えるように腕を振り上げたが、レオが即座に回り込み、再び《岩石弾》を叩き込む。

 粉砕音とともに、二体のガーゴイルは塵となり、転送陣の光が一段と脈動した。


「……突破。やるじゃん、俺たち」カイルが親指を立てる。

「行くぞ」レオは前を見据えた。

「うん」

 三人は転送陣の円へ足を乗せる。光が包み、景色が揺らいだ。


――第三層へ続く。

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