その繋がりは吐露を許さず
『#REALITY文芸部』への投稿作品です。
テーマ:『繋がり』
制限:文字数3000字以下
長い長い兵の列。
リズムを保つ太鼓の音。
カチャリガチャリの金属音。
まとわり滴り止まらぬ汗に、ヒリヒリカラカラ痛む喉。
荒野の行軍はどこまでも。
視界を足元に固定して、ただただ左、右、左、右。
落ちる雫を靴先が蹴る。
「おぃ……だいじょぶかぁ」
苦しげな呼吸の合間に掠れた声を吐き出すのは、同郷の『ナグ』だった。
声だけでは分からず、首をまわさなければソイツと分からなかった。
首が動いたことで汗に濡れた布の接触が増え、そのぬたっとした感触にウンザリする。
「見ればわかんだろ……まだ着かないのかよ」
照りつける太陽。
太鼓に合わせて誘導される慣れない呼吸。
「——ブッ?! っ痛ぅぅ……悪い」
いつの間にか止まれの合図が出ていたらしい。
前のヤツの鎧に鼻を打つ。
陽光に熱された金属板は、オレの痕跡をすぐに蒸発させた。
ソイツは振り返ることすら億劫だと、一瞬身体を揺すって抗議とした。それに感情を動かす体力も気力もない。
「ぉい、カイ——!」
デカい声に鼓膜が痛む。
鼓膜の震えにすら疲れを感じた。
もう首はまわさない。煩わしい。
返事を返さないのに、ナグはしつこい。
ついには肩まで揺すりだした。
ぶん殴ってやろうと、重い頭を持ち上げて視線を上げる。
「あ——」
それで、ナグのヤツが何を報せたかったか分かった。
「つい、た……やっとかよ——へへ、たすかった……」
ため息と共に吐き出す。
斜面から見下ろす行軍縦隊の先には、オレたちの目的地である野営地が展開していた。
だが、全員を収容などできない。
オレたち下っ端は、壁も屋根もない野晒し状態で地べたへ潰れる。
だがそれでもいい。とにかく装備を外せれば十分だ。
ナグと二人、足を投げ出す。鎧も外し、ようやく圧迫感から解放された。
首に巻いていた布をひっぺがして絞ると、濁った汗が音を立てて水たまりを作る。
「水はまだ順番待ちだってよ。俺たちゃ馬以下だね。ま、そりゃそうなんだがよ」
見れば、ナグは布切れを絞って汗を捨てることなく、そのまま音を立ててしゃぶりつき、再利用に余念がなかった。オレもそうすればよかったのか。うまそうだなぁ……くそ。
そうして順番を待ち、水分を補給し、味気ないが空腹も満たした頃、空にはすっかり星が瞬いていた。二人して横になり、なんとなく無言でいる。冷えた地面が気持ちいい。
明日についての話題が、視界外の喧騒から聞こえてくる。
現実感のない話だった。こうして星だけ眺めていると、村からの光景と変わらない。まるでまだあそこにいるような錯覚に襲われる。なんてことのない日常があった場所。殺し殺される戦場なんて、無縁と信じていた場所だ。
それがなんだってこんな遠くまで歩かされてるんだか、こんな人数でぞろぞろと。
知りもしない王様と、実感もない“国”とやらのために、これまたよく分からない“外の国”の連中と戦わされる。オレの知ってる世界なんて、暮らしたり交流のある村と、たまに行商人が来る都合で耳にするいくつかの町だけだってのに。
「明日が本番だってよ。周りの連中が言うには」
「ナグの噂好きはこんなとこでも健在だな。さっきいなかったのはそれか」
「こりゃあ情報収集ってヤツだろ」
「そうかよ。収穫は?」
『明日が本番』——その言葉に、胃から冷気がジワリと広がるのを感じた。
不安をなんとか抑え込む。態度には出ていないはずだ。コイツまでこの不安に巻き込みたくない。
「明日目的地に到着だせ。クソッタレどもと、先に陣取ってる俺らの軍が睨み合ってるらしい。そんでその後ろに俺たちが第二陣として登場ってな」
「先に行った方ってことは、『グガ』達がいる?」
「ああ。村の怪力自慢が集まってるはずだ。まず問題ないね。クソッタレどもには同情するぜ」
「そうだな……そうだよな。オレたちの出番はないかもな」
「ああ! こっちの方が数も多いって話になってた。こりゃあマジで出番なさそうだわ」
その言葉に安心して、そのまま眠りたかった。
だが——
「————」
一瞬視界に入れたナグの表情を見て、オレは後悔した。
結局俺たちはその後無言のまま、いつの間にか眠りにつく。
翌朝、太鼓の音に叩き起こされ、汗臭い装備に纏わりつかれて行軍し、それほどせずにその場所に到着していた。
ざわめきが広がる。
丘から見渡す戦場。だだっ広い荒野。多少の凹凸や丘とすら呼べない丘もどき。
すでに睨み合っている自軍の迫力もすごい。だがそのさらに先に——敵がいた。
「カイ」
「本当に……いたな。本当に黒いのか……黒い鎧なのか」
「人ん土地にズカズカ来やがったクソどもだ。アイツらさえ来なかったら俺たちだって今頃は土でもいじってた」
「——ああ。そうだ、クソどもだ」
「クソどもさ! かかって来いってんだ!」
——今からアイツらと殺し合う。
それは、奇妙な感覚だった。
まだどこかふわふわしているクセして、心臓だけはずっと早い。
その場の空気の異質さもあるだろう。どうしても落ち着けない。掻きむしりたい気分だ。忘れていた痒さや、擦れて痛む部分が急に主張を強める。
本気でクソだった。
ガヤガヤと騒がしいながらも、オレたちは先陣じゃないという安心感も大きく、整列が完了しても少し余裕があった。後方に待機し、突破した敵を殺すだけでいいし、突破なんてしっこない。
難しいことはない。いざ戦いが始まったら、自軍の旗を目指してついて行けばいいだけだ。
それに敵とは数日睨み合いになっているはず。オレたちが到着するまでのんびりしていた間抜けどもだ。戦争なんてしたくないはずだ。オレたちは好きなだけ睨んで飽きたら帰るだけ。お前らにも帰りを待つ連中がいるんだろ? なら帰ってやれよ。来んな。見るだけ見たんだ、満足して帰れ。
「————————」
ジリジリとした時間が過ぎる。
それも過ぎると、だんだんと『今日はない』という弛緩した空気が広がるのを感じた。
その空気に抵抗するのは難しい。オレもナグも、喜んで弛緩した。
——。
その音に気づく。
みんな静まる。
それは太鼓の音。
オレたちじゃない。前の方の先陣から聞こえてくる。
そしてもっと向こうから、大勢の気の狂った雄叫び。
まるで巨大な怪物の咆哮だ。
心音がうるさい
咆哮が轟く
肩が跳ねる
先陣が動く
——戦争が
————始まった
衝突音、金切り声。何かが発した何かの音。
地響き。
敵が見える。 見えるはずない敵。
黒い騎馬。抜かれる。誰もあれを止められない。
「カイ!」
「ッ——あ」
「聞こえるだろ! 始まるぞ!」
肩を叩く衝撃で我に返った。
もう太鼓の音はハッキリ聞こえる。これはオレたちへの指示だ。
旗が大きく振るわれる。
心臓はとっくに早鐘を打っている。
今すぐにでも叫び、走り出したい衝動を抑えられない。
「カイ! やってやろうぜぇ!」
「ナグ! 転ぶなよ!」
ギリギチと歯が軋む。
前で馬に乗った偉そうなのが何か叫んでいる。
「カイ! 遅れんじゃねぇぞ!」
「ナグ! 離れるなよ!」
肩を引っ叩き合う。
暴力的に、けど痛みなんて感じない。
グツグツグラグラと煮えたぎるものを、今にも吐きそうだ。
「カイ! 俺たち揃って帰るんだぞ!」
「ああ……ああ! 帰るんだ!」
呼吸がうるさい。まぶたがひくつく。唇なんて乾くたび舐めて擦り減りそうだ。
「カイ!」
「ナグ!」
号令が下る。その内容は——
「「死ぬなッ!」」
——『全軍突撃』。
吐き出す——迸る————全身が赤熱する!
「「ウワァおあああああああぁあぁぁぁああッ!!」」
そうして兵士は駆け出した。




