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11曲目「倉庫のトランペットに、ハンガーをチューニング!」

「ごめんなさいでした……」


 音楽室の床へと正座させられ、うつむきながら謝罪する由佳。


「まったく……。なんでこんなアホなことしたのよ? 楽器は?」


 夏希は由佳特製トロンボーンもどきを持ち上げ、呆れた目で細部を観察している。ハンガー部分の無いそれは、どちらかというとトロンボーンよりもトランペットに近い。いや、別にハンガーがあろうがトロンボーンには見えないのだが。


「家に忘れました」


「え、ケースはあるのに……?」


「それはなんといいますか……ゴキよりも高くママよりも深い理由がございまして……」


「うん。意味が分からないわ」


「一から話すと3時間34分くらいかかるけどいい?」


「それ、もう練習終わるじゃないの……」


 正座させられながらも相変わらずな由佳節を前に、呆れて溜息を漏らす夏希。まあ理由が何であれ、無いものは無いで仕方がない。夏希はとりあえず、これ以上詳しいことは聞かないことにした。


「ていうか、倉庫にトロンボーン余ってるでしょ? それ使いなさいよ」


 至極妥当かつ建設的な案を示す夏希であったが……。


「それは絶っっっ対にイヤ!!!」


 しかし、由佳は声を大にして断固拒否の意思を示した。なぜなら、倉庫のトロンボーンは状態が劣悪だからである。主に衛生面で。


「へぇ……。一応、理由を聞いておこうかしら?」


 しかし、そんなことは指揮者の夏希を始め、他の部員には全く関係のない話だ。夏希の顔には再び青筋が立ち始めている。


「だって! あんな緑色の液体が出るような楽器を吹いたら! アタシは肺炎で死んでしまいます!」


 これは死活問題だと声を大にして訴えかける由佳であったが……。


「……今からグラウンド100周してくるのと、どっちがいいかしら?」


 しかし、夏希からの宣告は無情なものであった。


「……10周くらいで勘弁していただけませんか?」


 なんとかして減刑を試みる由佳であったが……。


「え? 110周がいいって?」


「……倉庫行ってきます」


 ただし夏希にはとりつく島もまるで無く、由佳はおとなしく倉庫へと向かうことにした。


 ***


「くっそー、上手くいくと思ったのになー」


 その後結局、倉庫からトロンボーン2号を回収した由佳。音楽室の前でちんたらと組み立てながらぼやいている。


 室内では新歓で演奏する『ジャスコ・キッズ』の合奏練習がすでに始まっており、由佳も早いことウォーミングアップとチューニングを済ませて合流しなければならない。


 組み上がった2号を見てみると、いたる所のメッキが剥がれ、緑色に錆びついている。試しに構えてブレスをしてみると、管内からはカビとホコリの臭いが入り混じった空気が、肺へと容赦無く押し寄せてくる。


「ゲホッ。ゲホッ。……やっぱこれ、絶対吹いたらマズいヤツだって」


 肺が拒絶反応を起こしたかのように咳き込み、これ以上の演奏を躊躇していると……。


 ガチャリ。


 扉が開き、一人の部員が音楽室の外へと姿を現した。


「由佳。私に良い考えがあるわ」


「稚菜! どうしてここに?」


「そろそろ由佳が戻って来るころだと思って。トイレに行くと言って出てきたわ」


 トランペットパート3年・川辺(かわべ)稚菜(わかな)。どうやら由佳に用があり、合奏を抜けて出てきたらしい。


「それにしても、酷い錆っぷりね。これじゃ肺炎になりなさいって言っているようなものだわ」


 能面のように貼り付いた無表情のまま、錆びついた管体をまじまじと見つめて呟く稚菜。


「それな? いくらなんでも、これはないっしょ?」


 稚菜からの共感を得たことで、由佳も水を得た魚のようにいきいきと同調して2号を指差す。


「あーあ。いい加減新しい楽器買ってくんないかなぁ」


「『こんな弱小部にかける予算は無い』って言われるのがオチでしょうね」


「それなー……」


 いつの間にやら二人とも廊下へ腰を下ろし、楽器を置いて雑談モードに入っている。


「ところでさ、いい考えって何?」


「そうだわ。由佳、あなたが肺を犠牲にすることはないって話よ」


「え、マジ!? でも、どうやって? 擬態作戦も失敗したばかりじゃん?」


「まあ、アルトリコーダーではそうでしょうね。トロンボーンとはそもそもの音質が違いすぎるし、片手ではG(ゲー)(ソ),A(アー)(ラ),H(ハー)(シ),C(ツェー)(ド)の4音しか出せないもの」


「死ぬほど頑張ればD(デー)(レ)も出せるけどねー」


「口だけでの一点支持ができればね。常人にできる芸当ではないわ」


「そーそー。アタシには無理だった!」


「でしょうね。そんな離れ業ができるくらいなら、SNSにでも上げてバズを狙った方がいいわ」


「お、それアリじゃん! ちょっと練習してみよっかなー」


「そう、応援してるわね。……話を戻すわよ。リコーダーよりもトロンボーンに近い音が出せて、片手でも演奏ができる。……そんな夢のような楽器があると言ったらどうかしら?」


 一つ咳払いをして、ポーカーフェイスのままもったいぶったような物言いをしてみせる稚菜。


「え? それって、まさか……?」


「そう……。トランペットよ」


 そう。ポーカーフェイスのおかげで一見理知的な印象の稚菜だが、彼女もまた「こちら(アホ)側」の人間であった。


「ってことは、トランペット左手にハンガーを構えれば……?」


「どこからどう見ても……トロンボーンね」


「うわ、マジ天才じゃん!」


 どうしようもない提案にはしゃぐ由佳と、心なしかドヤ顔している……ように見えなくもない稚菜。


「ちょっと待ってて。倉庫から余ってるトランペット持ってくるわね。……安心して。そのトロンボーンよりはマシな状態よ」


 しばらくして、《《トランペットとハンガーを持った二人組》》が意気揚々と音楽室へ戻って行き……あえなくグラウンド100周を命じられたのであった。

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