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ハローワークに行こう

 私の名前は梶原源之助。ペンネームなど使わず、本名のまま作家をやっている。

 アルバイトを続けながら、執筆と言うサイクルをもう10年も続けている。残念ながら売れているとはいいがたいが、自分の作品に愛着は持っているし、文章に関しては誰にも負けない自信がある。


 20代のころには各種の賞に応募したし、編集部に持ち込みもした。その甲斐あって短い期間ながらも月刊誌に連載を持たせてもらったこともあった。

 あの頃は夢もあった。担当者が付いて、何度もリテイクをもらった後結局お蔵入りという日々が続き、その編集部とは袂を分かつことになったりもした。

 その後は他の出版社と何度か話があったのだが、残念ながら結果を残すことは出来なかった。今はどの出版社とも縁が無くなっている。


 しかし今はインターネットの時代だ。現在はオンライン小説サイトに登録し、そこで自分の小説を発表している。

 昔はネット小説などバカにしていて、オレは奴らのような手合いとは違うと、勝手にプライドをかざして見向きもしなかったのだが、自分が作家を続けているという満足感を得る方法はここにしかなかったのだ。


 手堅い文学作品を書いても、読者層が違うのか読者数は伸びない。

 しかしそれでも自分の小説の方向性に疑問を持ったことは無かった。これは自分の作風や内容が今の世代と少しずれているだけなので、もうひと踏ん張りできっと芽が出る。今私自身がぶれてしまったら、今獲得している読者ががっかりしてしまう。そういう信念をもって作家を続けている。


 そうは言っても自分ももう少しで30半ばを過ぎる年齢だ。親元で生活しているので、アルバイトだけでも生活に不自由は無いが、そろそろ先を考えなければならない年齢だ。


 と思ってみたのだが、先を考えるって一体なんだろう?

 キチンとした就職先を探す? いやいや30半ばの就職経験無しの特別な技術を持っていない男などどこが雇ってくれるというのだ。

 しかし他に何がある? お嫁さんを見つけて逆玉の輿。ありえん。友人を頼って仕事を斡旋してもらう。これも自分の友人関係を思い返せば無理なことは自明の理だ。


 いやいや、こんなことを考えていては何も解決はしない。そうだ世の中には職業安定所というのがあるはずだ。そこに行ってみよう。こういう事は思い立ったが吉日と言うではないか。


 私はインターネットを駆使して職業安定所というものを調べ上げた。そうか、今はハローワークという名称になっているのかと驚くが、そんなことはどうでもいい。男梶原源之助はスラックスとワイシャツに着替えて自転車に跨った。一応ネクタイもバッグに放り込んである。



 自転車で30分程で、ハローワークという看板が上がっている建物に着いた。汗だくなので、自販機でお茶を買い、一気に半分ほど飲み干す。入り口から中に入ると冷房が効いていたので、これは嬉しい。

 しかし思った以上に利用者が多い。今の時代はこんなに失業者が多いのか、と今更ながら不況と言うものを実感した。

 良く解らないので取り敢えず窓口に行くと、男の職員から求人者登録をするようにと書類を渡された。あまり感じのいい職員とは思えない。まあ、タダで職を斡旋してもらうのだからここは文句の言えないところなのだろう。


 記帳台で求人者登録の書類を書くのだが、これがサッパリ分からない。住所や氏名は当然だが、希望職種? それが分からないからここに来ているというのに、なぜそれを先に決めないといけないのかが分からない。勤務条件? 確か大卒の初任給が20万くらいだったような、ならばそれくらいで書いておけばいいのか?

 職員に聞こうかと周りを見回しても、それらしき担当者は見当たらない。まあ、どうせ後で分かるのだろうと適当に書いてもう一度窓口に向かった。


 窓口が空いたタイミングで書類を渡そうとすると、右に提出ボックスがあるのでそこに入れろと言う。確かに幾つかのボックスが積み上げてあって、申し込む内容によって入れる場所が違うようだ。

 初回登録、という入り口があるので取り敢えずそこに書類を入れておいた。


 待つこと数十分、名前を呼ばれたので席に座ると、愛想の悪い眼鏡の職員にじろじろと顔を見られた。こまごまと書類の内容を聞かれるが、基本的には分らないと答える。得意な技術と聞かれたので、文書作成と答えておいた。


 結局は30半ばの初就職ではこの金額は難しいとか、最初はアルバイト契約からだとか、免許や資格があればとか、当たり前の話をされただけ。

 職業訓練という仕組みがあるので考えてみるようにと勧められ、更にパソコンで求人票を調べられるので事前に調べておくようにと言われる。私に合っている職業はこんなものが在るとかいう提案はまるでない。まったく時間の無駄だった。


 最終的に受付票というものを渡され、これで求人の申し込みが出来るなどと説明され、追い返された。いや、実際には追い返されたわけでは無いのでそう言ってはいけないのだが、私的このハローワークに意味は無いと判断しただけだ。


 壁際に設置してあるパソコンを何となくいじってみても興味が持てる内容とは思えず、早々に退散することにした。


 帰宅してからもやもやとした気持ちが晴れないので、大学時代の友人の田中彰人に電話を入れてみる。ここで愚痴の一つでもこぼせば少しは明るい気持ちになるかもしれない。


「よう、珍しいな、女にでも振られたのか」

 田中は口は悪いが、友人思いの頼りがいがある人間だ。


「そんなことあるわけ無いだろうが」

「そりゃそうだよな、お前が女に言い寄っている姿を想像すること自体難しいからな」

 カラカラと笑う田中。

「で、どうしたんだ。何かあったから電話してきたんだろ?」


 私はハローワークに行ったこと、そこで紙対応されたことの愚痴をこぼした。

「ウハーハハハハハハハ!!!! おいそれって…ハハハハハハハ」


 私は受話器を耳から遠ざけ、不機嫌になる。

「普通、そこまで笑うか!」


「ッッッツック、そりゃ、な」

 クソッ、まだ笑ってやがる。

「いや、おまえ。そりゃおまえがおかしい」

「何言ってるんだ。おかしい事なんか何もやってないぞ、オレくらいの年齢でできる職業あるかって相談に行っただけじゃないか」

「いや、だからな。それがおかしいって言ってるんだよ」

「どういう意味だ」

「だっておまえ、本当に就職する気なんてないだろ」

「そんなことあるか、オレは本気だったんだぞ」

「小説書くの止めて、上司にヘコヘコして残業に追われて、帰宅が10時過ぎ。って生活する気あるのかって聞いてるんだよ」

「何そんなブラックの話してるんだよ。オレは普通に社会人生活して、夜は今まで通り本気で小説を書く。そういう仕事を探しに行ったんだ」

「だからお前は世間知らずだって言うんだ。今の時代、お前がブラックだって言った内容が普通のサラリーマンなんだよ。そんな夢みたいな仕事あるわけないだろうが。それをハローワークで言ったんだろ。そりゃ、紙対応にもなるってもんだよ」


 私は田中の言っていることをまったく理解できなかった。今の日本がそんな理不尽な社会だというのか?


「まてよ、ならお前はどうなんだ? お前もそんな風に働いているってことかよ」

 田中は中学の先生をやっている。学校の先生ならさすがにそれは無いはずだ。


「ああ、学校の先生だって大して変わらないぜ。何かあれば早出出勤。書類は持ち帰り。イベントあれば休日出勤。意味の解らん報告書。部活の顧問なんて遠征試合とか責任全部押し付けられて、引率。で、形だけの手当。そんなんばっかだぜ」

「で、でもその分夏休みとか、普通の会社と違って長いんだろ」

「バカ言ってるんじゃないよ。そんなの過去の話。研修行けだの。その報告書だの。研究発表だので大体全部つぶされるんだよ」


 梶原は何も言えなくなった。

「ごめん、お前もそんな風に仕事してたんだ。全然知らなかったよ」

「何バカなこと言ってるんだ。好きなことやれてるお前が羨ましいぜ。親元で夢を追えるんだろ。だったら、今更就職とかバカなことは考えない方がいいぞ。齧れるうちは親のすね齧っとけ」


「わかったよ、ありがとうな」

 梶原は電話を掛ける前より重い気持ちになって電話を切った。そうか、オレは恵まれていたのか…。



 梶原は横に置いてあるパソコンの画面と、机の上に置いたハローワークでもらった受付票を交互に見比べる。

 別に何を見ようという気もなかったのだが、そこに書いてある求人検索サイトにログインしてみた。職種だの就労条件だのを適当に入れて求人の内容を見る。確かに自分の年齢と経験に合致するような求人は多くなかった。

 おまけにどの仕事もつまらなそうだ。

 この内容で田中に言われたような仕事の仕方など無理に決まっている。


「源之助ぇ、ご飯だよぉ」

 下から母の呼ぶ声がした。そうだ、早く夕飯を食べて今日のシフトに行かなければ。梶原はパソコンの電源を落としてリビングに向かった。



 アルバイトから帰って来たのが夜中の12時30分。いつもならば風呂に入った後、そのまま執筆に入って朝方4時ごろに寝るのだが、今日は疲れた。そう思って梶原は風呂の後すぐにベッドに入った。

 田中の言っていた仕事の内容が頭から離れない。ひと眠りすればきっと明日にはまたいつもの生活に戻れるはずだ。そう自分に言い聞かせて瞼を閉じた。


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