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ガンちゃんと日野一家、そして僕たちは幸せに!

第三眉


 その後の日本は、先の地震により暗い時代になっていた。 しかし、我々家族には被害もなくこの一帯は日常生活を取り戻していた。 残酷ではあるがそれが現実である。

 あれ以来、カンちゃんの話題すらしなくなり、健太も「忘れた」って、言うぐらい関心が無くなっていた。


 しばらく経ったある日――


 仕事場から帰りの電車を降り、マンションへ向かっていた時、何か違和感を覚えた。

 それは、家々の灯は点いているものの街灯が全て消えている為、道が真っ暗なのだ。

 人通りも少ないというより、誰もいない。 今までにない感じがする。

 歩いて8分ぐらいしかかからないとはいえ、不気味である。 俺はマンションまで走って戻り、エレベーターに飛び乗った。

(やはり、震災の影響がここにもあったのか……)と、思ってしまった。

 玄関に着くと辺りを見回したが、やはり街灯が消えているため辺りは真っ暗である。

 呼び鈴を鳴らすと「はーい」と言ういつものマユさんの声がしたのでホッとした。


 ドアを開けると「おかえりなしゃい……」健太と果穂の声も聞こえてきた。

だが、もうひとり誰かいる。

「まこ……この子カンちゃん――!」

 俺は一瞬動きが止まった。「カンちゃん――?」

「おとうしゃん、おとうしゃんカンちゃん!」健太も続けた。「カ――カ――!」と果穂も続けた。

 俺は少し戸惑いながら、恐る恐るマユさんに問いただした。

「カンちゃんって……あのカンちゃん?」マユさんは俺の方を見ながら 「そうやで、あのカンちゃん!」と、マユさんは笑みを浮かべた。

 健太が震災前に見たというカンちゃんは白い服を着ていたと言っていたが、目の前にいるカンちゃんも白い服を着ている。

 年齢は健太と同じぐらいか少し下ぐらいかもしれない。

 少し俺を見て警戒している感じだ。

「まこ……びっくりした!」マユさんは笑いながら言った。

 マユさんは、今から話すから落ち着いてよっていう仕草をした。

「ホンマは寛一くんっていう子でカンちゃんってみんなに呼ばれているらしいの」

「そうそう……カンちゃんやで」と、健太がまた繰り返した。

 僕は、取りあえず服を着替え心を落ち着かせようとした。

「西本 寛一くんっていうんだけどうちの母方の親戚の子なんよ、その親戚まあ叔母さんなんやけど神戸の長田区に住んでて今大変なんよ!」

「長田区って火事が凄かったところやろ!」テレビで見てかなり被害のあったところだ。「カンちゃんのところは、山手の方やから火事の被害はなかったんやけど、家に被害があって危ないから避難したんやて、片付けもあるやろから(カンちゃん)預かったるわって言ってしもたんよ」

 マユさんはごめんのポーズをした。

「勝手に決めてしまってごめんなさい……!」そんなことより(カンちゃんに) 驚いていた自分に恥ずかしさを感じている。

「大丈夫、大丈夫、今はみんな大変やから協力してあげよう――なあー健太!」照れ隠しに健太を使ってしまった。

「カンちゃん――おっちゃん、居てもええって……」マユさんはカンちゃんの緊張を解すような感じで接していた。

 カンちゃんは少し緊張が解けたのか、「ケンちゃん……あそぼ」って声を出した。

 

 西本 寛一くんの母親はマユさんとは従妹にあたる、年齢も近いがシングルマザーであり、叔母さんのところで同居しているとの事だ。


 カンちゃんは地震がよほど怖かったんだと思う。 夜中になると決まって泣いていた、そして体をいつも震わせてマユさんの布団に無意識に潜り込んでいた。

 建物は直せても、心の傷はなかなか治らない気がする。 しかし、ここにいる間、僕たち家族が癒す事が出来たら良いいのだが。


 数日が経ち、カンちゃんも少し馴染んできた日曜日、マユさんが言い出した。


 今度はマユさん何を言い出すのか、楽しみである。


「マコ……この近くにのお寺があるんやけど!」 マユさんの眉がヒクッと動いた。

「そのお寺、真近で国宝級の仏像が見られるんやて、行かへん?」

 情報は何処から仕入れるのか、マユさんの子育てしながらの情報収取は凄い!

「健太、カンちゃんも行く用意してあげて」

「わかった!」 健太も外へ行けると思い張り切っている。

「カンちゃん……これ」「うん」 健太はカンちゃんにリュックを背負わせてあげている。

マユさんは果穂の準備!

「カンちゃん、お外行ったら健太君と手つないでな」

「うん!」 カンちゃんは健太ほど感情を表に出さない、でも嬉しそうにしている。

「マユさん準備できた?」 僕はベビーカーを出しながらマユさんに言った。

「果穂、今日は車やし、着いたらベビーカーに乗ってな!」 

 そのお寺の距離は4Kmほどだが、小さい子供を3人連れて歩くのは遠いし大変だ。

 電車で行くにしても、大回りをするためこちらも大変である。 

選択肢は車になる。

 果穂をチャイルドシートに座らせたが、少し愚図っている。「果穂、ちゃんと座って」

 運転はマユさんがする、僕はなかなか車に乗らない、ペーパードライバーであったからだ。

 だから何時もマユさんが運転をする。 それも、ミッション車!

 健太とカンちゃんは後部座席で、僕が助手席に乗り込み出発した。

「マユさん、道分かる?」「地図でシュミレーションしたから大丈夫やよ!」

 やはり、頼もしい!

「出発!」 マユさんの運転は上手い、方向感覚がいいのか道に迷うことなく20分ほどで着いた。

 狭い道が多いいのだが、着くと駐車場も結構広く置きやすく、車が数台止まっている。

 ここから幼児3人を連れて行くのには少し距離がある感じだ。

 ベビーカーを下し、果穂を乗せるが今度は景色が違うのか愚図ることなく、カンちゃんもマユさんの言いつけを守り健太と手をつないでいた。


 お寺の前まで着くと本殿の方へ向かった。

「おかあしゃん、ここどこ?」 健太が見たこともない所へ来たって感じで言った。 カンちゃんも目をパチクリとしている。

「ここは、お寺さん……昔の建物で仏像とかがあるの」「へー!」 マユさんは繰り返し説明をしていた。 意外とカンちゃんの方が興味を示している様に見えた。

「マユさん――!」

 突然、マユさんを呼ぶ複数の声がした。

「こんにちは!」 マユさんが駐車場方面から来る、2組の親子連れに手を振った。

「来てしまいました!」「マユさんが今日行くって言ってたから……」

 健太も知っている様だ。 すぐに反応していた。

「こちら、うちの旦那さんのマコトさん……です」 少しマユさんも照れくさそうだ。

 なかなか、重厚感のあるお寺の本殿前に集合した子供たちと我々は、ミスマッチな気もする。

 だが、笑顔は溢れている。

 本殿の拝観料は大人が有料ではあるが、子供たちは無料との事だ。

 大人6人分を払い、子供たちには走らない、ふざけないと、釘をさしながら拝観する事にした。

 他に誰も拝観者が居なかった為か、年配の女性はカセットテープをセットし案内を流し始めた。

「あなた達は大丈夫そうなので、ゆっくりと観て行って」「終わったら声を掛けてください」と言って出て行ってしまった。

 マユさんは他のママさんに耳打ちしていた。

「大丈夫って、これって国宝級の奴やろ……!」

「ええんかな――こんな緩くて?」

 子供たちも声を出しそうになっていたが、ママたちの睨みが聞いていたのか、騒ぐことが出来ない感じだ。 

果穂はというとベビーカーなのに静かだと思っていたら、すやすやと眠りについていたのだ。

 カンちゃんはまだ他の子と馴染めないのか健太の後に付き、その後に他の子供たちが付いて回っている。

 何か不思議な光景である。

 カセットテープの説明はずーと流れてはいるが、その説明自体が異空間を醸し出していた。 だが、誰も聞いて無い感じだ。

「めちゃめちゃ近いんやけど、触れるぐらいに、他のとこやったら絶対に届かへんよな」

「国宝の弥勒仏像やて、219.7センチあんねんて!」マユさんはみんなに説明しながら、健太には「触ったら……」と圧力を掛けている。

 マユさんちゃんと聞いていたのか! カセットの説明!

 カンちゃんは仏像の方をジーと見つめていた。 何かを感じてるのだろうか?

 1時間が過ぎて、これ以上子供たちが持たないと思い、出ることにした。

 お昼ごろになったので、子供たちにご飯を食べさせたいと思い、3家族でショッピングモールへ行くことにした。

「健太、カンちゃんトイザらスのあるとこへ行くよ!」

 健太は特にそうだがテンションがマックスになっている。 

 僕は果穂を抱きしめて、チャイルドシートへ座らせたが、先ほどまで寝ていたためぐずり始めていた。

 2家族とは現地で落ち合う事にし、車を発進させた。

 ショッピングモールは少し郊外にあり、そのためかかなりの広さの駐車場を所有している。

 休日であった為、多くの台数車が駐車されていた。

 子供たちがいるため、ファミリー向けの気軽に入店出来る店を選び食事を済ませた。

 まー、子供が6人もいれば、てんやわんやである。 

 ジュース一つでも溢すと大変であり、絶対に起きてしまう。

 まだ、周りにも小さな子供連れが多くいたため迷惑がられはしなかったが。

 その後は子供たちの天国のおもちゃ屋へ入店しかなりの時間遊ばせた。

 子供は、同じ方向に行かない。

 店が広いため、四方八方に行ってしまう。

 親たちは、後を付いて行くのがやっとでかなり疲労する。

 よくある家族の風景ではあるが!

 夕方午後4時ごろ、2組の家族と別れ、家路へ車を走らせた。 

夏は始まったばかりで日は長く、明るい内に家に着くことが出来た。


夜のご飯が終わりお風呂に入った後は、子供たちは予想通り早めに寝むりに付いていた。


しかし数時間後、予期しない事が起きてしまう。



第四眉


 眠りに付いたころ、誰かが叩く気配で目が覚めた。

「まこ……ちょっと!」

 肩を叩いていたのは、マユさんである。

「どうしたの、マユさん!」 少し頭がボヤとしている。

「あのね、カンちゃん熱があるみたい!」

「えっ!」 僕は飛び起きた、カンちゃんのところに駆け寄った。

 横では健太、ベビーベッドでは果穂が気持ちよさそうに眠っていた。

「熱、測った?」 「直ぐに測ったら38・8分あんの!」 さすがのマユさんも、従妹の子供を預かっていたためか慌てている。

「まあ、色々あってお母さんと離れ離れになっているからな――!」

 僕も色々と頭の中にいろんな事が過った。

「隣町の病院夜間診療あったよな、電話してみるわ!」

 電話を掛けると来ても良いとの事だったので準備を始めた。

「私行ってくる!」 「カンちゃん、ちょっと行こうか!」 カンちゃんは少し息が苦しそうである。

 僕は駐車場までカンちゃんを抱き抱え運び、マユさんは車のエンジンを掛けた。

 念のため毛布を掛けてあげた。

「マユさん運転気を付けて!」 僕はハンドルを持つ仕草をして見送った。

 病院までは15分位の距離で、僕は部屋に戻り電話を待った。


 時刻は夜中の2時を回っていた。


 1時間が過ぎたころ、電話が鳴った。

 マユさんからである。「まこ、カンちゃん大丈夫みたい、疲れから来て熱が出ただけだろうって先生が」「そうか、良かった良かった!」

 僕もホッとした。

「でもね、熱は大丈夫なんだけど、夜に何度も泣いて目を覚ますのは急性ストレス障害の疑いもあるって、あまり熟睡できていないのかも知れなって!」

 やはり震災の影響かと、マユさんも僕も思っている。

「だからと言って何かをしなければならないとかは無いらしいの、普段と変わらない接し方で、優しく穏やかな声掛けで安心感を与える様にして下さいって……」

 普段は普通に見えてもかなりの衝撃を受けているのは確かだ、ましてカンちゃんはまだ4歳である。

「マユさん気を付けて帰ってな!」と、 電話を静かに置いた。


 翌朝、僕は仕事に向かった。

 眠さはあったが、小さい子供が居るとよくある事だ。

 マユさんはカンちゃんの母親に昨夜の事を連絡した。

 カンちゃんの熱は下がり、ケロッとしている。 食欲も出て来て夕方には健太と一緒に遊んでいた。

 僕は仕事が終わると、直ぐに電車に乗り、家へと急いだ。

「お帰り――!」 いつものマユさんの声だ。

「カンちゃんは?」直ぐに部屋の中に入ってカンちゃんの様子を伺った。

「カンちゃん大丈夫?」カンちゃんは首を縦に振り「ケンちゃんあれしよう」とすぐに健太と遊び始めた。

「今は、ケロッとしているわ!」

 マユさんも、ホッとした顔をしていた。

 夜ご飯も済み、お風呂も済んで子供たちを寝かし付けた。

 マユさんが話し始めた。

「真理子さんに電話したんよ今日、ああ――カンちゃんの母親の西本 真理子さんに!」

 名前まで聞いてなかったから少し戸惑った。

「明後日の日曜日に迎えに来るって、長田の家も落ち着いてきたから」

「まだ、ええよって言うたんやけど!」

「カンちゃん大丈夫かな?」

 僕は、いろいろと考えてしまった。

「まだまだ、地震の爪痕残っているやろ、カンちゃん怖がらんやろか?」

「まあ、母親と過ごすのが一番やけどな!」

 マユさんもどうしたら一番いいのか分からない感じだ。

 翌日、マユさんはカンちゃんにお母さんが迎えに来る事を伝えた。

「かんちゃん、今度の日曜日お母さん迎えに来るって、よかったね!」

「うん……」嬉しそうな表情をしている。

「ケンちゃん、ママくるよ!」 カンちゃんは少し自慢げだ。

「おかあしゃん、カンちゃんかえるの?」

「そう、今度の日曜日にね――」

 健太は少し残念そうだ。

「カンちゃんまたくる?」「うん!」

「おかあしゃん、こうえんいきたい」

「よし、行こうか!」 健太は寂しい気持ちを抑えているのかな。 カンちゃんの手を引いて公園に向かった。

 果穂も何かを感じているのか妙にテンションが高かった。



 そして日曜日――


 お昼過ぎに真理子さんと叔母さんが迎えに来た。

「ママ――」 カンちゃんがお母さんに駆け寄った。 今まで見せたことのない表情である。

「有希さん、真さんありがとございます」

「真理子さん、叔母さん何かあったら何時でも言って下さ」

 マユさんもちょっと寂しそうだ。

 カンちゃんは車に乗り込み、バイバイをしている。

「それじゃ、行きます」

 車がマンション前から、坂を下ったところで見えなくなった。

 健太は何も言わずマユさんに抱き着いていた。 やはり寂しいのだ。

「あっけなく、帰っちゃったね!」 僕は、健太に向かって言った。

 相変わらず、無言でマユさんに抱き着き顔をうずめている。

 僕が抱っこしている果穂は、なぜか寝てしまっている。



 このマンションに越してきて、二度目の冬を迎えた。


 先ほど、マユさんから聞いたのだが、街の復興はまだまだけれど、カンちゃんは元気で、お母さんに甘えているそうだ。

 

「まこ、車で30分のところに巨大な大仏様があるんやけど、行かへん!」

 マユさんの眉がヒクッと動いた。

(大仏様って、修学旅行で関西の学校はだいたい行くとこやろ!)と、僕は心の中で突っ込んでいた。

 それとも、僕たちが知らない何かを発見したのか――?

「健太、行くぞ!」 僕は健太に水筒を持たせると、一目散にエレベーターまで行ってしまった。「おとうしゃん、お――!」 元気いっぱいだ。

「果穂はベビーカーにちゃんと乗ってな!」

 マユさんが果穂に靴を履かし、ベビーカーに乗せると「キャキャ――!」と、笑顔を見せた。 

 マユさんはベビーカーを押しながら、僕たちに追い付いてきた。


 これが僕たちの日常です。

 


 柳の眉の魔法に掛かった僕は、当分解けそうにはない。 


 だから……僕は幸せなになれるのです――

 

                                    おわり

 


これで終わりです。

読んで頂きありがとうございます。

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