巴戦
左右に旋回する羽山の機体を追う。
射線が重なる少し前に機銃を撃とうとするが、微妙に重ならない。
狙いを定める事に集中し過ぎると、すぐに回り込まれそうだ。
左旋回から上昇、慣性エネルギーが少なくなり徐々に速度が落ちてくる。だんだん距離が詰まって来た。
ここで羽山は捻り込みに持ち込む筈だ。まだ、まだまだ…限界まで引きつけて。
「今だ」
無意識に声に出していた。一瞬視界から羽山の機体が消え、次の瞬間には死角に居る。それを見越して落ち着いた動作で機首を下げる。
だがそこに羽山の機体は居ない。
『はい撃墜』
頭が混乱する。居るべき場所に居ない。居ない筈の場所に居る。
「まだだ!」
垂直降下で引き剥がしてから立て直そう。
技術力の差ではなく機体性能の差だが、生き残る事が最優先事項であるこの場所ではそんな事は関係ない。
フルスロットル、ほぼ垂直に近い80度で降下する。
「離れたか…!?」
ミラーには映っていない。よし、改めて索敵だ。
操縦桿を引いて水平に戻そうとした瞬間、
『はい撃墜』
下から右翼側を抜けて追い越していく羽山機。
『相変わらず死角の対処が遅いです』
返す言葉もない。
『次は実弾使いますけど続けますか?』
反転してこちらに接近してくる。
「舐めるな!」
操縦桿を右手前に引き、接近してくる羽山の機体と真正面から向き合う。
スロットルレバーを最大まで押し倒し、照準器の中で羽山機を睨む。
まだ撃って来ない。もう届く距離だ。安全に離脱出来る距離が足りない。
色々な事を思考し、一瞬が永遠のようにすら感じる。
操縦桿に付いたボタンを押すと、ガガガっと衝撃が手に伝わり、一直線に羽山機へと弾丸が射出された。
羽山機はふわりと一瞬浮いたように機体が上昇し、弾丸を回避する。そのまますれ違って、再びこちらに向かって来た。
こちらも急旋回して向き合おうとするが、旋回性能が段違いだ。巴戦の筈が、いつのまにか背後を取られそうになっている。
「なんだその機体は!?」
右旋回から左旋回に切り返してシザースに持ち込むつもりだったが、左主翼のエルロンに被弾した。
『いい加減信じてください、次は命中させますよ』
エルロンの一部が欠損して、機動性が大幅に落ちた。本当に羽山だと信じるほかに選択肢は無い。
こんな飛び方出来る奴が二人も居てはたまらない。
「了解。基地に戻る」
『信じてくれてよかったです。これで駄目なら撃墜しようかと思ってました』
鮫島機の左後方に着いた羽山機を見て、鮫島は溜息を漏らした。
「旧式の機体に勝てなかったんだ。俺の負けだ」
無線に小さく呟くと、高度を下げて滑走路へのアプローチに入る。
整備士たちが格納庫の入口辺りに集まっているのが見えた。ギャラリーも居たとなれば、言い訳の余地も無い。
その後、羽山が本物であるという事は鮫島の進言により話が通り、それからは所属の飛行隊以外には正体を明かさないという事で話がまとまった。
それからも羽山は戦績を伸ばし、墜落からの生還という武勇伝まで乗っかって有名な飛行士になっていった。
他の飛行隊との合同作戦に参加した時も、常に覆面と無言を貫いている。
墜落した時に負傷したと噂が広がり、その噂に乗った状態で行動していた。