見極め
「だから俺が羽山だって言ってるだろ!鮫島さんを呼んでくれ!鮫島さんなら話がわかるだろ!」
航空基地司令室に連行された羽山は、司令官の前に座らされ、尋問を受けている。
鮫島は羽山が所属している航空隊の隊長で、羽山の二つ歳上の兄貴分だ。
「確かにその飛行服も、下着まで羽山の物を身につけているそうだな」
「俺が羽山なんだから当然だろう!」
「鮫島はなんて言うだろうか…」
司令官は頭を掻きながら椅子に深く座り、タバコに火をつける。深く煙を吸い込み、天井に向けて煙を吐き出した。
「どうしたら信じてもらえる!?言ってくれ!腕が見たいなら飛びますよ!予備機の旧式がまだあるでしょう?」
「いや、そもそもな、司令官のこの俺に当たり前のように敬語を使わない奴は羽山しか居ないんだよな」
旧式の予備機がある事まで知っているのはもう間違いないだろう。だが決定打に欠ける。
一度出撃させて、その結果で判断しよう。それで未帰還になったらそれはそれで仕方ない。
「よし、次の作戦に羽山のポジションで飛んでもらう。その戦果で判断しようじゃないか」
「了解!」
一目散に向かったのは格納庫の一番端の予備機のところ。
一番年長の整備士が、いつでも飛べる状態を維持してくれているのは知っていた。半分はこの整備士が趣味で整備しているので、同型の別の機体と比べて性格が違うところもいくつかある。
「篠田さん、この予備機を次の出撃で使うことになりました。座席の調整を手伝って欲しいのですが、良いですか?」
エンジンカウルを拭いていた整備士の篠田に言うと、表情を輝かせてこちらを振り向いた。
「誰だお前」
すぐに怪訝そうな表情になる。
「羽山です。信じてもらえないかもしれないですが」
「そうだな、俺の知ってる羽山は男だったしな」
「司令官も信じてくれませんでした。俺もいまだに信じられませんしね。でも信じてもらえないと飛べないんですよ。俺はまだ飛べるのに」
「それでこの予備機で出撃して証明してみろと」
「はい。でもこの手足じゃペダル類が遠いから座席の位置を変えたいんです」
自分が改造した機体の実証試験が出来るのと、胡散臭い操縦士に機体を任せなきゃいけない現実に、少し気持ちが乗らない篠田。だが、やはり全力で飛ばせる人間に乗ってもらい、結果を知りたい。
その好奇心には勝てないのだ。
「よし、ひとまず座ってみろ」
「ありがとうございます!」
羽山という操縦士は、よく機体を痛めつけると整備士の間では有名だったが、篠田は違うと見抜いていた。
羽山は機体の限界値を理解しているから、性能を最大限使いこなしているのだ。
だから傷んでも空中分解しないし撃墜されないのだ。
もし本当にこいつが羽山なのだとすれば、この機体の真価を発揮できる筈。
「これでどうだ?」
「いいですね!」
「それじゃあ少し飛ばしてみるか?」
「いいんですか?」
「ああ」
そう言って、篠田はエンジンの始動前点検を始める。
その様子を遠くで見ていた鮫島は、いそいそと自分の機体のもとへと向かった。
「鮫島さんも上がりますか?」
鮫島の機体の担当の整備士が、悪い笑顔で待っていた。
「おう、羽山の名前を語るガキを泣かしてやりたくてな」
鮫島は更に悪い笑顔をしていた。目の前で墜ちて行った羽山を援護出来なかった。
救助に向かおうにも戦線と重なってすぐには行けなかった。
そんな自分の不甲斐無さを、なんとかして紛らわしたかった。
旧式の機体が滑走路に向かって行くのを見ながら、エンジンを始動して暖機する。
加速して離陸したのを見計らって、鮫島も格納庫から出た。
滑走路に向かう通路から加速して、だいぶ速度が乗ったまま滑走路に進入。そのまま更に加速して離陸した。
高度を上げつつ目標を探す。
「どこに行ったんだ?」
高度2000mほどに上昇したところで、緩やかに左旋回しながら索敵に入る。
『探し物は俺ですか?』
突然無線で女の声がした。そして、探していた目標が自分の真下の死角に居る事に気づいた。
『今のは俺をみくびっていたからノーカウントです。ここからは本気で来てくださいね!』
追い越して目の前に現れる旧型の機体。右にロールして逃げていく。
「撃墜してしまったらすまんな」
同じようにロールして羽山を追った