会敵
『9時の方向敵機!機数6!』
左翼につけていた2番機からの無線で、偵察任務の帰投中だった3機の空気が張り詰めた。
『散開!巴戦は避けるように』
3機がバラけると、2機ずつが各機を追う。
操縦桿を右手前に引いてラダーを右に切る。機体は右にロールしながら機首を下に向ける。
同時にスロットルレバーを全開まで倒した。
星型エンジンが唸り、急降下に失神しそうになる。
後方の敵機の様子を確認しつつ、左回りに回る高度計と右回りに回る速度計を確認した。
最大速度に達したら、今度は急上昇して誘き出そう。
この機体の最大速度は598km/h。それ以上速度が出ると主翼が振動を始めて根本から折れてしまうと教えられた。
急降下へ入るタイミングが早かったからか、だいぶ敵機を引き離せたようだ。
そうして速度計を見ると、620km/hを超えていた。
振動は更に大きくなり、操縦桿は固まって動かない。まだ加速している。
「ぐっ…!ぬぉおおおおっ!」
メーターパネルに足をついて踏ん張り、両手で操縦桿を手前に引くと、ゆっくりと機首が持ち上がり始める。まだ戦える。
『2番機被弾!エンジン停止!』
微かな希望を踏み潰すように、2番機から無線が入った。
『脱出しろ!』
無線に反応が無い。
『田端!必ず迎えを出すからな!しばらく待ってろ!』
伝言のように告げる。
2番機を墜とした2機は、恐らくこちらを叩きに来るだろう。
「隊長!俺が引きつけますから、そちらを墜としたら離脱してください!」
『馬鹿を言うな、すぐに行くから持ち堪えろ』
「…っ。了解」
射線が重ならなければ弾が当たる事は無い。とにかく左右に機体を振りながら敵の動きをよく読もう。
操縦桿とラダーペダルを右に左に忙しなく動かす。
山岳地帯のスレスレまで高度を下げて、少しでも命中率を下げる事に徹底した。
それでも4機がいろんな角度から撃って来るのを全ては交わせない。
胴体に数カ所穴が空き、左主翼にも穴が空いた。
連携の取れた動きで、確実に攻めてくる。
こちらも墜とされてたまるかと、執念で回避運動を続けた。
突然、後方の敵機が1機、主翼から火を吹いて墜落した。続けてもう1機。そこで敵機は攻撃をやめて回避に移る。
別作戦中の味方機が援護に来てくれたようだ。
旋回して援護に回ろうとした時には、既に1機を撃墜して最後の1機を攻撃している最中だった。
爆発炎上、こちらが援護するまでも無く4機を撃墜し、隊長機の方へと向かって行った。
加速して味方機に並ぼうとするが、ぐんぐん引き離される。そして早送りのような速さで機首が持ち上がり、翼端に雲を引きながら上昇して行った。
「なんだよアレ…」
圧倒的な速度差、一撃で撃墜する高火力。
どうせ着いた頃には決着はついている事はわかっているが、最大出力で隊長機の方へ向かった。
黒い煙を引きながら墜落していく敵機、最後の1機は離脱して戦闘空域を離れて行く。
隊長機の隣に並ぶ味方機。
こちらの深緑色と違い、灰色のような機体色だ。翼端は黒く塗ってある。陸軍の新型機か?いや、そんな情報は無かった筈だ。
わからない。
V型エンジンのシリンダーヘッドカバーを交わすように膨らんだエンジンカウル上部、そして剥き出しの過給機。
逆ガル翼のシルエットが見慣れない形をしている。
隊長機の左につけて飛ぶ味方機の、更に左につけてコックピットを覗く。
航空帽をかぶっていて人相がわからないが、ほとんど機体に隠れているところを見ると恐らく小柄なパイロットなのだろう。
隊長とこちらに一度ずつ敬礼すると、左右に数回バンクしてからフワッと上昇する。そのままバレルロールするような機動で左下に消えて行った。
「隊長、さっきのは一体…」
『俺にもわからない。2番機の援護が間に合わなかった事を謝罪されたよ』
「早く戻って田端さんの救助に行きましょう」
2機は速度を上げて基地を目指す。