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泣き虫姫、聖女を無力化し、最凶に厄介な時期に入る

 翌年のサイラスの学園への入学式は、両親と僕とモードリンで見に行った。


 モードリンが制作した捕縛の魔道具をサイラスが持っていることは既に周知されていた。

 つまり、モードリンが当代悪役令嬢としての役割を終えたことを皆が知っていた。


 入学式への顔見世は、単なるパフォーマンスだ。


 聖女が入学することが分かっている状況において、魔族の守護者であるダジマットの姫が顔を見せた方が魔族の家族たちも安心するだろうという配慮だった。


 僕は単なる子守役だ。

 この頃から、モードリンが公の場に出るときは、必ず僕が付き添うようになった。

 この際もう姫の付き人でよいと思うようになっていた。



 当代聖女は、モードリンの顔を見た瞬間、駆け寄ってきて、かわいい、かわいいと、ひたすらに愛でていた。


 モードリンは聖女の前世の「推し」というもので、崇拝に近い熱量の好意を向けていた。

 「推し」は僕たち魔族にとって、新しい概念だった。


 想定外の聖女の熱量に、モードリンは怖がって半ベソになった。


 それでも、当代聖女に対峙する当代悪役令嬢として凛とした姿を見せようと自分を奮い立たせていることが、ギュッと握ってきた小さな手から伝わってきて、愛おしく思った。



 この聖女は、神殿預かりの間に魅了と混乱を制御できるようになっていて、伝承にあるような気持ちの悪い女性ではなかった。


 聖女伝承の通り、サイラスに近づいたが、それはモードリンに対する崇拝と好意ゆえだったので、不問とした。

 王城のお茶会に招かれると、姉様達と一緒になってモードリンを可愛がった。

 王城のお茶会に招かれないと、「なんで仲間外れにするんですか~!」とプリプリ怒った。



 聖女の記憶のこの世界では、サイラスとモードリンは同じ年齢で、王太子教育に苦戦するサイラスが、優秀で完璧な淑女のモードリンを妬んで冷遇していたという。


 サイラスとモードリンの年齢があっていないし、多産が特徴のノリッジでは男児が王位を継ぐことはない。

 それにモードリンは、ただの甘えん坊でサイラスが妬む要素がない。

 

 しかし、泣き虫すぎて「疎まれる」ことは実際に起きていた。


 数人の高位貴族の令息たちについても、大なり小なり聖女の記憶に近い問題を抱えていた。


 聖女は、聖女の記憶について聞き取りをしていた文官と仲良くなり、結婚した。


 当代聖女が史上最高に「平和的」に「平穏」な幸福を手に入れたことはしっかり明記しておきたい。



 サイラスは、在学中にセントリア帝国の魔族の令嬢に見初められて婿入りすることになったが、サイラスとモードリンの婚約は、聖女伝承の多くがそうであるようにサイラスが卒業するまで続けられた。


 それが、ノリッジがダジマットの姫の庇護下にあることを示す最も効果的な方法だからだ。

 相手の令嬢も民を安心させるためだと理解を示してくれた。


 そして、サイラス18才、モードリン8才の時に婚約は円満解消された。



 僕とモードリンは、ずっとサイラスの来ない婚約者のお茶会に出続けていた。

 

 サイラスとの婚約が解消され、モードリンがノリッジ城で暮らす理由を失った後も、モードリンはウチの子のままだったし、僕たちのお茶会は続けられた。


 僕用の椅子が準備されたが、モードリンは僕の椅子に座った僕の上に座るようになった。



 モードリンが11才になる年に、僕はカーディフ国に留学することになった。


 先代悪役令嬢のミシェル様が集めた聖女伝承のアーカイブにノリッジ国で起こった聖女についての記録を追加するためでもあった。


 モードリンは、僕が城を離れるのを嫌がって泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて、仕方がないから、求婚した。

 それで更にいっぱい泣かれた。



 僕が15才で、モードリンは10才。


 本当はもう少し大きくなってから求婚したかったけど、「血統書付き」などと揶揄されるノリッジの第5王子が婚約者のいない状態で留学すれば、きっと不安になるだろう。


 ちょうど4番目の姉様がお嫁に行く頃で、10才にして結婚願望の塊になっていたモードリンは、凄く喜んでくれた。


 僕の留学の直前にモードリンと共にダジマットへ行き、両陛下からも承諾を得て、正式に婚約を結んだ。



 僕がカーディフ王立学院に在学中に、ダジマットの姫として学園の文化祭の視察に来た時には驚いた。

 11才のダジマットの姫は、ここでも学生達からかわいい、かわいいと言って愛でられていた。


 そしてこの時、モードリン5才の立てこもり事件の時に密かに彼女に助力していたのは先代悪役令嬢のミシェル様だと知った。


 最初にサイラスを呼んで、筋を通すように教育したのは、この方だった。

 女傑、なるほどね。

 あの時、僕は相当傷ついたよ?


 モードリンによると、ミシェル様は悪役令嬢の試練の時に婚約者とちゃんと顔を突き合わせて対話しなかったことを今でも後悔しており、モードリンに同じ思いをして欲しくないと言ったそうだ。



 無性にモードリンをハグしたくなった僕は、人だかりで学園祭の出し物が見にくいだろうと自分に言い訳して、久しぶりに抱っこでモードリンをリフトした。

 僕の首の後ろに腕を回して、ほっぺにチュッとキスをくれた後、照れながら「ありがとう」って言ったモードリンは、めちゃめちゃ可愛かった。


 なんでも5才の頃、実の兄君から「10才のジェレミーが5才のモードリンを抱っこするのは、身体に負担がかかるから、だっこをおねだりしてはいけません」と言われたらしい。


 余計なことを…… と思ったが、「ジェレミーが自分から抱っこしてくれたら、お礼を言って、ほっぺにチュっとしてあげなさい」とも言ってくれたらしいので、トントンだということにした。


 兄君はそれが大衆の面前でなされるなんて予想できなかっただろうが、まぁ、血統書付き王子の婚約者がダジマットの姫だと周知され、仲睦まじい様子を披露できたことは、お互いにいい虫よけになって良かったんじゃないかな?



 モードリンは学園の美しい令嬢たちを見て、僕が目移りするんじゃないかと不安がっていた。


 僕は僕で、11才のモードリンが可愛くて、学園の美しい令嬢たちが目に留まらない自分にちょっと悩んだりしていた。



 しかし、ノリッジに帰国してから、そんな悩みが吹き飛ぶほどの試練がやってきた。

 

 次々に生まれる1番目の姉様の子供たちに囲まれながら僕を待っていたモードリンは、すぐに僕との子供を欲しがった。


 僕19才、モードリン14才。


 本人にもまだ早いことは分かっていたが、ごねまくってモードリン史上最凶にやっかいな時期に突入した。


 ジェレミーが取られちゃう~っと言って泣くので、取られることなんてありえないということに納得してもらえる程度には、要求を呑む必要があった。


 僕のファーストキスは、モードリンの涙入りの塩味だったよ。


 どんどん美しくなっていく彼女を見るにつけ、僕の中で爆発しているのが父性ではないとハッキリ自覚するようになってからは、本当に大変だった。


 しかも、モードリンは何かにつけて僕を誘ってきた。


 お茶会の最後に僕の口にキャンディーを放り込んだと思えば、帰りの道すがら自分のキャンディーと交換したいとねだってくる。


 交換することは問題ないが、唇を合わせて、キャンディーを交換するだけじゃ、すまないだろ?


 スキンシップが深まってくると、もうこの際、いいんじゃないか? と、何度も折れそうになった。

 モードリンの方でも、今年と来年、どう違うの? と泣くことがあった。


 でも、ウチは多産系だ。

 結果がしっかり出てしまう。

 新しいウチの子を手放しで大歓迎したいからこそ、僕は待った。



 そして、ようやく本日、晴れて結婚式を終えた。

 モードリンがずっと泣いていたことは、説明するまでもないだろう。


 胸をなでおろすような、激しく高鳴るような、複雑な心境で彼女が寝室に現れるのを待っているところだ。



 そういうわけで、モードリンがずっと欲しがっていたものがもたらされる様に最大限に努める所存だ。


 そして、僕の超絶泣き虫な悪役令嬢が、いつも笑って過ごせるように、これからもずっと傍で見守り続けることを誓うよ。




最後までお読みいただきましてありがとうございました。


次の作品は、同じ世界で、「君を愛することはない」テンプレに挑戦しました。

全19話です。


興味があれば、是非読んでみてください。

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