僕、10才にして父性が爆発する
医師の話では、モードリンはちゃんと水分を取って過ごしていた。食事も誰かが食べさせていたようだ。
大人たちには察するものがあったようだが、僕にはさっぱりわからなかった。
でも、魔法を使いすぎて消耗しているとのことで、姉様達が代わる代わる栄養のいい食事を食べさせてやっている。
1週間もすれば心配いらなくなるだろうとのことだった。
僕も意地を張らないで「あーん」合戦に参加すればよかったかな~なんて思っていたところで、モードリンが実の兄君に抱っこされて庭園を散歩しているのを見て、更に意地を張って一日中避けてしまった。
抱っこしてくれれば誰でもいいのか~!
甘やかしてくれれば誰でもいいのか~!!
内心プリプリ怒っていたあたり、僕は10才にして、この5才児を愛してしまっていたのかもしれない。
実の兄君は、モードリンに「どうしてこんなことをしたの?」と聞いてくれていたらしい。
「ジェレミーが、サイラスにムリしないでほしいとおもっているから」
「ジェレミーが、サイラスにゆっくりやすんでほしいとねがっているから」
え?
主語が、僕?
「それと今回の立てこもりはどう関係しているの?」という質問には……
「サイラスは、あくやくれいじょうとけっこんしないといけなくて、でもあくやくれいじょうとけっこんするのは、ほかのひととけっこんするよりもたいへんなの」
「サイラスは、あくやくれいじょうがこどもだから、せいじょをひとりでなんとかしなきゃいけないのも、たいへんなの」
「わたくしがこどもで、なにもできないとおもっているのは、サイラスだけじゃないの。みんななの」
「わたくしも、どのくらいつよいかわからなかったから、やってみたの」
「わたくしがつよかったら、サイラスはムリしないで、ゆっくりやすめるから、ジェレミーがよろこぶとおもうの」
「わたくしつよかった? せいじょをつかまえられる?」
うん。強かった。
めちゃめちゃ強かったよ。
そして、僕を喜ばせるためにやっちゃったのね?
はぁ~。
5才児って、こういう発想なのか……
かわいい。
かわいすぎるよ。
そしてこの後、サイラスに直径7センチくらいの黒曜石っぽい岩石を見せられた。
サイラスが部屋に呼ばれたときに渡されたものらしい。
「どのくらいつよいかわからないけれど、サイラスがせいじょがダメだとおもったら、『つかまえて』と、となえてみて」と言って、渡されたらしい。
なるほど、5才児が考える呪文はシンプルだ。
僕がモードリンにあげたキャンディーを依り代に、聖女を対象に指定した捕縛と、捕縛した聖女を神聖国の聖女牢の魔法紋まで転送する術式が組まれていて、キャンディーの周りの黒い部分はそれを執行するための魔力で、魔素結晶と呼ばれるらしい。
高位魔術師が8人がかりで破った2枚目の結界の少なくとも10倍以上の拘束力があると推定される対聖女最強魔道具だそうだ。
ノリッジの魔術師団長は、これだけ強ければサイラスが命じた瞬間に聖女は牢の中にいるだろうと言っていた。
魔道具になったことで、これまでは悪役令嬢にしか出来なかったことが、誰にでもできるようになってしまった。
ダジマット国王陛下、つまりモードリンの父君は、「必要は発明の母っていうけど、ほんとだね~」と、のんきに笑っていた。
ダジマット王妃殿下、つまりモードリンの母君は、「火事場の馬鹿力っていうんかの? 巨大な魔素結晶つくれるようになっちゃったの~。これ、材質もそこそこ堅そうじゃよ?」と、面白がっていた。
ダジマット王太子殿下、つまりモードリンの兄君は、「キャンディーを依り代にしちゃうのが5才だね? それ、よっぽど美味しいんだろうね?」と、大笑いしていた。
この家族にして、あの子あり。
頭が痛いが、なんだか全て僕が原因のような気がしなくもなくて、モードリンに申し訳なくなった。
モードリンは、この他に「ほかにもサイラスのやくに立ちそうな『まほうの石』がつくれるかもしれない。ほしいものはない?」と尋ねたらしい。
あと「こういうのがたくさんあればサイラスは、ムリしなくてすむ?」とも尋ねたらしい。
「ミシェルさまのようにがくえんへいけなくてごめんなさい」など、5才の子供に気を使わせてしまって申し訳ないと、ダジマットのご家族に詫びていた。
ミシェル様というのは、先代悪役令嬢で、ノリッジまで英名が響いている超有名な公爵夫人だ。
カーディフの先代国王も、現国王も、公爵家に王位を譲位し、この方を王妃に据えることを希望してきたが、ずっと固辞している女傑だ。
この女傑の次代として生まれた気の毒なモードリンは、私たちが思うよりもずっと悪役令嬢の試練を全うできるかどうかを気にしていたのかもしれない。
聖女封印の魔道具が出来たことで、モードリンの望み通り、サイラスの詰め込み英才教育は、普通の王子教育に変更されることが決まった。
苦節15年。
今更な気もしなくはないが、少し短くなっただけでもマシだろう。
明日はモードリンと仲直りしようと思いながら部屋に戻ると、3番目の姉様が眠ったモードリンを抱いて部屋の前で待っていた。
涙の筋と鼻水の筋が出来ている。
僕を恋しがり、ぐずって大変だったらしい。
2番目の姉様がお嫁に行った時に、数週間メソメソしていたことを思い出して、なんだか僕も涙が出そうになった。
聖女伝承の悪役令嬢は、冷たく近寄り難い雰囲気の美女だと描写されていることが多いが、この子もお嫁に行く頃には、そうなるのかな?
いや、ウチで甘やかされて育っちゃってるから、ムリかもしんないな。
そんなことを考えながら、涙と鼻水の後を濡れタオルでぬぐってやったのに、しばらくして目を覚ましたモードリンは、僕の顔を見てビービー泣き出して、また涙と鼻水まみれになった。
僕は怒ってしまったことを謝って、僕のためにしてくれたことに感謝して、おでことほっぺと鼻の頭にいっぱいキスして、寝かしつけた。
10才にして僕の父性が爆発した、ような気がした。
ダジマットのご家族は、1週間ほど滞在して、モードリンが全快したのを見届けてから、帰国された。
姉様達に手を引かれて見送りに出たモードリンは、かわいらしい淑女のご挨拶を披露して見せた。
この時は別れを悲しんで泣かなかった。
改めて「この子はうちの子なんだな~」と、嬉しくなった。
そしてこの時から「だっこ」をねだることがなくなったのが、実の兄君の仕業だったと知るまで6年の歳月を要した。