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泣き虫姫、立てこもり事件

 兄との婚約者のお茶会で姫が僕に懐いたので、姉様達と淑女教育・座学に勤しんだ後に、僕が聖女伝承を読み聞かせをするようになった。

 しだいに僕と一緒に魔術や剣術を学びたがって、後をついてくるようになった。


 気付けば僕は、第5王子なのか姫の付き人なのか分からないレベルに姫の世話を焼くようになっていた。



 姫が4才の頃、2番目の姉様がお嫁に行った。

 外国へのお輿入れだったので、婚約者が迎えに来て、小さなガーデンパーティーを催した。

 当然のごとく他の姉様達に混じって家族として行事に参加した姫は、2番目の姉様が外国へ行って離れて暮らすと知って、声が枯れてもなおギャン泣きしていた。

 それで、婚約や結婚の何たるかを少しだけ理解した。

 


 姫が5才の時、自分の結婚する相手が三兄様であると気づいた。


「ジェレミー。サイラスはわたくしとけっこんしなければならないのですか?」


 主語がおかしい気がしたが、5才児の言うことだから、10才児の僕は気にしなかった。


「うーん。聖女の伝承では、どの悪役令嬢も王子と婚約しているけれど、実際には結婚しないこともあるみたいだよ?」


 翌日の朝、姫は建物から人を締め出して、結界を張って閉じこもった。


 ノリッジ魔術師団の誰一人として姫の結界を破ることができなかった。


 ダジマット王に緊急通信で姫が閉じこもっている旨を伝え、生みの両親と実の兄君が駆け付けたが、やはり誰も結界を破ることができなかった。


 姫はそんなに強かったのか?


 ノリッジの皆が驚いた。


 姫の生みの母で、神聖国で幽玄の称号を持つ最強の魔術師にも破れない結界を5才児が生み出せるとは信じがたい。


 曰く、姫の結界はシンプルで、だからこそ硬い。


 僕と姫の魔術の師匠が説明してくれた。


 僕の読み聞かせで聖女の伝承について勉強し始め、自分の試練を知った姫は、あと数年でブライト王族の血を引く先代悪役令嬢のような繊細な技術を磨くのは無理だし、年齢的にも学園でサイラスを支えるのは不可能だと理解していた。


 そして、経験が浅い姫が、父親と母親から受け継いだ血統だけで戦うのに適しているのは、古代からの最終手段である「捕獲して神聖国の聖女牢に転送する」の一点のみに特化することだと考えて、それだけを集中的に訓練した。

 

 姫は3種類の魔法しか習得していなかった。


 「捕縛」と「対象の限定」と「転送」の3つだけ、ひたすら繰り返し練習した。

 

 だから、この術は厳密には結界ではなく、捕縛だとの事だった。

 対象を姫と建物に限定して捕縛して、それ以外の者を転送で外に出すだけのシンプルな術だからこそ硬い、と。


 

 それをヒントに、2日経って、ようやく最初の結界が破れた。


 そう、最初の、結界が破れた。

 結界の内側には、まだ結界があった。


 姉達は心配で大泣きしていた。

 僕も心配で涙が止まらなかった。


 神聖国、ブライト国、カーディフ国などの高名な魔術師に緊急派遣要請を送った。うちは多産系であらゆるところに嫁いだり、養子に出たりしてネットワークがあるのでこういうのは強い。


 2枚目の結界は、8人の魔術師の協力で破った。



 でも、3枚目があった。


 4日経っていた。

 僕は心配と絶望で、どんな風にして過ごしたかよく覚えていない。


 3枚目の結界はモードリンの部屋に沿って張ってあった。

 母君がドアの前で声をかけると、「サイラスを呼んで」と声が聞こえた。


 僕も姉様達もサイラスより先に部屋へ入ろうとしたけれど、見えない壁に阻まれて中に入れなかった。


 母君が首を振っている。


 サイラスは、その場にいさえしなかった。

 姫とあまり接することのない4番目の兄様でさえドアの前で心配していたのに。

 

 悔しかった。

 悲しかった。


 呼ばれて中に入ったサイラスは、しばらく後に、泣きながら出てきた。


「私の婚約者がお騒がせいたしまして大変申し訳ありませんでした。全て私の不徳の致すところです。彼女は責めないでやってください」


 そう言って全員に謝って、部屋に向かって「どうぞ」と案内した。


 当然みんな駆け込んで、モードリンの様子を見たら、少し痩せてやつれて見えたが、表情はケロッとしていて、猛烈に腹が立った。


 皆で一通りぎゅうぎゅう抱きしめていたけど、僕はいろんなことに怒っていて、駆け寄れないでいた。


 姫を遠ざけていたサイラスが、緊急時に婚約者面をしたのが、ぶっ刺さっていた。

 姫が最初にサイラスを呼んだことが一番こたえた。


「だっこ」


 モードリンがちょっと離れたところに立っている僕の方を見て、抱っこをせがんだけど、僕は怒りを隠せないまま、首を横に振った。


 するとモードリンは少しふらつきながらも5番目の姉様に手を引かれて僕の方に歩いてきて「ごめんなさい」と言って、泣き出した。


 あーもう。

 僕はこの泣き虫の涙に弱いんだ。

 仕方がないから、抱っこして、叱った。


「モードリン。皆を心配させるのは悪いことだって、分かって欲しいんだ」


「うえーん。ジェレミー、ごめんなさーい」


 僕にぴったりくっついて、ぐじゅぐじゅ鼻を鳴らしているから、こなれた手つきでチーンさせた。


「もうこんなことしないって約束して?」


「……」


 呆れた。

 この期に及んで約束できないだと?

 

 怒ってモードリンを下ろそうとしたら、しがみついてワケのわからないことを言った。


「つぎは、ジェレミーにいってから、する」


 どうだろう、譲歩すべきだっただろうか?

 僕は譲歩しないで、モードリンを医師に渡して立ち去った。

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