爆誕、泣き虫な悪役令嬢
古代、魔族を虐殺し、近代、魔族を篭絡し、国を内部から瓦解させる存在、それが聖女だ。
母の治めるここノリッジ国に当代聖女が生まれてしまったことを神聖国の神官から告げられたのは、僕が生まれる5年前のことだ。
ノリッジは魔法国連盟の盟主国ダジマットを取り囲む、王域6王国の一角ではあるが、実際のところ特徴のない非力国だ。
「多産」以外のとりえのない王族は、国の生き残りのために魔族の純血統を死守しているので、我が国の王子、姫たちは「血統書付き」と呼ばれている。
ちょっと悲しいが、ほとんどの場合、名家・良家と縁付き、幸せな人生を送るので、成長するにつれ、まぁ、結果オーライだと思うようになった。
ちなみに僕は10人兄弟の末っ子で、第5王子だ。
兄が4人と姉が5人いる。
聖女は5才年上の第3王子と同じ年だったので、王城の皆が国防のために一丸となって三兄様に渾身の英才教育を詰め込んだ。
だから三兄様はいつもヘトヘトだった。
互いへの愛だけがとりえの両親は、聖女に対抗する術なんて思いつかない。
魔法国盟主ダジマットのアレックス王に姫を賜りたいと泣きついた。
ダジマットの姫は、古より、聖女を無力化してきた魔族の守護神だ。
異世界の記憶を持って生まれてくる聖女から、悪役令嬢と呼ばれるので、魔族もそういう通り名を使っている。
しかし、残念ながら、当代悪役令嬢は、聖女が10才になるまで誕生しなかった。
生まれていなかったのものは、貰えない。
そういう単純な理由で我が国は苦境に立たされていた。
ダジマットのモードリン姫は、生まれてすぐに三兄様と婚約した。2才になってから僕たちの暮らすノリッジ城で育てられるようになった。
ちょこちょこと歩き始めの鬼かわいい姫を、姉様達がアホ可愛がったし、バカ甘やかした。
両親を恋しがって泣けば、交代で抱っこしていたし、夜は寂しくないようにと交代で一緒に寝ていた。
姫は自分も姉妹の一員だと思うようになっていたことだと思う。
そうやって超絶に泣き虫で猛烈に甘ったれた姫が出来上がった。
唯一、かつ、深刻な問題は、三兄様がこの婚約者を好まなかったことだった。
僕にも理解できないわけではない。
10才も年下の泣き虫な幼児を婚約者として愛せというのは、ちょっと難しいと思う。
三兄様13才、姫3才の時に週に1回の婚約者のお茶会が始まったが、姫は自分をチヤホヤしないというだけで三兄様を怖がり、泣いてばかりだった。
姫を可愛がらない三兄様に怒った姉様達が寄ってたかって舌戦をしかけたので、姉様達たちの怒気に怯えた姫はもっと激しく泣いてしまった。
もともと詰め込み英才教育でヘトヘトだった三兄様は参ってしまった。
それで、婚約者のお茶会には、僕が姫を抱っこして連れて行くようになった。
僕だったら兄に口論を仕掛けるようなことがないし、姫は一番年が近い僕を兄妹枠で認知していて大人しく抱っこされるからだった。
僕は僕で、それまで姉たちのおもちゃだった僕の身代わりになって可愛がられてくれる姫に感謝していたので、この子に優しく接することができた。
「モードリン、これはマーマレードクッキーだよ。うーん、おいしいなぁ~」
「おいちぃ?」
「食べてみる? はい、あーん」
「にがい」
「そうだね、ちょっとほろ苦いね? でもこれがマーマレードの良さなんだよ。うーん。お~いし~」
「ん。もういっこ」
婚約者の席に座った8才の弟の膝の上で食育されてる3才の婚約者の姿は、13才の兄にどのように映っていたのか?
泣き止んでくれて助かった。
三兄様がポソリとこぼしたその一言に尽きるのだと思う。
それからしばらくして兄は途中退席するようになった。
「モードリン、サイラスにバイバイしようか?」
「ばいばーい」
「『サイラス無理しないでね~』は、言えるかな?」
「さいらす、むりしないでね~」
「ん~。よく出来たね~。おりこうさんだね~」
姫は、姉達にもねだるようにほっぺを突き出して、ご褒美にチュウしろと要求して来たので、僕はかなり困って、三兄様に助けを求める視線を送ると、三兄様は2度小さく頷いて、要求を呑んでやるように促した。
そんなことが続いた後、三兄様は婚約者のお茶会に来なくなった。