女の人の声は子爵令嬢だった
失敗したわ。アデールの姿が見えなくてジョニーに探しに行かせた。
まさか騎士団の練習場でこんな事が起きるなんて……子爵令嬢と人気No.3のシオン様。
よくもこんな事を……でもレイ様は絶対に助けに来てくれる。
意識が戻って様子を窺っていた。
『キスでもなんでも良いからしなきゃ、口実が作れないわよ』
『モルヴァン嬢の瞳に私だけを写して唇を塞ぎたい』
No.3が私の頬に手を当ててきましたわ!
『寝ている姿も美しい……寝姿を見ているだけで食事が進みそうだ』
ぞ、ゾッとしますわ! キスをされなくて良かったけれど、寝姿を見られて、しかも私の顔を見て食事が進むだなんて目が覚めたら何をされるか分からない。怖い。
『ほら。モルヴァン嬢の持ってきてたバスケット』
レイ様への差し入れは無事なようだわ。すごくすごく張り切って作ったのに、レイ様に食べてもらえなかったわ。レイ様が私の用意した食事を食べている姿を見ると幸せな気分になる。あぁ……台無しになっちゃった。No.3が子爵令嬢からバスケットを受け取って歓喜の声を上げた。
『こんな豪華な差し入れは見た事がない。キレイに並んだサンドイッチ、マフィン、フルーツ。くそ……隊長め。いつもこれを独り占めしていたのか』
『はぁっ……なんて美味いんだ。料理が上手なんだね、リュシエンヌ』
急に私の名前を呼びぱくぱくとサンドイッチを食べ始めた。
『マフィンも手作りなのかな? リュシエンヌから甘い香りがするのはマフィンのせいかも』
もう、食べないで。例えレイ様が口にしなくても他の人に口にして欲しくないわ。そう思っていたらNo.3が近づいてきて私の匂いを嗅ぎ始めました……
耳元でNo.3がいろんな事を呟いてきます。気持ちが悪いですわ。
愛している。
綺麗だよ。
僕だけのリュシエンヌ。
あぁ。ずっと閉じ込めておきたい。
はやく僕のものになって。
早く二人きりになりたい。
もう観念したら?
もう起きてるよね?
そんな仕草も可愛いよ。
耳元でリップ音を立てました。ゾワっとして体が動いてしまいました。
『ん、んんっ……』
意識が回復したのを男は知っていた。でも私は演技をした。もう耐えられませんもの。意識がないまま男の言いなりになんてなりたくありません。
絶対にレイ様は異変を感じていますわ。助けに来てくれますわ。信じていますわ。
『リュシエンヌ目覚めましたか?』
男が声をかけてきた。にこりと笑うその顔は知っていたのですわ。子爵令嬢は気が付いていないようでした。
『……ここは? 確かわたくしは練習場で……』
声を発すると息がきれそうになりました。一体何を吹きかけられたのかしら……怖くて知りたくないような気もします。
『あぁ、体調が良くないのですね。無理はしない方が良いですね』
いいからとっとと手を出せ! ヘタレ!! と子爵令嬢が言った。手を出す? 本当に……いや、絶対に嫌だわ。
私はレイ様と……レイ様じゃないといやだ。さっきまでの怖さとは違う怖さが込み上げてきた。
『私がリュシエンヌの看病をしますから安心して下さい』
私の手をぎゅっと握り締める男。
『……やめてください、ここはどこですか、私のメイドと護衛をどこにやったのですか』
『リュシエンヌのメイド達は安全な場所で眠っている。少し大人しくしてもらう必要があったから、もうすぐ解放しますよ』
何か話をしてこの状態を引き伸ばさなくてはいけないわ。手を離して欲しいけれど、手足を縛られた状態で私は身動きが取れない。これ以上触れられたくない。
もしこれ以上があるときは……解いてくれるのかしら……その時が逃げるチャンスなの? でも私の様などこにでもいる令嬢が騎士の力に敵うわけがない。
ここはきっと騎士団内部で間違いない。倉庫のような所。大きな声を出して騒ぎを起こしたらレイ様の責任問題になってしまうかもしれません。だってこの方レイ様の部下だもの。
子爵令嬢がさっきからにやにやとしながら私の動向を窺っているわ。普通じゃないとは思っていたけれど、彼女は異常者だわ。
子爵令嬢が伯爵令嬢に向かって暴言を吐いたり、公爵家のレイ様を悪く言ったり、騎士団内部でこのような事をするなんて……異常なまでの副団長様への執着、他の令嬢への嫌がらせ。この事が公になると一番困るのはご自分なのに……ご家族にも迷惑が掛かる……って。あぁ……私もそうね。
このままこの男に手を出されてしまったら私も全てを失う。
家族もレイ様も……
レイ様ごめんなさい。こんな事が起きるなら子爵令嬢の事、この男の事をもっと警戒するべきでしたわ。練習の見学は最後だと思ってスルーした私が悪いのですわ。
レイ様、私がこの男に手を出されたら悲しい?
レイ様、私と結婚の話がなくなったら他の令嬢と結婚するの?
私はレイ様じゃなきゃ嫌なの。私の初めても終わりもレイ様が良い。
こんな男に手を出されるのなら死んだ方が良い──




