殿下の誤算
「ねぇエリックに聞きたいことがあるの」
他国の客人が帰った日のことだった。王宮はバタバタとしていて久しぶりに母上の顔を見た。
「なんですか藪から棒に」
「婚約破棄の立会いって何?」
……バレたのか。
「友人だったコリンズ伯爵子息が婚約破棄をしたがっていたので場所を提供したまでです」
「わざわざ令嬢を王宮まで呼びつけて、恥をかかしたの?」
「恥をかいたのは私の方です。彼女は何も悪くなく素晴らしい令嬢なのですから!」
「子息が悪いの?」
「……いえ。私にも原因はあります」
「それで責任をとって婚約するの?」
「いえ、そういうわけではなく、私は彼女が良いんです」
「婚約破棄を相談された時貴方はどうしたの? どうして関係のないあなたが立会いなんてしたの? 家同士が決めた婚約よね? どうして関係のない貴方が家の問題に首を突っ込んだの? コリンズ伯爵は婚約破棄によって多大な慰謝料が発生しているのよ。穏便に話し合いで婚約破棄出来ればそこまでの話にならなかったかもしれないわね」
チラリと母上が私を見て来た。痛いところを突いてくる。質問攻めにしているけれど答えさせてくれない。
「私がバカだったのです。一方の意見を真に受けて責め立てる子息を止められなかったのですから」
「まぁ、バカであることに間違いはないわね。その後にモルヴァン嬢に婚約を打診するところもバカみたい。私がその立場なら絶対に断るわね」
……誰でも良いから連れてこい。と言ったくせに。
「そういうわけで、モルヴァン家への婚約の打診は無かったこととします。紳士として令嬢は守るべき対象だというのは一般的な常識です。王族とは平等に人の話を聞き片方に肩入れしないことが求められます。自分の気持ちも伝えられないくせに美味しいところを持って行こうなんて、情けない!」
「反省しています。ずっとそのことについては反省しています。ですから一生リュシエンヌに罪を償いながら、幸せにしたいと思っています。婚約の打診が無くなったらリュシエンヌは結婚できても、思い通りの相手とは結婚できないかもしれないのですよ」
……婚約破棄をされた令嬢と婚約をしたいという家は少ない。しかしリュシエンヌは若くて美しいからいないわけではない。後妻とか格下の家などリュシエンヌと釣り合わない人間と婚約するのは許せない。だから私が婚約するのが良いんだ。どうして分かってくれないんだろうか。
「それは貴方が考える必要はありません。出会いなんてそこらじゅうに転がっているの。出会いなんてね、引き篭もりじゃない限り自分の行動範囲の100メートル以内なの。貴族は家との兼ね合いがあって特殊だけど国民の殆どがそうなの」
「私とリュシエンヌの出会いも……そうでした」
「王族となるともっと特殊よ? 貴方のことを甘やかせすぎた私たちも悪いわ。ある夫婦が離婚若しくは国を出るという話もあるのよ……それが他の貴族に知られてみなさい? 苦言だけで済めばいいけれど、領民がそれを知り暴動になりかねないわ。その貴族の治める領民はどうなるの? ひと組の婚約破棄騒動が国を揺るがす大事件になりかねないのよ」
「……………………」
「貴方、責任を取ると言ったそうね? だから責任をとってもらいます」
「え! リュシエンヌと婚や──」
「リル王国の王女の王配となり同盟を結んできなさい」
リル王国は小国で確か私より四歳上の王女が結婚相手を探していて我が国との同盟を……政略結婚だ。
「貴方が取るべき責任は国を出る事よ。そしてリル王国と同盟を結びなさい。結婚の際は盛大に祝ってあげるわ。これは決定事項です。他国の要人にもその旨伝えてあります。良いタイミングで我が国に来てくれたものだわ」
……決定事項。
「陛下もご存じだからそのつもりで。早くて来月には出立出来るように急いで用意をするわ」
……そんな、バカなことがあってたまるものか! 急いで父上の執務室へと向かう。
「父上! ひどいではないですか!」




