アイスブルーの瞳の君
～第二王子エリック視点～
あの日急に雨が降ってきた。護衛が馬車を呼ぶから軒下で雨宿りしているようにと言われ、そこには女の子と男の子が手を繋いでいた。先客か……
「姉様、お迎えはまだ来ないの？」
「もう少しの辛抱よ。急に雨が降ってきて困ったわね。でも街歩きをするということは、こういう事も起きるという勉強になったでしょう？」
「次は備えなきゃね」
「そうよ。ハリスはお利口さんね。自慢の弟だわ」
優しい姉なんだな。弟が羨ましくなるほどだった。
「でも姉様は初めての街歩きじゃないのになんで備えてなかったの？」
「……勉強不足だったみたい」
おかしくて声を出して笑ってしまった。すると姉弟は私の方に振り向いた。
「すまない。君たちの会話が聞こえてきたんだ。盗み聞きをするつもりはなかったんだ」
「いいえ、よくある会話ですもの。それよりも突然の雨に降られたのですね。良かったらこれどうぞ」
大判のハンカチを渡された。
「いや。申し訳ないからいいよ。すぐに迎えが来るから」
「使ってください。風邪をひきますよ。この時期の風邪は長引くとお医者様が言っておりましたもの」
そう言って姉がハンカチを開いて濡れた私の肩に触れた。私より少し背が低い彼女が世話を焼いてくれる。
そこで目が合ったのだがアイスブルーの美しい瞳だった。まるで高貴な猫のような美しさだった。
「ありがとう。君はとても優しいんだね。見知らぬ男にハンカチを貸してくれるなんて。後は自分でやるよ」
白い細い指が苦労を知らなそうで貴族の娘だと言っているようだった。
「よろしかったら差し上げますわ」
「いや、礼は、」
「お嬢様ー坊ちゃまー！」
傘を差した女性が迎えにきたようだ。
「迎えが来ましたわ。あなたはどうやっておかえりになるのですか？」
「すぐに迎えが来るから私の事は気にしないで帰りなよ」
「姉様帰ろ？」
弟は姉の手をギュッと繋いだ。心細かったのだろう。
「そうね。みんな心配するものね。それでは私達は行きますね。ハンカチは捨ててくださってかまいませんわ」
それが君との出会いだった。きっと貴族の娘だ。歳は私より一～二歳下かな？ 王都にいるのだからおそらく学園で会えるだろう。楽しみだ……
名前も知らない彼女だけど、絶対に忘れない自信はある。はちみつ色の金髪にアイスブルーの瞳。優しく美しい子だった。もう少し話をしたかったな。彼女の名前は分からないけれど弟の名前はハリスというのか。調べたらすぐに分かりそうだけど、フェアではないよね。次の再会まで待とう……
「殿下、お待たせしました」
彼女たちを見送って数分後馬車が来た。王族と分かると面倒なので目立たない黒塗りの馬車が用意されていた。通常は馬車に家紋が入っているが彼女達もお忍びだったのか地味な馬車で帰って行った。
その数ヶ月後に入学式があり、彼女の姿を見た。美しいだけではなく愛らしさも備えているのか……笑った顔がとても可愛い。試験の結果もトップクラスで既に友達もいる様だ。
私は王族として在校生代表の挨拶をする事になった。彼女はまっすぐ私の方を見て話を聞いていた。アイスブルーの瞳が私を捉えている事を確認すると嬉しさが込み上げた。
気がついてないんだろうなぁ。雨宿りした時は髪の色を変えていたし、声色も変えていた。ほんの少し雨宿りをした関係だ。名乗りもしていないし、どこの誰かだなんて分かっていないだろう。
彼女の名前はリュシエンヌ・モルヴァン。伯爵家の長女だった。裕福な家で夫人は慈善活動も自ら参加して当主は領地の民から人気が高いようで領地経営はうまく行っているようだ。夫婦仲も良いことからリュシエンヌは優しいんだな。
まだ婚約者はいないようだし、チャンスはありそうだ。学園で彼女は人気者だ。友人と一緒に勉強をしたり、学食では席がなくて困っている令嬢に声を掛け“私達は食事が終わりましたのでこの席をどうぞ”と言った。昼休憩はのんびりしたいだろうに。譲られた令嬢も同じことを思ったらしいのだが“お茶はどこでも出来ますもの。今日はこんなに天気が良いのですから庭のベンチへ行くのも気持ちよさそうですわね”と笑っていた。
彼女の友人達も食器を片付け席を譲っていた。譲り合い精神が食堂の雰囲気を良くした。
それから声を掛けることができぬまま一年が経過してしまった。すると彼女は彼女の家が融資しているアルバート・レフィ・コリンズという伯爵家の令息と婚約をしてしまった……長期休みの間に起こった出来事に頭がついていかなかった……
