第7話
「大丈夫?」
西洋騎士の恰好をした金髪の女の子が、尊に笑いかけた。彼女の耳は尊たちのそれとは違って尖っており、まるでおとぎ話に出てくるエルフのようだった。
エルフの女の子は剣と盾を構え直すと、背後を振り返ることなく声を発した。
「エド、サポートよろしく!」
「攻撃力上昇魔法、かけますね!」
彼女にそう応えたのは、牧師風の青年だ。彼の頭にはひつじのような角が生えていた。
そのさらに後ろには、誉よりも小さい背丈の女性が何やら荷物を漁っていた。
「姫さん、デコイはいる?」
「ううん、大丈夫!」
女性に返事をすると、エルフの女の子は勢いよくオークの群れに突っ込んでいった。盾を構えてオークにぶつかっていき、よろけた隙に剣を振り下ろすという少々荒っぽい戦い方だったが、着実にオークを減らしていっていた。
だが、女の子は少しばかり顔をしかめると、小さな声でぽつりと言った。
「やば、思ってたよりも数が多いな……」
尊はそれを聞き逃さなかった。陣内も誉も、懸命に戦っている。助けに入ってくれた見知らぬ女の子と青年も、善戦している。何もしていないのは、非戦闘員らしい小柄な女性と尊だけだった。
尊はハッハと浅く息をしながら、戦う彼らを見つめた。
(戦わなきゃ……。俺も戦わないと、助けてくれたこの子たちまで死んじまう……!)
そう思った瞬間、尊は柄を掴んでいた左手を鞘のほうに動かしていた。そのまま無意識に、腰の辺りに刀を持っていき、親指で鎺を押し上げる。そしてスラリと刀を抜くと、タンと跳ねてその場から消えた。
疾風のようにオークたちの間を通り過ぎ、尊が前方へと刀を振り捌きながら立ち止まると、たちまちオークの群れが崩れるように倒れ、黒い霧と化した。
「何よ、ちゃんと戦えるやないの!」
息を切らしながら誉が怒ると、瞬きすることなく静止していた尊が顔を歪めた。尊は刀を無造作に放り投げると、誰もいない壁際に走り込んで嘔吐した。
「あの、彼はどうかしたんですか?」
エルフの女の子が誉と陣内を交互に見ながら尋ねた。陣内は苦い顔を浮かべると、額から流れている血を拭いながら答えた。
「彼は、殺生するのが初めてだったので……」
エルフの女の子は、納得がいったというかのように静かにウンウンと相槌をした。
***
角の青年が敷いたモンスター除けの陣の中に入って、尊たちは怪我の治療をしてもらうことになった。青年から回復魔法をかけてもらった誉が、腫れのひいていく足首を眺めながら羨ましがった。
「ええなあ。うちも、回復魔法が使えたら便利やのに」
「使えると思いますよ」
あっけらかんとそう答えた青年に、誉が「え!?」と声をひっくり返した。
「ちょっと失礼……」
青年は誉の胸元に人差し指をトンと置くと、何やら呪文を唱えた。そして彼がスウと指を誉から離すと、誉からスルスルと光の糸が伸び出でた。糸はそのまま光の塊となり、そして木の形をとった。
「なんやの、これ?」
「これは<スキルツリー>です。あなたは……陰陽師クラスのレベル三ですね。未振り分けのスキルポイントがあるので、それを<朱雀>の枝に振ってやれば、回復系の技が取得できると思います」
誉は感心の声を上げながら、自分の胸から生えている<木>を眺めた。青年は尊と陣内にも同じことをして、それぞれの<木>を出して見せた。
「そちらの男性は闘士のレベル十ですね。基礎的なところにはポイントが振られていますが、未振り分けのポイントが大量です。せっかくお強いのに、これじゃあもったいない。しっかりポイントを振れば、ダンジョン探索も容易になりますよ。……それから、こちらの男の子は侍のレベル一ですね。……ん? すごいな、まだレベル一なのに、もう<首切り>を取得しているだなんて!」
「首切り?」
尊が首をかしげると、角の青年に代わってエルフの女の子が答えた。
「自動発動スキルで、確率で相手を即死させることができる能力よ。あなたの<首切り>レベルはまだ低いから、今後、ポイントを追加していけば即死確率が上がるわ」
「俺にそんな能力が……」
ぼんやりとつぶやいた尊に、角の青年が興奮気味に頬を上気させた。
「どの方も未振り分けのポイントだらけなのを見るに、あなたたちはダンジョン初心者ですね? それなのに、すでに陰陽師や侍なんていう上位クラスだなんて、本来はありえないことですよ。そちらの男性も、下位クラスではありますが、マスターレベルに近いレベルですし。あなたたちは一体、何者なんですか!?」
「人に何者か尋ねるなら、先にそっちが名乗りいや」
不満げに口を尖らせた誉に、角の青年が申し訳なさそうに頭をかいた。エルフの女の子が「それもそうね」と言うと、胸に手を当てながら自己紹介を始めた。
「私はローザ。種族はエルフで、冒険者クラスは君主よ。婚約者救出のため、エドとルックに協力してもらってダンジョンの探索を進めているわ」
「僕はエド。種族はノームだ。冒険者クラスも本職も、司祭だ」
「アタシがルックさ。種族はショートフットで、冒険者クラスは罠師だよ。よろしくな」
剣と魔法の国からやってきたような彼らがそれぞれ自己紹介をし終えると、尊たちも自己紹介を行った。一通り紹介が終わったところで、ルックが尊の刀を指さした。
「ねえ、さっきから気になってたんだけど。その刀、ちょいと見せてもらってもいい?」
「え? あ、はい……」
尊がルックに刀を渡すと、彼女はしげしげとそれを眺め見た。次第に目をキラキラと輝かせると、彼女は大はしゃぎで仲間を見回した。
「やっぱり! 違いないよ! この刀、ムラマサだ! 幻級のお宝資料に書いてある特徴と一致するもん!」
「えぇ? いや、うっそだぁ。そんなすごいもの、初心者さんが持ってるわけないでしょう」
苦笑いを浮かべるエドに、ルックは刀を差し出した。
「普段お宝ハンターをやってるアタシの言うことを疑うってんなら、鑑定スキルで見てみなよ」
「えぇ~……。……うわ、本当だ! これ、ムラマサだよ!」
渋々刀を受け取ったエドは目をひん剥いて声をひっくり返した。その様子を眺めていたローザはぽかんとした表情を浮かべると、目を瞬かせながらゆっくりと尊たちに視線を移した。
「女の子を助けに来た侍で、しかもムラマサを持っているだなんて……。やっぱり、あなたたちはヒノモトの世界の人たちなのね……?」
「やっぱり……?」
尊たちは眉根を寄せると、ローザを注視した。