第6話
オークはあまり頭が良くないのか、それとも小賢しくないのか、ゴブリンのように群れを成して陣内を取り囲むということはしなかった。しかし、パワーはゴブリンのそれとは桁違いだった。また、頑丈さも比べ物にならないほどだった。
陣内がオークめがけてハイキックを放っても、オークは少しよろける程度だった。ゴブリンであれば、首がへし折れて即座に霧と化していたというのにだ。
陣内は強く踏み込むと、一匹のオークの顔面に向かって膝蹴りを入れた。着地をしてガードするように右手を伸ばすと、オークたちが日和って後ずさりした。その隙に、陣内は後ろにいる二人をちらりと見て声を張り上げた。
「俺たちは運がいい。このまま、何とか距離をとって、いったん撤退しよう」
「運がいいって、どういうこと?」
顔を青ざめさせながら、尊は陣内の背中を見つめた。陣内は尊のほうを見ることなく、その質問に答えた。
「俺たち自衛隊は、棍棒や大鉈なんかの武器を持ったこいつらにやられた。だが、今ここにいるこいつらは素手だ。これなら何とかやり過ごせる」
陣内の膝蹴りを食らって倒れた一匹が立ち上がると、オークたちは怒りを露わにして拳を振り上げた。振り下ろされるそれを、陣内はすんでのところで避けた。
誉の式神の狐がオークたちの眼前に火を放ち、オークたちが慌てふためいた。その隙をついて、陣内が「走れ」と叫んだ。
尊と誉は必死に走った。しかし、元来た道を走っていたつもりが、どこかの曲がり角で逆方向に走り込んでしまった。
「違う、そっちじゃない!」
陣内がそう指摘するも、もはや後戻りはできなかった。迫りくるオークの群れを背に、一行は無我夢中で走り続けた。だが、少し拓けたところに差し掛かったところで、誉が足を挫いて転んだ。尊が手を貸し起こしてやったが、誉が立ち上がったときにはすでにオークたちに囲まれてしまっていた。
「退路、作るぞ」
陣内が腹をくくったという表情で構えた。
「うちのせいで……! すんまへん!」
「気にするな。やれるか?」
「はい!」
陣内の問いかけに、誉は答えながら印を結んだ。尊も慌てて刀を構えた。
三人が戦闘態勢を整えるや否や、オークが殴りかかってきた。陣内はそれを巧みに避けては蹴り払い、誉の狐谷は倒れたオークを焼き払った。尊は必死に攻撃を躱しながら、オークの胴や脛を打ち据えた。
少しずつオークの数は減ってきてはいたが、それでも押し返すのがやっとだった。その状態に業を煮やした誉が、尊を睨んで叫んだ。
「カモさん、刀を抜き! いい加減、刀を抜き!」
「そんなこと言ったって! 生きてるヤツを斬れってことかよ!?」
オークの拳から逃げまどいながら、尊は声を裏返させた。
「そやんと、死ぬのはうちらやで! 生き残りとうなら、戦い!」
誉の言うことはよく分かる。けれども、尊はごく普通の中学三年生だ。剣道の腕は熟達してはいるが、殺生などはもちろんしたことがない。
(無理だよ! ていうか、こんなの、中学生にさせることじゃねえだろ! どうしてこんなことになったんだよ! 何でだよ!?)
なおもオークからの攻撃を躱しながら、尊は歯をカチカチと鳴らした。
「神守、避けろ!」
陣内の叫ぶ声がして、尊は俯きがちだった顔を上げた。眼前にオークの拳が迫っていた。
(ダメだ、避けられな──)
尊が息を飲んだ、そのとき。オークが吹き飛ぶとともに、大盾を持った西洋甲冑姿の人物が尊の視界に割り込んできた。
「大丈夫?」
そう言って尊に笑いかけてきたのは、長い金髪が美しい、耳の尖った女の子だった。