第4話
「では、私の後ろをついて来てください。まだほとんどマッピングが済んでいませんので、はぐれないように注意してくださいね」
陣内三等陸曹に促されながら、尊はとうとう<穴>に足を踏み入れた。途端、力が沸き起こり、体が軽くなるのを感じた。それに鳴動するように、ムラマサがほんのりと熱を帯びた気がした。
「なん、だ……?」
尊がぼんやりとつっ立っていると、誉が不服そうに蹴りを入れてきた。
「なんやの、カモさん。入り口で立ち止まらんといて。早う、奥行きや」
「いや、お前、なんも感じなかったのかよ?」
「何がよ?」
尊は不思議そうに誉を見たが、彼女は<穴>に入ったことで変化を感じたということは特になさそうだった。
「いやだから、何つーか、力がみなぎるっていうかさ……」
「何もあらへんわよ。あんさんが中二病なだけやないの」
「そんなんじゃねえよ! 失礼なヤツだな!」
尊と誉が言い争っていると、陣内が冷めたまなざしでゴホンと咳払いした。尊はそそくさと陣内のもとへと移動した。
陣内は懐中電灯ではなく、オイル式のランタンを持っていた。尊は首をかしげると、陣内に尋ねた。
「何で懐中電灯じゃないんですか?」
「私にはよく分からないのですが──」
「あ、敬語とかいいっすよ。偉い人とかもいないんだし」
話をさえぎってニカッと笑う尊に、陣内は一瞬呆れた顔を浮かべた。しかしすぐに、陣内は話の続きをし始めた。
「俺もよくは分からないんだが、奥に行けば行くほど、機械やこの手のモノが一切使えなくなるんだよ。何て言ったらいいのかな……。まるで、物理法則がほんの少しだけ違うっていうか……」
尊が顔をしかめると、誉がドヤ顔で胸を張った。
「せやろうなあ。だって、ここは異世界との狭間にできた特別な空間やもん。うちらの世界の科学は通用しまへんのよ」
「何、お前、中二病か?」
言い返してやったとばかりに、尊はニヤニヤと笑った。しかし、誉はいたって真面目な表情で腕を組んだ。
「せやから、うちの爺様が国のお偉いさんに声をかけたのよ。『これ以上、自衛隊を投入しても無駄死にするだけやさい、やめとき』って」
「それで何で、俺が捜索隊のメンバーに選ばれたんだよ。俺なんて自衛隊以下、ただの中学生だぜ?」
尊が不服そうにそう言うと、誉がフンと鼻を鳴らした。
「知らん。うちは『役に立ってき』としか言われてへん。あんさん、さっき自分で『制服でも十分強い』って言うとったよな? それが理由ちゃうん?」
「はあ? 何だよ、それ」
尊が誉を睨んですぐ、前を歩いていた陣内が二人に向かって手を伸ばした。「止まれ」という合図だ。
「モンスターだ。対処する」
「あら、大ネズミやね。ダンジョン地下一階には、こういうの、多いんやろ?」
誉は背伸びをすると体をよじって前方を見た。陣内の背中越しに見えたモンスターについて彼女が講評をしている間に、陣内はネズミを横壁に向かって蹴り飛ばした。壁に体を激しく打ちつけたネズミはチュウと断末魔をあげると、黒い霧となって消えていった。
「あら、何もドロップしいひんのね。ケチくさい」
「何!? どうなってんの!?」
驚く尊に、誉が呆れた顔で言った。
「言うたやん。『ここは異世界との狭間にできた特別な空間』って。つまり、ここはファンタジーゲームによくあるような<ダンジョン>やの。せやから、うち、さっきイメトレしててん」
当たり前とでもいうように、誉はゲーム機を取り出して見せてきた。呆然とする尊のことなどお構いなしに、彼女は「いややわ、もう電源つこうなってる」などとつぶやいた。
尊は思わず驚きで叫びそうになったが「モンスターが来る」という理由で誉に蹴り飛ばされた。