第13話
「次のところを、言祝さん、読んでくれる?」
「へえ。……殿の内人少なにしめやかなるほどに、にはかに、例の御胸をせき上げていといたうまどひたまふ」
教師はギョッとすると、尊に向かって言った。
「神守、お前、こっそり国語の宿題でもやってるの?」
「やってませんよ! 机の上、英語の教科書だけですって!」
尊は慌てふためくと、誉の袖口を掴んでツンツン引っ張った。ぼんやりとした顔で源氏物語を暗唱していた誉は、ふと尊に目をやると小首をかしげた。
「何やの、カモさん」
「イングリッシュ、プリーズ」
険しい顔をして教科書を見せてくる尊にハッと誉は我に返ると、顔を赤くして「えろう、すみまへん」と謝った。
昨日の小手討伐チャレンジは結局、諦めて仕切り直しということになった。朱雀が戦う様子を見せず、仕方なくその他のメンバーで攻撃をするも、小手を弱らせることすらできなかったからだ。
帰り道、誉は苦々し気な顔を俯かせて、始終黙っていた。尊は『明日になれば回復してるだろう』と思っていたのだが、実際はこのありさまである。
他の授業中も、誉は気落ちして心ここにあらずだった。給食を食べ終えたあと、尊は誉を屋上に呼び出した。
「お前がそんなんだと、こっちも調子狂うんですけど?」
尊がムッとしてそう言うと、誉は小さな声で「せやんなあ」と呟いた。彼女は隅っこに移動すると、そのままちょこんと体育座りをした。尊は彼女の前にどっかと胡坐をかくと、腿に肘をつき、その手にあごを乗せた。
「で、どうしたんだよ」
尊がそう尋ねると、誉はため息をついた。
「やっぱり、うちはダメな子やったんや」
「は? ダメな子って何だよ。俺に散々偉そうな態度とってたくせにさ」
「せやんなあ……」
誉は先ほどよりも長いため息をつくと、ぽつりぽつりと話し始めた。
誉は幼少時に泰山府君を召喚し、一族きっての天才と持てはやされたらしい。しかし、それ以降はさっぱりで、現在使役できる式神は狐谷だけなのだとか。
「何かにつけて『誉ちゃんは神童やったのにな』って残念がられてな。だから、うち、本当は全然すごくないねん。実際、レベル三っちゅう微妙な強さやったろ」
「いやでも、俺よりはレベル高いじゃん」
「……今回のお仕事も、兄様がやるものやと思うてたんよ。けど、爺様がうちを指名してくれて、うちにしかできない、うちならやってのけられる言うてくれてん。ほな、やったるわ思うて気合い入れて東京まで来たわけやけど……。残念なうちが十二天将なんか使役できるわけがなかったんや」
「十二天将?」
尊が首をかしげると、誉がちらりと視線だけを上げてきた。
「ヤクザで例えるなら、幹部連中や。最強の守護神集団でな、朱雀もそのうちのひとりやねん」
「何で守護神をヤクザに例えた?」
「だって、分かり易いやろ。うちみたいな三下が、幹部に相手してもらえると思う? 無理やろ」
尊は気まずそうに頭をガシガシとかいた。
「ていうか、最初に出てきたタイザンなんちゃらってのは何。それも幹部なのか?」
「泰山府君はあの世で一番お偉い人や。人の生き死にを司るのよ」
「は!? 何それ、怖!」
尊は顔を青くすると、少しばかり後ずさりした。そのまま、尊はふと真面目な表情を浮かべた。
「ていうか、そんな怖いの呼べるなら、やっぱお前、すごいんじゃん?」
「さっきも言うたやろ。そのあとがダメダメだったんやって。やから、泰山府君もきっとまぐれやねん」
「それ、一番最初にすごいの呼べちゃったから、逆に小さな失敗が大きく見えちゃって、必要以上にダメって思いこんじゃってるだけじゃねえの?」
尊がそう言うと、誉は顔を上げて尊を睨みつけた。
「カモさんに、うちの何が分かるって言うの」
「いや、お前のことはまだ分からないことだらけだけどさ。俺もそういう経験、あるもん。初めて巻藁がスパッと斬れたときは『俺ってすごいんじゃね』って自分でも思ったけど、そのあとが何やってもダメダメで。巻藁も斬り落とせなくなって。結構落ち込んだけど、なんやかんやあって、今ではスッパスパよ。……知ってる? 巻藁って人の首と同じ硬さなんだぜ」
誉は目をぱちくりとさせると、納得がいったというかのように唸った。
「あー、せやからカモさん、最初から<首切り>スキルを持ってたんやね」
「そ。……一度ダメダメモードに入るとドツボにはまって抜け出しづらいけどさ、開き直って、虚勢でも何でも張って、小さなダメをひとつひとつ潰していくしかないんだよな。元々できる力量を持ってるんだし、自分を信じて突き進めばいいんだよ。そしたら、偶然だって必然になるから」
誉は無言で尊をジッと見つめた。何だよ、と口ごもった尊にフッと笑いかけると、誉は勢いよく立ち上がった。
「あーあ。昨日泣き虫さんしてた人に、そないなこと言われとうなかったわ」
「泣いてねえし!」
「で、何泣いてはったの?」
尊はすっくと立ちあがると「知らねえ」と叫んで、ニヤニヤと笑う誉から逃げるように屋上から立ち去った。
***
「本当に大丈夫なのね?」
ローズが心配そうにそう尋ねると、誉は鼻息荒く「任せとき」と答えた。ルックがデコイを仕掛けてすぐ、誉は印を結んで朱雀を召喚した。
朱雀は昨日と同じく、戦うそぶりを見せなかった。しかし、誉は頬をバチンと叩いて気合いを入れると、めげることなく朱雀に向き直った。
「朱雀、言うことを聞きや」
朱雀は誉を無視してあくびをした。誉は表情を変えることなく、別の印を結んだ。途端に、朱雀が苦しそうにクエエと鳴いた。
「朱雀、己、お偉い守護神やからって、人様なめたらあかんで。やる気がないなら、最初から出てこなければよろしいやろ。呼ばれて出てきたんなら、きちんと仕事をし」
今までにない気迫で、誉は朱雀に詰め寄った。辺りの空気がヒリヒリと痛いと尊は感じた。
誉がもう一度「朱雀!」と怒号を飛ばすと、朱雀はスッと首を伸ばした。それと同時にデコイの効力が消え、ローザが慌ててプロヴォーグを発動させた。
「ねえ、本当に大丈夫なの!?」
小手の攻撃を受けながら、ローザが悲鳴まじりにそう言った。誉は自信満々に胸を張ると、ニヤリと笑った。
「大丈夫や! 朱雀、あの小手に宿る邪を焼き払ってしまい!」
朱雀はけたたましい鳴き声を上げると、小手をごうごうと焼き続けた。炎のダメージは小手の常時回復を上回り、燃え盛る火の海の中で小手は果てた。
ハアハアと肩で息をする誉の背中を、尊は軽くつついた。
「やったじゃん!」
つつかれた勢いで、誉が倒れそうになった。陣内が支えてやると、誉はぐにゃりと陣内に身を任せながら晴れやかに笑った。
「おおきに、ありがとさんどす」
***
エドの鑑定により、小手はたしかに護衛者の鎧の一部であることが分かった。
「しかも、朗報です。なんと、常時回復がついたまま!」
「うえぇ!? それって、すっげえイイもん手に入れたってことじゃん!?」
大はしゃぎする尊に、エドが小手を差し出した。途端にぽかんとして静かになった尊に、ローザが笑みを浮かべた。
「私たちはある程度装備が整っているから。これは、あなたたちが装備して」
「え!? いいの!? ありがとう!」
尊は驚きつつも、エドから小手を受け取った。それをそのまま、誉に渡そうとした。誉は怪訝な表情で尊に言った。
「何やの」
「いやだって、お前が倒したんだから。お前がもらうべきだろ」
「いやいや、そんなん装備したら、印が結べへんわ」
そっか、と言いながら、尊は陣内を見上げた。
「さすがに小手をパンチンググローブ代わりには使えないよ。……お前が装備したら、ちょうどいいだろ」
尊は全員をキョロキョロと見つめながら「いいの?」と何度も口にした。結局、全員にうながされて、小手は尊がもらうことになった。
さっそく装備してみると、常時回復の効果なのか、気力がわき出てくるような感じがした。尊はギュッと拳を握ると、嬉しさで顔をほころばせた。
「早くも、鎧の一部位、ゲットだな」
「そうね」
「この調子で、他の部位もどんどん倒していきたいな!」
「うまいこと行くとええなあ」
十五歳の少年少女たちは、互いの顔を見回すと「頑張ろう」と言って拳を交わした。大人たちはそれを笑顔で見守った。




