第12話
学校から帰ってきた尊は、着物と袴という姿に着替えると、集合場所の洞ノ木神社のご神木前に向かった。すでに来ていた誉が狩衣姿で所在なさそうにしていたが、尊がやってきたのに気がつくと、きょとんとした顔で首をかしげた。
「何や、カモさん。目元、腫れぼったくして。泣き虫さんでもしたんか?」
「うっせえな、泣いてなんかいねえよ」
噛みつくようにそう尊が返すと、誉が尊を頭の先からつま先までジロジロと見てきた。
「な、なんだよ……」
「いやあ、戦闘装束やなと思って」
「当たり前だろ。これからダンジョンに行くんだから」
「制服でも十分強い言うてたの、誰やったっけ」
「うっせえな! いいだろ、別に!」
尊たちがギャアギャアと言い合いをしていると、自衛官姿の陣内が現れた。
「あ、陣内先生。お疲れさんどした」
ニヤニヤと笑う誉に、陣内が顔をしかめた。
「やめろ、言祝」
「陣内さんが先生として来るって聞いてはいたけど、まさか女子に群がられてるとは思わなかったわ」
「やめろ、神守」
陣内が頭を抱えると、自衛隊のみなさんが「何、陣内、そんなにモテモテだったの」とヤジを飛ばしてきた。陣内はテントのほうを睨むと、声をひっくり返して怒鳴った。
「うるさいですよ!」
境内の中が、笑い声で包まれた。
陣内はダンジョンに一歩足を踏み入れた状態で、上官たちと進捗の確認をとった。するとカフスにローザたちからの連絡が入った。
「彼女たちはさっそく、護衛者の鎧についての情報を手に入れたらしい」
「じゃあ、ローザたちと合流しようぜ!」
「せやな」
こうして、尊たちはダンジョン内にいるローザたちのもとを目指すこととなった。
***
「いやあ、協力者がいるというのは、とてもいいことですね! みるみる地図が埋まっていくんだから!」
「それでも、まだ地下一階が埋まりきらないですね。どんだけ広いんだ、このダンジョンは」
ニコニコと陽気に話すエドに、陣内が苦い顔を浮かべた。二人が地図の共有作業を行っている間、ローザとルックが尊たちに説明をした。
「昨日、あなたたちと別れてから、私たちも地上に戻ったんだけど。そのときに酒場で情報収集をしたのよ」
「ローザって、お姫さんなんだろ? 酒場に顔出したら、民衆がパニックにならない?」
「だからアタシがいるんじゃないか。そもそも、お子様に酒場なんて立ち入らせられないからね」
ローザは頬を膨らませると、腰に手を当てて眉を吊り上げた。
「子ども扱いしないで! 私はもう、十五歳なんだから!」
「何や、うちらと同い年やないの」
「それじゃあ、まだ子どもだな」
尊と誉、ルックが笑った。ローザは頬を膨らませたまま、ダンダンと足を踏み鳴らした。
「もう! 目撃情報の話に戻ってよ!」
ルックは茶目っ気たっぷりに謝罪のジェスチャーをすると、酒場での出来事について話した。
冒険者というものは、自分がダンジョンの最先端に立ち続けられるように、知り得た情報を秘匿したがる傾向にあるそうだ。昨日出会ったドワーフの戦士も、ご多分に漏れずだったという。
「だけど、アタシは耳がいいからさ。そいつが仲間内でヒソヒソとしゃべってるのが聞こえちゃったわけさ。だから、酒の飲み比べ勝負をして、情報をぶん取ってきたってわけ」
「へえ。ドワーフってお酒に強いイメージやったわ」
誉が驚くと、ルックがチッチと指を振った。
「偏見偏見。あんな髭もじゃに負けるアタシじゃないのさ。アタシャ、底なしのルックだよ? ……で、だ。そいつから聞き出した情報によると、この地下一階で小手がふよふよと漂ってるのを見かけたんだってさ」
尊は顔をしかめると、不満げに声を上げた。
「小手ぇ? 他の部位は!?」
「見かけたのは、小手だけだってよ」
「鎧全部がセットでモンスターになってると思ったのに! ほら、よくいるじゃん。動く鎧ってやつ! あれみたいなさあ!」
口を尖らせる尊に、ローザがため息交じりに言った。
「私も同じことを思ったわ。そう簡単には、ダンジョン攻略をさせてはもらえないってことね……」
四人がため息をついていると、陣内とエドの作業が終わった。さっそく、目撃情報を頼りに<ふよふよと漂う小手>を目指してダンジョンの奥へと進むこととなった。
***
目的の場所にたどり着くと、一同は曲がり角から、拓けた場所をこっそりと覗き込んだ。
「うわ、本当に小手がふよふよしてるよ……」
尊が苦虫を嚙みつぶしたような顔でそう言うと、誉やローザたちも「ほんまやね」「そうね」と呟き返した。
ルックは面倒くさそうに頭をかくと、全員を見渡して言った。
「あんな堂々と浮いてちゃあさ、アタシが罠をしかけてもかかりっこないよ。どうする? とりあえずデコイ張って、後ろから叩いてみる?」
そうしよう、ということになって、ルックが荷物から丸い爆弾のようなものを取り出した。彼女はそれに火を点けると、小手に向かって地面に転がした。煙が立ち上ると、小手は煙を敵だと誤認して攻撃をし始めた。
小手が煙に夢中になっている間に、尊たちはそれぞれ小手に攻撃を入れてみた。しかし、小手は傷つく様子を見せなかった。エドは顔をしかめると、ぽつりとこぼした。
「これ、もしかして常時回復ついてるかも……」
「ええ!? そんなの、どうしたらいいのよ?」
ローザが顔を青ざめさせると、誉がぺろりと唇をなめながら腕まくりをした。
「ほなら、回復力を上回るよう攻撃し続けたらいいやないの。……狐谷さん! 焼いておしまい!」
白狐は勢いよく躍り出ると、小手に狐火を浴びせ続けた。しかし、それも長くは続かなかった。
「お嬢、うちの火力じゃ足りまへん。朱雀を呼び」
狐谷にそう言われて、誉は一瞬嫌そうな顔をした。そんな誉をよそに、尊が空気も読まずに言った。
「え、お前の狐、しゃべるの!?」
「坊、今はそないなこと、どうだってええやろ。……お嬢。早う、うちを引っ込めて朱雀を呼び」
そうこうするうちに、デコイの効力が消えた。小手が尊たちに向かってヒュンヒュンと威嚇飛行を始めると、ローザが慌てて大盾を地に突き立てた。
「こっちに来なさい!」
ローザが叫ぶのと同時に、何かが空間に広がっていった。小手はたちまち、ローザに引き寄せられていった。
「私のプロヴォーグが効いているうちに、早く!」
誉はパンと手を叩いて渋々、狐谷を引っ込めた。そして印を結び直すと「朱雀!」と声を張り上げた。しかし、召喚された朱雀は小手に飛び掛かるでもなく、ただあくびをして毛づくろいを始めたのだった。




