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第1話

「カモさん、刀を抜き!」


 狩衣を身にまとった少女が怒号を上げた。少年は鞘に収められたままの刀を握りしめながら、しきりにモンスターの攻撃を躱していた。

 同行する自衛官がモンスターを蹴り払い、それを少女が使役する式神が焼き払う。それでも、殲滅するのは難しかった。


「いい加減、刀を抜き!」

「そんなこと言ったって! 生きてるヤツを斬れってことかよ!?」


 逃げまどう少年に、少女が呆れて怒鳴った。


「そやんと、死ぬのはうちらやで! 生き残りとうなら、戦い!」


 肉が焼け焦げるような、不快なにおいが鼻につく。少年は顔をしかめると、ちらりと視線でにおいをたどった。ちょうど、オークと呼ばれる体躯の大きなモンスターが炎に飲まれ、消え去ろうとしているところだった。


(死んだら黒い霧になって消えるみたいだけど、でも、それまでは普通に生きてるってことだろ? それを斬って殺せって、ごく普通の中学生にさせることじゃねえだろ……!)


 襲い来るモンスターたちを必死で押し返しながら、少年はうっすらと涙を浮かべた。どうしてこんなことになったんだ、と心の中で叫びながら。



*****

***

**



 洞ノ木神社の上空を、自衛隊のヘリコプターが飛び交っていた。報道ヘリを近づかせないためだろう。

 境内のご神木とは反対側の空きスペースに建てられたテントの中で、神守かもりたけるは机を思いきり叩いた。


「だから、警察に聞けよ! 何でまた同じ話をしなきゃなんねえんだよ!」

「目撃者から直接話を聞くことで初めて分かることもあるものなんだ。どうか、協力してくれないかな?」


 尊を相手していた自衛官が、申し訳なさそうに笑った。パイプ椅子の背もたれにドッカともたれかかると、尊は面倒くさそうにガシガシと頭をかいた。


「そんなこと言ってさ、どうせまともには聞いてくれねえんだろ。警察もそうだったし」

「いやでも、現実として、目の前に()ができているわけだからね……。我々だって信じざるを得ないよ」


 自衛官はちらりとご神木に目をやった。ご神木は地面から二メートルほどの高さ辺りまで、パックリと割れるように開いていた。()の先は暗く、どこまでも道が続いていそうに見えた。


 三日前に捜査に乗り出した警察官たちは、穴に入っていったっきり帰ってこなかった。その後、機動隊なども入っていったが、やはり同じように誰一人として戻ってはこなかった。今も自衛官が列をなし穴へと入っていったが、すぐさま無線がつながらなくなり、中がどういう状況なのかも分からない。

 話したところで、今の状況が良くなるわけがないのに……。そう思いながら、尊はしぶしぶ口を開いた。


「だから、三日前にさ。ここで、幼馴染のみことと話をしていたんだよ」

「この神社の娘さんの、神薙かんなぎ命さんだね?」

「そう。ちょうどその日、あいつ、十五歳の誕生日だったからさ。ちょっと、儀式的なものをやる予定でさ。それが始まる前にちょろっと話してたんだよ。そしたら──」


 尊は、そのときのことを思い出して顔をしかめた。

 あのとき、境内全体がドッと揺れた。上から何かに押し付けられるような圧のある、変な揺れ方だった。揺れが収まるのに比例して、ご神木からミシミシという音がした。地震でよろけた命を尊が支えてやると、彼女が不安そうに見上げてきた。


『尊ちゃん、ご神木が……!』


 彼女に言われてご神木に視線を向けると、ご神木はゆっくりと左右に割けた。まるで、大きな扉が開くかのようだった。そしてご神木が動きを止めた瞬間──


『きゃあああああああ!?』


 ご神木にできた穴から黒い霧のようなものがブワッと舞い出たかと思うと、それは手のような形をとり、命の体をむんずと掴んだ。


『尊ちゃん! 助けて、尊ちゃん!』

『何だよこれ! 放せ! 命を放せよ!』


 尊は慌てて黒い手を命から引きはがそうとしたが、黒い手はがっちりと彼女の体を掴んでいて放れなかった。そして命を掴んだまま、なすすべもなく手は勢いよく穴の中へと戻っていった。


『尊ちゃん、たすけ……』


 命を飲み込んだ穴はどこまでも暗く、深かった。


『誰か! じいちゃん! 命が! 命が……!』


 尊は慌ててポケットからスマホを取り出すと、警察に電話をかけながら大人たちを呼びに行った。


「──ってわけ」

「その黒い霧とやらは、触ることができたんだよね?」

「そうです。霧なのに、触れました」


 ふてくされた表情で、尊は答えた。

 自衛官は、警察からもらっていた資料に目を通しながら言った。


「地震が起きたと言っていたけれど、君と命さんだけが揺れを体感していて、親御さんたちは気づかなかったんだよね?」

「そうです! あんなにデカい揺れだったのに、じいちゃんたちは全然知らないって! ……で、話を聞いて、何か分かったかよ!?」


 尊が自衛官を睨みつけると、自衛官は懐疑的な表情を浮かべた。尊はため息をつくと、自衛官からフイッと視線を外した。


「ほらな、やっぱり信じない」

「いや、あの……」

「別にいいよ。信じてくれなくても。命を無事に助けてくれるんなら、なんでもいいよ」


 尊と自衛官が気まずくしていると、ご神木を取り囲んで調査を行っていた隊員たちがどよめいた。<穴>から隊員がひとり、ボロボロの姿で帰還したのである。


「陣内三等陸曹! 被害者は? 他の隊員たちは!?」


 隊員の誰かが、帰還した自衛官──陣内三等陸曹に声をかけた。つられて、尊も席を立ち、テントから顔を出した。


「命は!? 見つかったんだよな!?」


 陣内理三等陸曹は静かに俯くと、無念そうにつぶやいた。


「捜索の途中で、捜索隊は全滅しました。俺は、隊長から「生き残って報告をしろ」と命令を受けて……」


 その場にいた全員が、失意に暮れた。


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