灰色の雪 【月夜譚No.118】
こんな悪夢のような世界に、長居する気はない。――とはいえ、暫くはここにいることになるのだろうが。
青年は溜め息を吐いて、今一度周囲を見回した。
空はどす黒い雲に覆われ光が差さず、地表に生えた草は所々が枯れている。道の左右に並んで建つ家々に人の気配はなく、崩れた外壁の欠片があちこちに落ちていた。朽ちた町はただそこに在り続けるだけだ。
なんとなく寒いなとは思っていたが、気づくと吐く息が白くなっていた。視界を何かが横切って、空を仰ぐと雪らしき塊がちらほらと降ってきていた。
『らしき』というのは、その塊が白ではなく濁った灰色をしていたからだ。見ようによっては、煤の塊が降っているようにも思う。しかし掌で受け止めると冷たく、すっとすぐに溶けてしまったから、きっと雪なのだろう。
あまりにも淋し過ぎるこの場所で、更に雪にまで降られるとなると、益々長居はしたくない。
帰る方法はただ一つ。この世界の深淵を見てくること。
深淵とは何のことなのか。それを青年も知りはしない。手がかりも何もない状態でそれを探すのは骨が折れるが、やるしかないのだろう。
灰の雪をその身に受けながら、青年は仕方なさそうに踵を返した。