とある雨の日
とある日の放課後、今日もしとしとと雨が降っている。
どちらかと言うとアウトドア派の司馬未来にとっては多少憂鬱なのである。
思い切って傘もささずに外に飛び出し、びしょ濡れになるのも楽しいかと思うのだが、
そこは流石に年頃なので、見目を気にして行う遊びは選ぶ。腑抜けになったものだとも思わないでもない。
あと家庭菜園部の自分にとっては水やりしなくてもいいかと思っていたりするのだが、
学生の自分にとっては靴が雨に濡れるのが嫌だとか、
何年も使っている傘に穴が開いていてまるきりテンションが上がらないとか、
そんな傍目から見れば平和なことを思いながら廊下を歩いていた。
もちろん本人から見れば重大な問題なのであるが。
そんな折に見知った人の制服姿が目に入る。
「おはよう先輩、おはようございます!」
「あ・・・おはよう~」
振り向いた先輩の顔をみて未来は驚いた。
ぱっちりした目が開いてない!
おかしい、おかしいぞ!
おはよう先輩は裁縫部の先輩で仮入部の時にお世話になった人である。
ぱっちりした目と、放課後の元気のよい「おはよう!」という挨拶が特徴的だったので
おはよう先輩と自分が名付けたのであった。
その辺りのことを説明するために裁縫部の話を少ししておくと、裁縫部は服を作ったりする部活なのだが、
この学園は制服というものが無く、でもせっかく高校生なのだから自分達も制服を着てみたいという人が集まり、
裁縫部を立ち上げ、自分達で独自に制服を作り上げたのである。
但し、厳密には学園指定などではないため、制服風私服というくくりなのである。もちろん着る義務もない。
なので、いろんな問題や諍いをさけるため他の学校と被らないように、
毎年全国の学生服のデータを集め、同じものにならないようにしていたり、
やはり自分達が着て満足できるものを。ということで毎年部活内でコンペを開いて新しい制服にしている。
結果、三学年とも制服のデザインが違うので、その見た目で学年が判ったりもする。
クオリティも高いので、制服の存在に気付いた多くの新入生たちが購入するため、
夏前くらいまで残業パーティーをすることになる。らしい。
正確には残業と言っていいのかよくわからないが、
朝から夕方まで授業に出て寝るor部室で寝る
放課後起きて、仕事し始める
朝まで仕事する。授業に出て寝るor部室で寝るの繰り返しだ。
家に帰宅するのは休みの日と、かわりばんこで着替えをとりに行く日や用事がある時くらいで、
ほぼ学園に住んでいるようなものである。
そのため朝は部活の深夜残業状態で授業という名の睡眠時間をとる直前なので、
おはよう先輩はほぼ目が開いてないのだが、
一転して放課後、部活に出るときにはチャームポイントのぱっちりしたお目めを見開いて元気に起きているので、これは何かあったに違いない!と思ったのである。
この前の幽霊騒ぎの時の事件で裁縫部の仕事が押したせいだろうか…?
いや、でも実はこっそりと買い出し手伝いとかしに行ったりして、
その時はおはよう先輩の目が開いていたから、それが原因ではないと思うのだが
なんだか聞くのも怖いが、質問してみることに。
「おはよう先輩、目が開いてませんよ?」
「うん~、梅雨の時期ってなんかだめなのよ~
もうずっと寝ても寝ても常にねむくてね~
うん~入部する前からずっとだよ~。生まれたてのほやほやのときからそうだよたぶん~」
梅雨が原因なのか。天気や季節の問題だとどうしようもできないのでしょうがない。
自分にできるのはてるてるぼうずをぶら下げることくらいだ。
そのまま廊下をよろけながら去っていこうとしたので、
何かにぶつかると危ないので、肩を貸す。
まるで介護の様である。とりあえずそのまま裁縫部の部室に連れて行った。
裁縫部で進捗を聞いてみると、どうやら仕事も減ってきたようで、少し余裕が出てきたということだった。
確かに一年生も制服の人が多くなってきたし、
逆に着てない人は、もともと興味ない人や、服で自分の個性を出したい人というのが見て取れる。
同じクラスで友達の咲ちゃんなんかもそうだろう。
わりと普段からアジアンテイストなフワッとした感じの服装していたり、面白Tシャツを着てたりする。
何にせよ落ち着いてきたなら、よかったよかった。
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家庭菜園部では、雨で結局水やりもしなくなったので、
部室で活動調査報告書をまとめることにした。
我ながら真面目だなと思う。
勉強とは違い、実際にやったことを文字に残すのは嫌いではない。
なので椅子に座り机に向かうのも苦にはならない。
普段は勉強しようと机に向かうと、途中ベッドに吸い込まれて立ち上がれなくなる。
アレ絶対何かしら引力が働いてるって!
ファイルを開き、とりかかるところで部長の森野拓がやってきた。
特に何をするでもなく、ぼーっと外を眺めている。
そのままの状態がしばらく続いたところで、未来は無言の空間に耐えきれなくなった。
「梅雨と言えばそう言う妖怪とかでないんですかね。
低気圧妖怪とか」
「低気圧は低気圧だろ。低気圧が妖怪になっちゃ規模がでかすぎて手も足もでねえんじゃねえのか?」
ごもっとも。
「じゃあぬれおんなとかでないですかね?」
「何だお前、そんな妖怪が好きだったのか?」
「だってだって、こないだの騒ぎもなんだかよくわからないうちに終わっちゃったし、
結局まともに戦う機会なんて全然ないじゃないですか」
「あのなー、仮に妖怪と戦うことがあったとしてもこっちの得意分野で勝負できるとは限らねぇぞ。
色んなやつがいるし、大体敵味方とも言えねぇやつだっているんだ。大体ぬれ女ってなんだ。
水も滴る女っていうやつか?」
「それただのぬれた女じゃないですかね」
「だからぬれ女なんじゃないのか?」
むぅ、だめだ話が通じない。
話を変えるか。
「そう言えばこないだちょっと思ったんですがね、着ぐるみを着た時に聴覚、視覚の感度拡大と同じく、触覚の拡大ができれば、見た目以上の空間に触覚を作用できて、
安全に相手を取り押さえられたりとかするんじゃないかと思ったんですが、どうでしょう?」
「お前はバカか、触覚を広げるってことは、例えば離れている相手がシャドーボクシングをしていてもそのパンチを食らうし、
まぁ着ぐるみなら痛覚はシャットダウンできるが、相手が離れてくすぐってきてもくすぐったいんだぞ?まぁやったことはねぇがそもそもできないと思うがな」
未来は教室中に人間がわんさかいるところで一斉にくすぐられるという想像をしてしまった。
一人二人に脇をくすぐられるだけでも笑いが止まらないのに、大勢に同時にくすぐられるなんて、発狂してしまいそうだ。というか想像の範疇を超えている。
どっちみちこの作戦は使えないのか…。未来はしょんぼりした。
「そうだそれとな、せっかくの機会だからお前に言っておく。
普段組み手をやって思っているんだが、お前は筋力が無さ過ぎる!
そんなんじゃ筋骨隆々の相手が出てきても太刀打ちできねぇぞ」
筋骨隆々の幽霊とか?物理で攻めてくる幽霊とか嫌すぎる。
「なのでそんなお前にこれを用意した」
そういうと拓は家庭菜園部部室の奥の部屋に移動した。
なんだろう?
何かをもってきて戻ってきた。
「ホレ、これをやる」
そう言われて渡されたのは、虫取り網であった。
「虫取り網ですか?これで何をしろと?
作物の虫取りですか?」
口には出さないが、何か良いものをもらえると思っていた未来は正直がっかりした。
「こう見えてお前のために特注した虫取り網だ。
普通のその辺に売っているのと比べてはるかに頑丈だ」
確かに、数百円で売っているものはすぐヘタレそうだが、
これは乱暴に扱っても大丈夫そうである。
特注とか言われると嬉しくなる。
現金な未来であった。
「幽霊には使えんがな、あの時みたいに、深夜にだけ危険なモノが現れるとも限らねぇ、
ってことはだ、着ぐるみを着て相対できない可能性を考えると素手よりはマシ程度の話だな」
「つまり普段から持ち歩けと?」
「察しがいいじゃねえか」
普段から虫取り網を持っているだなんて、
私は虫取り少年か?
「ついでにいうと、丈夫な上にある程度の重さもあるから、振り回せば筋力トレーニングにもなるぞ。
着ぐるみは元の筋力をベースに倍増していくから、強くなればより強くなれるな」
拓の語彙力のなさに思わず笑ってしまう。間違ってはいないのだが。
「網も特殊な素材で、なんでも蜘蛛の糸を参考にして作ったもので、破れにくいとか何とか」
おそらく意味はよく分かってないのだろう。そのことが聞いて取れる。
もちろんこちらもわからないのでおあいこだ。
しかし、普段から持ち歩けとかなんなんだ?
いくら家庭菜園部だからと言っても普通のやつはこんなもの持ち歩かないだろう。
理由を考えるのもこちらに放り投げるだなんて、色々考えているようで、細かいことを考えていない。
とりあえず体力には多少自信はあるが、見た目通り非力ではあるので、
剣道部や野球部ではないが、これを素振りしておけばいいか。
丁度この時期は畑の水やりをする機会も少ないだろうし、良い時間つぶしになるか。
・・・しかし剣道部や野球部は部活で結果が目に見えるかもしれないが、
家庭菜園部で素振りをしても目に見える成果が無いというのは悲しすぎる。
前回のような幽霊相手じゃ全く意味がないし!
「おっと、これを渡すのを忘れていたぜ」
そう言うと未来に紙を渡し、「じゃあな」と拓は部室を出ていった。
説明書かなにかかな?と思って見てみると、
なんと虫取り網の請求書であった。
そこに掛かれている金額は、およそ普通の虫取り網の値段ではなく、
勝手に発注し、強制的に払えだなんて、こちらを何だと思っているんだ?
しかもアイツ、これやるとか言ってなかったか!ただの押し売りじゃん!
・・・とりあえずとても急に払える値段ではないので、
分割払いにしてもらうことにした。
未来は目の前が真っ暗になったのであった。




