学園荒らし 1
普段なら特に何事もなく時間が進み、
いつものように授業が終わり、バイトや部活に精を出す。
そうなるはずであったイベント事もない普通の平日。
今にして思えばまったく気になっていなかったが、その日は授業をやっている時から
なんだかあちらこちらが何やら騒がしかったような気がする。
自分のすぐ周りでは何も問題はなかったためか全く気付いていなかったが。
さて、家庭菜園部の司馬未来がそのことをはっきりと認識したのは、
同じく家庭菜園部部長の森野拓と喫茶店部にお茶しに来た時の事であった。
「どうした小倉、なんか疲れた顔をしているぞ」
「ちょっとね…」
いつも喫茶店部で元気よく接客している看板娘の小倉杏が今日は元気がない。
普段は雨が降ろうが槍に刺されようが笑顔で接客するのに、どうしたのだろうか?
司馬未来の頭の中では、小倉が槍に刺されて血を吐きながらも笑顔で接客する映像が流れている。
申し訳ないがたやすく想像できるし、しっくりきてしまう。
「いやぁ放課後になってからなんだけどさ、焔先輩の仕込んだ鍋が全部こぼれててさ、
しかもホールのケーキにべったりと手のひらの跡がついてたりして、焔先輩がピリッピリしてるんだよー」
「あれじゃね?小倉が鍋を倒して、その際にちょうど手をついたところにケーキがあったとかじゃないか?」
「ひっどいなーもう!さすがに作業で動くときは何がどこにあるか把握してますよーだ」
確かに、ホールで動き回っている小倉は後ろにも目があるかのように、他人の動きさえ把握している。
自分たちが着ぐるみを着ている時は、強制的に後ろの情報も入ってくるから物理的に見えているのだが、
喫茶店部で忙しく動き回っていて、着ぐるみも着てないのに把握しきれているのがこの人のすごいところだ。
そう考えると、あながち言っていることも頷けるし、そんなミスをすることなど無いと言える。
ましてや、昼のランチタイムのピーク時の忙しさならともかく、現在は人もそこそこの放課後である。
「でもおかしいのが、確かにね、その時焔先輩はキッチンにいなかったんだけど、
私はこっちでお客さんの対応してたし、さすがに誰か勝手にキッチンに入ったら気付くからさ、
何もないところで鍋が勝手に転んだって言われても信じてしまうような状況だったわけよ」
「ほう」
未来が拓の顔を見ると、日中にしては珍しく真面目そうな顔をしている。
これは”そういう事件”に関わることなのかもしれない。
「拓先輩、これはもしかして?」
「そうだな、透明人間か幽霊かはわからねえが、何かしらそういう案件かもしれねぇ」
小倉には聞こえないように小さな声で会話をする。
「とりあえず、もうちょっとその状況詳しく教えてくれ」
「いいけど?」
なぜ森野がそんなことを気にするのだろうかと、多少怪訝ながらも小倉はキッチンを案内する。
「おい未来、お前は他の部を当たってみてくれ」
「了解しました~」
未来は、喫茶店部を離れた。
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「は~、出番が来たことは喜ばしいけれど、お茶する気満々だったところでのこの状況はちょっと気分が乗らないですねぇ」
授業の窮屈さから解放された放課後に、ふんだんに猫背でくつろぎながら、
お茶しながらデザートを食べるという至福の時を奪われた未来は、少しだけ不満であった。
まぁ窮屈とは言っても授業中に寝ていたり、トントン相撲をしていたり、早弁をしたりと、
ある意味自由な彼女に、そのような解放感があるのかは他の人間にはわからないのだが…。
文句を言いながらも、ちゃんと仕事は仕事と早足で別の場所へ向かう。
とりあえず購買部に来てみた未来。
のどが渇いていたのと小腹がすいていたのとで、ジュースとパンを購入するついでに話を聞こうと思って来たわけである。
間違えた。話を聞くついでにジュースとパンを購入するつもりなのである。
まず、買うものを選び、会計をしようとレジに来ると、衣笠螢ことホタル先輩がイライラした表情で待ち構えていた。
珍しいな、普段は穏やかでほんわかしているのに。
「どうしたんですか~?なんかピリピリしてますねぇ」
「あ、司馬さん。ちょっと失礼」
と言ってホタルはおでこに指をあてて何かつぶやいている。
「ごめんねー。ちょっと色々あってね。もう大丈夫」
そう発言したホタル先輩からは先ほどのイライラは感じられなかった。
秘伝の精神統一法かなにかだろうか。
「何かあったんですか?」
「ん~」
どうやら言おうか言うまいか悩んでいるようだ。
無理もない、今の自分はただのお客なのである。
だが、おそらく先ほどの喫茶店部の事と無縁ではないとあたりをつけ、言いやすいような会話を切り出すことにした。
「そう言えばなんかついさっき喫茶店部で不可解なことがあったみたいでして、
鍋がひっくり返ったり、ケーキに手形がついていたりとか」
「…それは淡が雷落としそうね」
淡というのは喫茶店部の部長の焔先輩の事だ。
「うちの購買部でも、それに比べるとちょっとしたことなんだけどね、
お菓子の袋が破れていたり、売り物のノートに落書きが書かれていたりしてね」
「ええっ!?全然ちょっとしたことじゃないですよ!せっかくホタル先輩たちが仕入れたものなのに!」
「まぁまぁ、でもそんな悪ふざけのようないたずらをするような生徒がこの学園にいるとも思えないし、
それでちょっとピリピリしてたってわけなんだ」
「確かに…わりとみんな仕事の大変さを知っているですもんねぇ。同じクラスの友達がここで働いていたりだとかもありますし」
「うんうん」
「家庭菜園部も気を付けてね、何か引っこ抜かれたりとかするかもしれないし」
「むしろ畑のミントなら遠慮なく抜いてほしいですねぇ」
冗談ぽく言ったのであるが、これは全くの本音である。
体裁の為だけに拓が畑に植えたミントが今や畑を飛び出すほどまでに繁茂している。
未来はしばらくはプランターで作物を育てるつもりだが、そのミントを何とか処理してそのうち地植えにも挑戦したいのである。
とりあえずそんな話を聞けたので、何かあったら自分ができることは手伝いますと声をかけ、
別の場所に向かう。
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「わあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
未来が裁縫部の部室の前まで来ると、大声が聞こえてきた。
まさかっ!!
慌てて部室を覗くと、ミシンの糸がこんがらがっていた。しかも完成したはずの制服のポケットが鋏で切られたりしている
阿鼻叫喚の図に居たたまれなくなり、そのまま部室の扉を閉める。
「アレは心が折れるなぁ…」
未来はまるで自分のことの様に胃が痛んだ。
「みんな物理的精神的に死なないと良いけど…」
しかし、裁縫部でああいういたずら(もはや裁縫部的にはいたずらでは済まされなく犯罪だが)となると、
全員が昼ごはん(という名の世間では夜ご飯の時間)以外で席を離れるというのも考えづらいし、
人がいるのにああいう作為的なことが起こったと考えると、
やはり人為というよりは怪現象というような、つまりは家庭菜園部の出番なのだろうか。
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その後、木工部を覗いてみると、近くのドアと窓が全部全開に開かれていた。
中に入ると何があったか一瞬で分かった。
作っていたものに塗料か何かで落書きがされていたのである。
しかし流石に大人の対応は早い。
木工部の部長であり、用務員さんの指示で、シンナーを使い塗料をしっかりと落としていく。
揮発性もあるのでなるべく吸わないようにと、通気性を良くしたのだそうだ。
乾く前で落としやすくて助かったとも言っていた。
自分にはよくは分かっていないが、
完成品にシンナーをつけるのはなんだか抵抗があるなぁ。など思ったことを述べると、
まぁ確かにそう思うのももっともかもしれないし、間違った考えではないが、
こういうものは少しでも早く判断したほうが良い。仕事というのはそういうこともあるぞと教えてくれた。
時と場合によるが、例えば手違いを起こした場合などに、
色々考えて手直しするよりも、面倒に感じてもいっそ作り直した方が早く、きれいに上がることもよくある。その手違いの種類や、仕事の種類によりけりで、材料が多量にあり、複雑な加工をしない場合などにも限られるが。
そんなような話もしてくれた。
つまりその仕事の性質を理解するのが重要だということなのかな?
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一旦、学園内の部室や教室から離れて、
屋上でパンを食べつつ今日起きた出来事をまとめる。
この事件を起こした犯人は(人かどうかもまだわかっていない)
1 喫茶店部で鍋をひっくり返し、ケーキに手形をつける
→ 2 購買部でお菓子の袋を破ったり、ノートに落書きをする
→ 3 裁縫部で色々やる
→ 4 木工部で完成品に色を塗る
1と2の順番は分からないが、
裁縫部で声を聞いたタイミングや、この木工部での出来事を話を考えると、
ちょうど自分がこれらの部活を訪ねる前に犯人が犯行に及んだと考えるのが正しいか。




