初めての家庭菜園部 2
「よし、来たな」
家庭菜園部の畑に司馬未来が到着すると、
そのガラパゴスゾウガメ(くらがた)の着ぐるみを渡された。
それを装着していく。
「意外とみっちりしているなぁ、暑そうだ」
身体も頭も完全にすっぽり覆われると、
「おお?」
内部がなんか・・・
「むむ、お、押しつぶされる!?」
着ぐるみの内部が中身の未来に向かって膨張し始めた。
それは完全に隙間なくフィットしても、さらに力が加わる。
「着ぐるみに圧殺される!!」
「大丈夫だ、力を抜け」
ぎゅうぎゅうに締め付けられると、ある一点でその締め付けが穏やかになり、力が弱まる。
なんか、この感じ体験したことがあると思ったら、あれだ!
血圧測るやつ!正式名称は分からない!
それと唯一違うのが途中で解放されず、
最終的にみっちりフィットされ続けている。
「これは暑苦しいですねぇ、このまま動けるのでしょうか」
なんにしてもものは試しだ。
「司馬未来!発進します!」
「そういう余計な言葉はいらねぇぞ」
知ってるけど言いたかっただけだ!
一応事前に着ぐるみの性能は聞いていた。
その説明を聞いているだけでもすごいものだとわかる。
まず五感の強化、筋力強化、暗視、衝撃吸収、防刃、ねこ足(肉球のように音が出にくいらしい)、他にもなんかあるらしいが大体そんな感じ。
正確には森野のクマよりも新しいものなので機能が追加しているらしいが細かいことはよく分からない。
そして実際に着ぐるみを着て、その効果を起動すると。
普段の自分には無い感覚が入り込んでくる。
まず聴覚の強さを一番に感じる。
先ほどまで静かであった夜の畑がざわついている。
風の音、
草が揺れる音、
虫が地面を這う音、
遠くの電気の音、
遠くの遠くの電車の音、
そんな音たちが一斉に未来の耳に飛び込んでくる。
しかも一つ一つの音に出どころの情報が暴力的に脳へ流れ込んでくるから騒がしくて仕方がない。
それにびっくりした未来が身じろぎして後ずさったのがまずかった。
近くで発せられた地面と足との摩擦音が大音量となり、
爆発的に耳に飛び込んでくるからたまったもんじゃない。
何とか音量の感度を下げたものの、今度は目の周りの情報がすべて飛び込んでくる。
それは着ぐるみ自体の目から見えているわけではなく、自分の前方、側方、後方のすべての視覚情報である。
それをぎゅっと脳にまとめて強引にぶち込まれたような感じなので。脳の処理が追い付かない。
近未来のアニメーションなどのように、目の前にモニターが多数浮かび上がるとかだったら分かりやすいのだが、
そうではなく全方位のカメラの情報を個別に無理やり見せられるというか脳に直結させられるというか…、
要は普段我々は、視覚情報や聴覚情報を無意識に選別しているが、それを100%強引に把握させられるだけでも疲労するというのに、全方位カバーすべく複数の視野の情報を同時に認識させられるものだから、通常の人間なら脳がオーバーヒートするのも当然だ。
そこで意識が強制シャットダウンして気を失ったというわけであった。
それを外から見たのが冒頭の未来が呻き苦しんでいる様子である。
そのあと森野に起こされた時も、痛覚が増大していたため少しの衝撃でも痛みが走った。
ただこの痛みは直接的な痛みではなく、情報としての痛みなので、脳が痛いと認識しただけである。もちろん痛みには違いない、実際に身体に損傷はしていないというだけで。
機能強化をイメージで調整し、少し落ち着いてくる。
まだ頭が痛いが、普段とは違った感覚に少しばかり身体が広がった感じがする。
「でも意外だったのが、着ぐるみ内部がさっきまで圧迫感あったから暑苦しいかと思いきや案外快適ですねぇ」
「そうだな。皮膚に触れる外気も情報として感覚器に送り込んでいるらしいぞ。その場の気温がわからねぇと、判断が遅れることもあるかもしれないしな」
「ほほぅ~」
「そういうような理由もあって、感覚のシャットダウンもできるがなるべく残しておいた方がいいな。だが痛みとかに関しては状況次第で瞬時に切れるようにしとかないと大変なことになるぞ」
「なるほど~」
「あとは、涼しく感じるかもしれねぇが脳がそう認識しているだけだから、水分補給はきちんとしないと干からびるから気をつけろよ」
一人の時なんかは気を付けないと干物になってしまいそうだ。くわばらくわばら。
そうして結構長い時間、森野のコーチングを受けつつ、休憩しつつ、気絶をしながら、
少しづつ少しづつ慣らしていく。
記憶にはないが、赤ん坊が歩いたり喋ったりできるようになるのはこういう事なのだろうか、とかそんなことも考えた。
動きに関しては普段の自分の動きの延長だと思えばさほど難しくはなく、加減だけを気にすれば良くなってきそうだ。なのでどちらかというと感覚器の方が慣れるのが大変そうだ。
「しかし一日でこんなに詰め込まずとも、何日か掛けて慣らしていくものではありませんか?」
「そうだなお前は正しい。だが考えてもみろ、明日すぐ着ぐるみを着て動かなくちゃならない事態が起こるかもしれねぇ。しかも俺も不在のタイミングでな。
そしたらお前はできないからって言い訳するのか?」
正論過ぎてぐうの音も出ない。
とにかくやるしかないってことか。
そしてある程度時間も過ぎ、
「まだ少しぎこちねぇが、だいぶこなれてきやがったな。
あとは好きに動いてみろ」
そう言われて、未来がパッと思いついたのが跳ぶことだった。
この感覚なら中学の時よりもずっとずっと高く跳べそうな気がしていたのだ。
一歩二歩と勢いをつけて走り出し
ぐっとしゃがみ込む
そして宙に向かって跳び上がる
空が広い
周りの何よりも高い
ちょうど遠くの山から朝日が差す
私は多分この風景を一生忘れないだろうと思った。




